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聖母さんの隣の高橋くんは自分の心臓とお話ししてます 第七話

 高橋は、黒縁眼鏡の奥の気怠げな目でじっとベンチを見つめた。
 マリヤと待ち合わせした公園のマリヤと待ち合わせした芝生エリアのマリヤが座っていたと思われるベンチ。
 しかし、そこにマリヤはいない。
 マリヤが用意したと思われる硬球が地面に転がり、プローブが二つ、そしてコンビニで買ったと思われる物が置き去りにされていた。
 それらがマリヤのものと断言出来る訳ではない。
 しかし、高橋は直感的にそれがマリヤの物と分かり、彼女に何かがあったのだと確信した。
 高橋の気怠げな目が険しく歪む。
「イェーイ」
 空気を馬鹿にするような高く、明るい声が高橋の耳に届く。
 高橋の気怠げな目が鋭く声の方を睨む。
 鮮やかな長い金髪を右にまとめ、ガチャガチャと様々な種類のペンキで塗りたくられたような柄の大きなパーカーを着た絶世の美少女……まくらがスマホを空高く掲げ、赤い唇に豊かな笑みを浮かべて制服の時と変わらず袖口の垂れ下がった右手を振りながら画面にウインクしていた。
「今日もやって参りましたネクラマンサーの世直し珍道中〜」
 まくらは、スマホのレンズを高橋に向ける。
「初っ端はおっぱいがデカくて可愛いなあと思っていた女の子にすっぽかされて撃沈するネクラマンサーの顔からお送りしていきま〜す」
 まくらのスマホ画面に次々と言葉が飛び交う。
 
"フラれおっつー"
"まあ、女の子は一人だけじゃないから"
"おっぱいは正義だからねー"
"あれ?まくらちゃんが彼女じゃなかったの?"
"やっぱ男は胸か〜腹立つわ〜"
"これで美味いもんでも食べて帰りな"
 
 まくらのスマホに次々と金貨を模した投げ銭が飛び、何百万と表示されていく。
「皆様、ありがとうございまーす」
 まくらは、にっと微笑んで画面にウインクして投げキッスをする。
 その瞬間に♡マークが何百、何千と飛びかい、投げ銭がさらに増える。
「さあさあ、それではフラれてしまったネクラマンサーにインタビューをしてみたいと思いま〜す」
 まくらは、マイクのようにスマホを高橋に向ける。
「さあ、ネクラマンサー選手、今の感想は?」
「……くびり殺す」
 高橋の気怠げな目から黒い気が膨れ上がる。
 スマホの画面から文字が消える。
 まくらは、にやっと赤い唇を歪める。
「おうおうっいい殺意じゃねえかマイプレシャス」
 まくらの深海よりも濃いサファイアの瞳が艶かしく揺れる。
「思わず股間から涎が出ちまうところだったぜ」
 わざとらしく股を閉じてクネクネ腰を動かす。
「なんでお前がここにいる?」
 高橋は、低い声で言い、まくらを睨む。
「愛しい人をストーキングするのは可笑しなことかい?」
「真面目に答えろ」
 高橋は、左胸に右手を置く。
 まくらは、肩を竦める。
「卵ちゃんを追いかけてきたんだよ」
 まくらは、サファイアの瞳を半目にして答える。
 高橋の気怠げな目が大きく見開き、辺りを見回す。
「どいつだ?」
「楠木だよ。卵になってまだ二年目くらいかな?」
 まくらは、にっと笑う。
 高橋の気怠げな目が震える。
「気が付かなかったっしょ?あんたも愛ちゃんも」
 まくらは、プププッと軽く袖口の折れた右手を赤い唇に当てて笑う。
「まあ、気にすんなよ。あんたも愛ちゃんも所詮はこの世界の人間だもの。孵化すりゃともかく卵じゃ気づかないって」
 そう言って袖口を鞭のように振るいながら左手でバンバン高橋の肩を叩く。
 高橋は、虫を払うようにまくらの手を払い除け、気怠げな目で睨む。
「楠木の奴が……星保せいほさんに何かしたのか?」
「そだよ」
 まくらは、あっけらかんと答える。
「楠木の奴が聖母さんを拉致ったの」
 あそこの店のチョコレートケーキが美味しいんだよねとでも言うようにまくらは言う。
「そして現在どこかに移動デリバリー中」
「……お前はそれを見てたのか?」
「見てたよー」
「なんで?」
「面白いから」
 まくらは、にっと赤い唇を釣り上げて笑う。
「今頃、生きるのも嫌になるくらい喜んでヤられてるんじゃない?」
 高橋の右手がまくらの細く白い首を握りしめる。
 まくらの口からヒュッと息が漏れる。
 それでもまくらはスマホを落とすことなく掲げる。
 スマホの画面に文字が飛び交う。

"おいっ我らがアイドルまくらちゃんに何をする!"
"おいおいっ仲間同士のスプラッターか?いいねえ"
"どうせなら綺麗に汚してやれよ"
"仲間割れをしている場合か!お前らは財団の意に反るつもりか!"

