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クールで知的なオミオツケさんはみそ汁が飲めない 第一話

あらすじ
 赤木蓮ことレンレンは高校に通うながら学生食堂の厨房で働いていた。
 その理由はアレルギーを理由に食べたいものを食べれない生徒たちにレンレン定食を振る舞ってお腹と心を満足してもらうことだ。
 そんな彼のもとにクールで知的な生徒会副会長、結尾美織ことオミオツケさんが現れる。
 彼女はこの世で一番みそ汁が嫌いなことで有名だった。
 そんな彼女の依頼はみそ汁を飲めるようにして欲しいと言うもの。そして彼女のみそ汁が食べれない理由を知った時、彼は思わず口にしてしまう。
「なんだ・・・このファンタジー?」
 レンレンは、彼女にみそ汁を飲ませることが出来るのか?
 みそ汁恋愛ファンタジーの始まり〜始まり〜

本編

 奇跡ミラクルは、あっても幻想ファンタジーはない。
 それがレンレンが十七年と言う人生で、いやこの世で生きる大半の人間が悟ることだ。
 運命的な出会いや夢へ向かうための道標、そして命救われるような経験と言った奇跡ミラクルは偶然のような確率でも必然して起きることはある。
 しかし、空を舞う竜に出会う、トナカイのソリを引いたサンタクロースに会う、科学では照明出来ないような不可思議現象なんて言う幻想ファンタジーが現実として起きるはずがない。
 それだからこそゲームも小説も漫画も面白いのだ。
 幻想ファンタジーは現実では起きない。
 それが世界の常識……のはずだった。
 ついさっきまでは……。
 レンレンは、呆然と食堂のテーブルと床に散らばった茶色い汁とワカメの残骸を見る。
 その真向かいに座る小柄で美しい、冷めた目をした少女を見る。
 少女は、イメージ通りの冷めた声でぼそりっと言う。
「これが私のみそ汁が飲めない理由よ」
 そう言って彼女は自虐的に笑う。
 レンレンは、何度も何度も瞬きさせる。
「なに……」
 レンレンは、呆然と呟く。
「このファンタジー……?」

 時は昨日に遡る。

 高校の校庭の隅にその学生食堂は点在していた。
 普通、学生食堂と言うと校舎の中にあるものが一般的だが、高校の初代校長、つまり創立者が育ち盛りの生徒達にたくさん食べて、授業の疲れを癒してほしいと願い、校舎から切り離した場所に建てた。運営もNPO法人に委託し、高校とは切り離した空間として学生の憩いの場としている。
 その考えは良い方向に動き、お昼時の学生食堂はいつも賑やかしい。
 駅前やオフィス街にある食堂やファミレスの平日の混み具合がどんなものかは知らないがこの学生食堂の賑わいだって決して劣ってはいないはずだと赤木蓮ことレンレンは思っていた。
 身長189センチ。
 出会う人出会う人にバスケか格闘技をやってるだろうと勘違いされるような恵まれた体格をしたレンレンは今日も制服のブレザーを脱ぎ、白いワイシャツの上に紺色のエプロンと短く刈り上げた黒髪に三角巾を巻いて厨房で調理師のおばちゃん達と肩を並べて働いていた。
 本来、同校に通う生徒が昼食時に学生食堂を手伝うなんてあり得ないことだがレンレンは、管理栄養士になるという目標と一つの目的の為に学校と食堂を運営するNPO法人にに交渉し、特別に許可されていた。
 地元でも有名な進学校の割にはそう言ったところがやたらと融通が効し、生徒の意見を尊重してくれる。
 もちろん、最後の授業を速抜けするので学業が疎かになると言うデメリットもあり、遅れた勉強と単位を取り戻すのには多大な苦労を要するが、それを差し引いてもレンレンに取って学生食堂の厨房に立つのは大切なことだった。
 特に今日のような日は。
 お湯が沸騰するように賑やかな食堂。
 その一角の二人席だけが波が凪ぐように静かだ。
 席に座ってるのはレンレンと同じクラスの女子二人。
 一人はショートヘアの見るからにスポーツ女子と言った感じの肌がこんがりと焼けた細身の女子。もう一人はポニーテールに眼鏡をかけた、輪郭は丸いが女の子らしい体つきをした文系と言った感じの女子。
 文系女子は緊張した面持ちで顔を伏せ、スポーツ女子は心配そうに文系女子を見てプラスチックのコップに入った麦茶を舐めていた。
 レンレンは、そんな二人を見つめながら最後の行程に取り掛かる。
 クッキングペーパーを敷いたフライパンの上に広がった濃い黄色のクレープのような薄く滑らかな生地、その真ん中に嬉しいくらいに鮮やかなケチャップライスを落とし、手早く舟の形に整え、黄色い皮で包み込んでいく。
 その手際たるやプロの調理師顔負けの速さで、隣で違う料理を作っていた調理師のおばちゃんが「相変わらず上手いねえ」と楽しそうに笑う。
 レンレンは横に置いた白い皿をフライパンの上に蓋のように被せるとそのまま持ち上げてひっくり返す。
 フライパンのふちと白い皿がカチャンっと小気味良く音を立てる。
 フライパンを離す。
 綺麗な形のオムライスが華やぐように登場する。
 レンレンは、会心の出来に口をにんまりと釣り上げる。
 フライパンをコンロに戻し、そっと皿を置いてその上にケチャップでニコっと笑った顔を描く。
「完成!」
 さあ、彼女を笑顔にしてみせよう。
 レンレンは、揚々と出来上がったオムライスを見て微笑んだ。

