クールで知的なオミオツケさんはみそ汁が飲めない 第六話
「鍵は認識と思い込み?」
オミオツケさんは、みそ汁で汚れたテーブルを拭き終えた付近を流しで固く絞りながら言う。
「はいっ」
その隣で使い終えたお椀を洗いながらレンレンは頷く。
そして先程までの行動の説明をする。
「具のないみそ汁の後に出したのはみそ汁ではなかったんです」
レンレンの言葉にオミオツケさんは目を大きく開ける。
「正確には出汁を入れてない味噌のとぎ汁です」
つまりはみそ汁であってみそ汁ではない紛い物だ。
「だけどオミオツケさんはアレをみそ汁と認識した。逆に最初のみそ汁で作った出汁で作った吸い物には反応しない。それに味噌本体を持っても反応しない。つまり材料に反応しているわけではないということ。そうなると考えられるのは唯一つです」
「唯一つ?」
オミオツケさんは、布巾の皺を綺麗に伸ばしながら首を傾げる。
「はいっ」
レンレンは、シンクにお椀を置いて和やかに笑みを浮かべる。
「見た目です」
レンレンの言葉にオミオツケさんは雷をツムジから食らったような衝撃を受ける。
「あのコーンスープのシートを乗せたみそ汁を飲めたのがその証拠です」
オミオツケさんの脳裏にコーンスープに変装していた人生初のみそ汁の姿が思い出させる。
あのまろかやか風味、優しい甘さ。深い出汁の味……。
しかし、思い浮かぶ外見はみそ汁ではなく、コーンスープの姿……。
「それに食堂を掃除した時も反応しなかった。飛び散ったのはみそ汁なのに」
「あっ」
確かにそうだ。
飛び散ったみそ汁を拭いても触れても反応しなかった。
それは自分がソレをみそ汁ではなく、汚れと認識してたから。
「つまりオミオツケさんの現象はみそ汁を視覚的に認識することで発動するんです」
みそ汁を視覚的に認識することで発動……。
オミオツケさんは、胸中でその言葉を反芻する。
(なんか言葉にすると厨二的にカッコいいけど……)
「ようは……単純ってこと?」
オミオツケさんは、冷めた目の端を小さく震わせる。
レンレンは、唇を固く紡いで顔を反らす。
オミオツケさんは、泣きそうに下唇を突き出して身体を震わせる。
「でも、結局……みそ汁って認識したら発動しちゃうのよね」
オミオツケさんの脳裏に大好きなエガオの姿になってレンレンに襲いかかったみそ汁を思い出す。
「それじゃあ理由が分かっても対処のしようがないよね」
オミオツケさんは、がっくりと肩を落とす。
レンレン以外にみそ汁を擬態させてくれる人なんていないし、例えあったとしてもみそ汁と分かった瞬間に発動してしまう。
それでは意味がない……。
あんなに嬉しかったのに一気に気持ちが萎えてしまう。
しかし、レンレンは柔らかく微笑んで首を横に振る。
「そんなことないです。大きな進歩ですよ」
レンレンの言葉にオミオツケさんは弾かれるように顔を上げる。
「原因と要因が分かったんです。後はトライ・アンド・エラーを繰り返して正解を見つけるだけ。簡単です」
簡単……。
それは凄い単純な言葉なのに凄く頼もしい言葉にオミオツケさんには聞こえた。
オミオツケさんは、冷めた目を大きく見開いてレンレンを見る。
レンレンの優しい笑顔がとても綺麗に見える。
輝いて見える。
オミオツケさんの頬が朝焼けに当てられたように赤く染まる。
「オミオツケさん?」
レンレンは、首を傾げる。
「……あっ」
オミオツケさんの口が小さく動く。
「ありがとう……レンレン君」
それしか……言えなかった。
オミオツケさんは、顔を俯かせる。
しかし、レンレンにはその気持ちが充分に伝わった。
「はいっ」
レンレンは、小さく笑みを浮かべた。
「また、頑張りましょう」
「……うんっ」
オミオツケさんは、顔を伏せたまま頷く。
厨房に残ったみそ汁の温もりが優しく二人の周りを包んだ気がした。
次に二人の予定が合うのは一週間後だった。
生徒会の活動や予備校、それにお互いのプライベートを考えれば普通に友達と予定を合わせて遊ぶのも小学生でもない限りはそんなもののはずだがオミオツケさんにはその時間がとても長く感じられた。
学校で授業を受けている時も、生徒会の活動をしている時も、学校で友達と話す時も、自宅で妹と遊び、大好きなゲームをし、ラノベを読み、アニメを見ている時も、どこか上の空で彼女の周りの人達もクールで知的なオミオツケさんの様子が変なことを訝しんでいた。
しかし、当の彼女は周りの心配していることならなんてまるで気づかず、次の食堂に行く日を楽しみにしていた。
そしていよいよ食堂に行く日を明日に迎え、生徒会活動を終えたオミオツケさんは気分高らかに階段を下りている、と。
踊り場の窓から大きな人影が見え、オミオツケさんはそれがレンレンであるとすぐに分かった。別に久しぶりに見た訳じゃない。なんだったらしょっちゅう廊下や下駄箱であって話しているのに姿を見つけた瞬間、自分でも気づかずに嬉しくなった。
(でも、なんであんなところにいるんだろう?)
レンレンがいるのは校舎の裏側、生徒が普段足を踏み入れないようなところだ。
そんなところで何を……とマジマジと彼を見て……心臓が飛び出しそうになった。
彼の真正面に小さな人影があった。
健康的に日に焼けた細身の少女、スポーツ女子だ。
その姿を見た瞬間、何故かオミオツケさんの心臓は鐘を打つようにどんっと高鳴った。
スポーツ女子は可愛らしい顔に小さな笑みを浮かべて何かをレンレンに手渡した。
レンレンは、恥ずかしそうに頬を掻きながら大きな手でそれを受け取る。
それは綺麗にラッピングされた星やハート型のクッキーだった。
明らかに手作りの。
スポーツ女子は嬉しそうに口を促しながら手渡したお菓子を指差す。
レンレンは、嬉しそうにお菓子の封を開け、ハート型のクッキーを口の中に放り込み、美味しそうに食べる。
そして二人はそのまま何かを楽しそうに話しながら歩いていった。
そのまま進んで右に曲がれば校舎の表側に出る。
ただそれだけ。
なんて事はない。
仲の良い男女の友達がただ歩いているだけ。
お菓子だってそうだ。
ただ、渡しただけ。
それなのにオミオツケさんは二人が去っていく背中を目を反らすことが出来なかった。