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看取り人 エピソード5 失恋(4)

 翌日の放課後、オミオツケに捕まらないよう、そして彼に会わないように校舎を出た先輩はショッピングモールの文具屋で水色地に右下に小さな白い花の描かれた便箋と薄緑の封筒を買ってから公園に向かった。
 少しバスが遅れたので待ち合わせの時間を過ぎてしまうのではないかと焦ったが、なんとか間に合い、白髪の男の待つベンチへと着いた。
「いらっしゃい」
 白髪の男は、笑顔で迎える。
「こんにちは」
 先輩は、小さく頭を下げ、笑みを浮かべる。
 自分でもよく分からないが白髪の男に会えるのを少し楽しみにしており、顔を見た瞬間に嬉しくなった。
 白髪の男は、左手で空いた空間に向ける。
「どうぞお座りください」
「ありがとうございます」
 先輩は、ゆっくりと腰を下す。
「便箋と封筒は持ってきた?」
「はいっ」
 先輩は、スクールバックから買ったばかりの便箋と封筒を出す。
「書くものは?」
「学校帰りですよ?持ってます」
「偉いね。置き勉してないんだ」
 置き勉と言う言葉が分からず先輩は首を傾げる。
「それじゃあ忘れ物はないね」
「はいっ……あっ!」
 先輩は、思わず声を上げる。
「どうしたのかな?」
 白髪の男は、眉を顰める。
「……バインダーを忘れました」
 先輩は、恥ずかしそうに肩を萎める。
 これじゃあせっかくの便箋も書くことが出来ない。
 悲しそうな顔をしている先輩を見て白髪の男はくすりっと笑う。
「優等生でも忘れるんだね」
「私は優等生なんかじゃ……」
 何だったらちょっと前までは素行不良のレッテルを貼られていた方だ。
「これを使いなさい」
 白髪の男は反対側から黒茶色の木目の付いたバインダーを取り出し、先輩に差し出す。
 先輩は、滑らかな光沢のある綺麗なバインダーに切長の右目を大きく見開く。
「桜の木を加工して作った物らしい。古いけどとても良い物だ。君にあげよう」
「いえ、そんな……」
「古い言ったが高価なものと言うわけではない。僕に付き合ってくれるお礼だよ」
「いえ、付き合ってもらってるのは私の方なのに……」
「いいから。年上からの好意は怪しい詐欺以外は受け取るものだよ」
「はいっ……ありがとうございます」
 先輩は、躊躇いながらバインダーを受け取る。
 滑らかで思わず頬擦りしたくなるような温かい感触。先輩は一瞬でバインダーが気に入ってしまった。
「それじゃあ始めようか?」
 白髪の男も自分のバインダーと万年筆を手に取る。
「はいっ」
 先輩は、バインダーに水色地の便箋を挟み、学校で使い慣れたシャーペンを手に取り、向かい合う。
 二人は、バインダーに向かい合ったまま無言になる。
 一緒にやるとは言っても手紙を書くのは一人仕事。
 そこに自分との対話はあっても他者との会話は皆無といってもいい。
 いいはずなのだが……。
「すいません」
 先輩は、申し訳なさそうに声を出す。
「どうしたのかな?」
 白髪の男は、便箋から目を離して先輩を見る。
「手紙って……最初は"拝啓"からでいいんでしょうか?」
「まあ、一般的には"拝啓"だね。畏まった間柄には"勤啓"とか急な手紙なら"急啓"とかを使うけど、大概は"拝啓"で通ずるよ」
「そうですか……」
 先輩は、じっと便箋を見る。
「君の場合は事情が事情に事情だけど親しい間柄だからね。普通にこんにちはでも良いと思うよ」
 白髪の男は、緊張した面持ちの先輩を見て眉を顰める。
「ひょっとして……君、手紙……と言うより文字を書いた物を送るの初めてかい?」
「……はいっ」
 先輩は、正直に頷いた。
「友達からはチャットアプリやSNSやろうって誘われるんですけど……何書いたらいいか分からなくて……それに学校に行けば会えるし……」
 白髪の男は、呆れた顔をして先輩を見る。
 十代の半ばをようやく過ぎようとする少女からそんな昭和の頑固親父のような言葉が出るだなんて思わなかったから。
 いや、違う。
 この子は頑固だから言ってるのではない。
 純粋に分からないのだ。
 言葉を形にする方法が。
 だから、言葉以外の方法で気持ちを伝えようとしてきたのだろう。
 白髪の男は、優しく目を細める。
「思った通りに書きなさい」
 白髪の男の言葉に先輩は、切長の右目を大きく開く。
「これは小説でも小論文でもない。ただの手紙だよ。形式なんていうのはどこかの頭だけはいい偉人が作っただけ。そんなのに縛られる必要はない」
 白髪の男は、先輩の頭に手を置く。
 昨日より冷たい。
 しかし、ほのかに温かい。
 先輩の頬に赤みが差す。
「書きたいように書きなさい。彼に伝えたい気持ちをただ紙に写しなさい。それだけでいいんだよ」
「……はいっ」
 先輩は、小さな、しかし嬉しそうな笑みを浮かべて頷く。
 白髪の男も小さな笑みを浮かべて、先輩の頭から手を下ろす。
 先輩は、静かに深呼吸し、シャーペンを握り直して便箋に目を向ける。
 白髪の男もそれを確認すると、万年筆を立てて自分の便箋に向かい直る。
 先輩は、そっとシャーペンの先を便箋に寄せ、文字を歩ませる。

 …………君へ

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