 レンレンは、銀色の大きなトレイに料理を乗せて同級生二人の元に行く。
 レンレンが近づいて来るのに気づいたスポーツ女子がパアッと表情を明るくする。
「おまちどうさまでした!」
 レンレンは、口元に笑みを浮かべて言うとスポーツ女子の前に料理を置く。
「A定食おまち」
 スポーツ女子の元に置かれたのは甘辛いタレで味付けされた豚の生姜焼き定食だ。醤油とお酒、味醂、そしてたっぷりの生姜で味付けされた味の濃い豚の生姜焼きは体育会系の学生の中でも大人気だ。白米も大盛りで野菜もてんこ盛り、そして豆腐とネギのみそ汁も格別だ。
 スポーツ女子は、目を輝かせて喜ぶ。
「今日のA定食は当たりだね!」
 スポーツ女子は、飛び跳ねるように声を弾ませる。
 学生食堂には日替わりで三つの定食がある。
 A定食は白米中心の和食。
 B定食はパンを中心の洋食。
 C定食は和洋中合わせた麺類。
 その日によってメニューが違うので大概の学生たちは食堂にやって来て、ボードに張り出されたメニューを見てから決める
 しかも品質いいのに値段も安い。
 今日は大人気の豚の生姜焼きなので売れ行きもほとんどA定食に偏っている。
 この調子だとせっかくの麺とパンが残って痛んでしまうのでないかと不安になるほどに。
 しかし、学生食堂には定番の三つ以外にもメニューがある。
 そしてそれこそがレンレンが食堂に立つ理由であった。
 レンレンは、文系女子の前に料理を置く。
 それは鮮やかな黄色にケチャップで宝石のように輝く笑顔の描かれたオムライス。
 文系女子の目が眼鏡の奥で大きく見開かれ、弾けるようにレンレンの顔を見る。
 レンレンは、大きな笑みを浮かべる。
「レンレン定食お待ち!」
 これこそがレンレンが学生食堂にいる理由。
 レンレンのみが作れるレンレン定食である。
「どうぞお召し上がりください」
 そう言って丁寧に頭を下げる。
 文系女子は、唾をごくんっと音を飲み込んで銀色のスプーンを手に取る。
 スプーンの匙をそっとオムライスの表面に押し当て、プスンッと切り分ける。
 スプーンの上に乗った黄色と赤の食欲を駆り立てるコントラスト。
 文系女子は、じっとオムライスと睨めっこし、勇気を振り絞って口の中に突っ込んだ。
 文系女子の目が大きく見開く。
 唇がゆっくりと動き、顎をリズム良く動かして咀嚼する。
 そして口がぱっと開いた瞬間、顔中の筋肉が至福に緩んだ。
「美味しい……」
 文系女子は、ぽそっと呟き、震える目でレンレンを見る。
「とっても……とっても美味しい!」
 文系女子の顔が華やぎ、目にはうっすらと涙が溜まってる。
「これが……これがオムライスなんだね!」
 文系女子は、喜びに震えていた。
 彼女は、重度の卵アレルギーである。
 食べるどころか口内に触れただけで蕁麻疹と呼吸苦、最悪死に至ることすらある。
 彼女にとって卵はまさに毒そのもの。
 食べるなんて夢のまた夢。
 そんな彼女の夢。
 それがオムライスを食べることだった。
 子どもの頃からずっと憧れていたオムライスを。
「喜んでもらえて幸いです」
 レンレンは、にっこりと微笑む。
「レンレン定食……どうぞお楽しみください」
 レンレンは、ゆっくりと頭を下げた。
 レンレン定食。
 それは様々な理由で食べたい物を食べることが出来ない生徒達の為の夢の定食。
 彼は、そんな生徒達の夢を叶えるべく学生食堂を手伝っていた。