星保せいほさんはどこにいる?」
「えーっ知りたい?」
 顔を歪めながらもまくらは甘えるように言う。
「まくらちゃん大好きチュッチュってしてくれたから教えて上げるぅ」
「折るぞ」
 高橋は、右手に力を込める。
 まくらは、くへっと小さく息を漏らすもにっと笑う。
「えーっそんなこと出来んのぉ?愛ちゃん」
 まくらのサファイアの目が右手の置かれた高橋の左胸を見る。
 ドクンッ
「かはっ」
 高橋から苦鳴が漏れ、表情が歪む。
「ほら、愛ちゃんもダメって言ってるよ。愛ちゃんは目的以外であんたに殺しなんてして欲しくないんだから」
 高橋は、左手で左胸を掻きむしるように握りしめる。
「愛……邪魔するな!」
 高橋は、唇を噛み締めて憎々しく言う。
 しかし……。
 ドクンっ。
「ぐっ」
 更なる苦痛が心臓を中心に走る。
「ほら、このままじゃあ愛ちゃんと心中しちゃうよぉ。心臓だけに」
 まくらは、呼吸苦に顔色を青くしながらも大声で笑う。
「それはそれでマジ映えそうだわ。ネクラマンサー気になるおっぱい女子を助けられずに心臓爆死!ジワるわー」
 まくらは、袖口に覆われた右手を大きく振り回して笑う。
 高橋は、苦痛に歪んだ気怠げな目でまくらを睨みつけ……右手を離す。
 高橋の手から解放されたまくらはスマホを掲げたまま袖口に覆われた右手で首筋を摩り、小さく咳き込む……と。
 再び呼吸が出来なくなる。
 まくらの赤い唇を高橋の唇が塞ぐ。
 まくらの深海よりも濃いサファイアの目が大きく揺れ、快感に細まっていく。
 スマホ画面に文字が飛び交う。

"やりやがったあ"
"やっぱ付き合ってんじゃん"
"そんなに巨乳彼女とヤリたいんか?"
"うぜっリア充死ね!"

 高橋の唇が離れる。
 まくらは、うっとりとした目で高橋を見る。
「テクニックはBね」
「なんの基準だ」
 高橋は、吐き捨てるように言う。
星保せいほさんの場所を教えろ」
 まくらは、ムードもへったくれもないと言わんばかりに袖口に包まれた右手で高橋のポケットを指差す。
「もう送ってあるよ」
 高橋は、気怠げな目を大きく見開き、ポケットのスマホを取り出し、画面を開く。
 まくらは、にやっと笑って歌う。
「財団からの指令なんだから情報共有は当然でしょ?どんだけ焦ってんのよこの童貞」
 まくらは、サファイアの目と赤い唇を小馬鹿にするように歪める。
 高橋は、まくらの言葉なんて無視して画面を開く。
「ここは……」
 高橋は、画面に表示された位置情報を見て呟く。
「早く行かないと聖母さんじゃなくなっちゃうよ〜」
 まくらは、にやっと笑う。
 高橋は、スマホをポケットにしまい、まくらを睨む。
「彼女を聖母と呼ぶな」
 高橋は、まくらを睨む。
 まくらは、小さく肩を竦める。
 高橋は、右手を左胸の上に置く。
「愛……血液を両足に送れバンプ。燃やせ」

[了解しました。血液を両足に集中。筋力を上昇させます]

 高橋の両足から陽炎が立ち昇り、空気の熱が高まる。
 刹那。
 地面が怒号を上げるように震え、高橋の姿が消える。
 残ったのは熱の含んだ砂煙とアスファルトに深く食い込んだ足跡、そして先へと続く黒い足跡のみ。
 まくらは、足跡の続くアスファルトにスマホを向ける。「さあさあ、ネクラマンサーはどこに向かったのでしょうか?果たして囚われたおっぱい美少女を救うことが出来るのか?次の動画投稿をお楽しみに。提供ネクラマンサー実行委員会、協力RAW財団でした。バーイン」
 まくらは、明るい声で告げ、スマホを閉じる。
 まくらは、画面を閉じたスマホを見て、こちらをじっと見ている衆人を見回す。
 皆、高橋とまくらの異質なやり取りを見ながら声を掛けられずに傍観していた。
 巻き込まれたくない、関わりたくないと露骨に態度と気で表して……。
(気持ちわるっ)
 まくらは、心の中で舌打ちしながらも綺麗な顔に愛想の良い笑みを浮かべる。
「動画生配信お騒がせしました。今度、チャンネルに上げるので見てくださいねえ」
 そう言ってアイドルのファンサのように投げキッスをすると、衆人たちは見惚れながらもなーんだと言わんばかりにほっとしつつも呆れた表情を浮かべる、
「ただのお騒がせ配信者かよっ」
「若いのに凝ってるねえ」
「あの金髪の男とブラウンの髪の女の子も仲間だったんだ」
「危うく警察呼ぶとこだったよ。ははっ」
「ってかあの眼鏡の男の子どうやって消えたの?」
「ってか日曜日の昼にあんな過激なことすんじゃねえよ」
 各々口にしながらその場を離れていく。
 まくらは、袖口に包まれた両手を鯉のぼりのようにブンブン振って衆人を送る。
「彼女を聖母と呼ぶな……か」
 高橋が残していった言葉を繰り返し、赤い唇を釣り上げる。
「彼女は聖母だよ……かっしー」
 深海より濃いサファイアの目を三日月に歪める。
「あいつらと……財団……そして私にとって……ね」
 まくらは、にぃーっといやらしく笑う。
「早く行かないと……破られちゃうよーかっしー」
 まくらは、鼻歌を歌いながらスキップする。
「マクマクマック〜マクマック〜キレイなキレイなショジョマック〜ハッカは痛いぞマックマク〜」
 まくらは、高らかに歌いながらその場を後にした。

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