「これって……卵じゃないんだよね?」
 A定食を舐めるように食べ終えたスポーツ女子が文系女子のお皿から黄色い皮を少しだけもらって口に運ぶ。
「舌触りがとても滑らかで微かに甘味がある。これって……お野菜?」
 答えを求めるようにスポーツ女子は皿を片付けに来たレンレンに声をかける。
 普通は厨房の隣に設置した棚に食器を戻してもらうのだが、レンレン定食を頼んだ生徒には感想を聞く為にレンレンが取りに行く。
「正解」
 レンレンは、二人の前の食器を片付けながら答える。
「かぼちゃとスイートコーン、そして木綿豆腐をフードプロセッサーにかけて生地にしたんです。なるべく卵に似せようと薄くしたんだけど……」
 レンレンは、申し訳なさそうに眉を顰める。
「まだまだ、卵にはほど遠くてモドキの域を超えてません」
 レンレンは、文系女子に目を向ける。
 突然、目を向けられたことに文系女子は驚く。
「今は、こんな物しか作れなくて……もっと卵に近づけるように精進するので、もう少し時間を下さい」
 そう言って深々と頭を下げる。
 レンレン定食をどんなに美味しく食べてもらえてもまだまだ本物には敵わない。
 美味しさで相手を騙してるだけなのだ。
 それを思うとレンレンはいつも申し訳なくなり、食べ終わった後にこうやって頭を下げる。
 騙してごめんなさい。
 期待に応えられなくてごめんなさい。
「次はもっとオムライスに近づけるよう精進します。これで懲りずにまた来てください」
 レンレンの態度と対応に文系女子は、眼鏡の奥の目を丸くする。
 そして柔らかく微笑むと首を何度も横に振った。
「レンレン君のオムライス、とても美味しかったよ。それに……とても嬉しかった」
 文系女子は、食べ終えた自分の皿を見る。
「確かに私は本物のオムライスがどんな物なのかは分からないけど、今日レンレン君が作ってくれたオムライスは私に取っては間違いようのない本物のオムライスなの」
 文系女子は、食べ終えたばかりのオムライスの味を思い出す。
 しっかりと味の付いた甘さと酸味のあるケチャップライス。
 柔らかくて滑らかな黄色い生地の食感と微かな甘み。
 そして自分は"今、オムライスを食べているんだ"と言うお腹と心を満たす満足感。
 どれをとってもこれは間違いなくオムライス。
 自分にとっての最高の一皿なのだ。
「美味しいオムライスをありがとう。レンレン君」
 文系女子は、にっこりと微笑む。
「また、作ってね」
 その言葉を聞いて、レンレンの顔がゆっくりと綻び、笑顔になる。
「はいっ」
 和やかで温かい空気が席の周りを満たす。
「あ……あの……レンレン」
 唐突にスポーツ女子が声を出す。
 レンレンと文系女子は、同時に顔を向けるとスポーツ女子が日に焼けた顔をぽっと赤く染めて視線を右に反らしてる。
「あの……これ……」
 そう言って背もたれの後ろからピンクと白の格子柄の小さな紙袋を取り出して、レンレンに差し出す。
「この前の……お礼」
 スポーツ女子は、恥ずかしそうに口と言葉を萎めて言う。
 レンレンは、紙袋を受け取る。
「これは……」
「見て……いいよ」
 レンレンは、言われた通りに紙袋を開けて中身を取り出す。
 それは綺麗にラッピングされた小舟のような形をしたマフィンだった。
「ちゃんと食べられるやつだからね」
 スポーツ女子は、恥ずかしそうに目を反らす。
 文系女子の目がぱあっと輝く。
「ひょっとして手作り⁉︎プレゼント⁉︎」
「ただのお礼!」
 スポーツ女子は、頬を真っ赤に染めて声を上げる。
「この前……ラーメンありがとうね」
 スポーツ女子は、レンレンと目を合わせることが出来ず、唇を尖らせ、両手の指をモジモジと絡めながら言う。
「美味しかったよ」
 スポーツ女子もまた、文系女子ほどではないが重い小麦粉アレルギーであった。成長とともに多少なら摂取しても大丈夫にはなったがそれでも間違えると酷い痒みと呼吸苦に襲われる。
 そんな彼女にも食べたいものがあった。
 それが小麦粉の温床とも言うべき食べ物、ラーメンだった。
 お店で友達や他のお客さんが美味しそうに食べるのをいつも羨ましく見ていた。
 いつか……いつか食べたい。
 そんな叶うことのない夢をずっと見ていた。
 そんな時に彼が作ってくれたのだ。
 スポーツ女子でも食べることの出来るラーメンを。
「ただ、米粉で作った麺を豚骨スープに落としただけですよ。軽くて物足りなかったんじゃ……?」
 レンレンは、顔を顰めて言う。
 スポーツ女子に米粉麺で作ったラーメンを出した時もレンレンは今のようにこんな物しか作れなくてごめんと謝った。
 スポーツ女子は。あの時と同じように首をブンブンと横に振る。
「最高……だったよ」
 スポーツ女子は、恥ずかしそうに言う。
「また……作ってね」
 そこまで言って撃沈するように顔をテーブルに伏せた。
 文系女子は、ヒューヒューと口笛を吹く真似をして冷やかす。
 レンレンは、口元に小さく笑みを浮かべ、「分かりました」と嬉しそうに答えた。
 その時だ。
「すいません」
 冷めた、不機嫌そうな声がレンレンの背中にぶつかる。
 その声にレンレンは振り返り、二人の女子も同じように目を向ける。
 黒いロングヘアの少女が仁王立ちするように両腕を組み、肩を怒らせて立っていた。
 クール系大和撫子。
 彼女を一言で表現するとしたらその言葉しかない。
 知性を醸し出した綺麗な顔立ちにブレザーに着られているのではと思わせるような華奢な身体はレンレンの胸辺りまでしか身長がない。体重だって下手したら半分だ。冷めたような大きな二重の目はきつく細まり、薄いが形の良い唇はキッと強く結ばれている。
 彼女は、クールで知的な表情と冷めた目でレンレンを睨みつけていた。
 表情と目こそ冷めているが明らかに怒っている。
 しかし、レンレンが戸惑ったのは彼女が怒っていることよりも"この子は誰だろう?"と言う単純な疑問だった。
 食堂を利用している子なら大抵知ってるのにこの子にはまるで覚えがない。
 レンレンが眉を顰めていると彼女は、冷めた目をさらにきつく細めて手に持った白い紙を突き出す。
 それはあまりにも見慣れた食堂の食券だった。
「注文……」
 彼女は、形の良い唇を開けて苛立ちを抑えるように小さく声を出す。
「いいですか?」
 そう言ってレンレンを鋭く睨む。
 その声は、やはり少し冷めている。
 レンレンは、呆気に取られながらも食券を受け取る。
 食券にはB定食と書かれていた。
「テイクアウト出来ますか?」
「テイクアウトですか?」
 レンレンは、小さく瞬きする。
 部活動をしている生徒用にテイクアウトは出来るようにはなっているが……。
「今日のB定食……カツサンドとコーンスープなんですけど……テイクアウトにするとスープ付かないけどいいんですか?」
 コーンスープは、食堂でも人気のメニュー。
 スイートコーンと牛乳、コンソメで味つけたシンプルだが味わい深い一品……らしい。
 その為に水筒を空にしてでも持って帰りたいと言う生徒が多くいる。
 ちなみに小麦粉を使わないのでスポーツ女子も飲める。
 だからこそ、聞いたのだが……。
「いらないです」
 彼女は、冷めた声できっぱりと言う。
「時間がないので早めにお願いします。外で待ってますので」
 そう言われてレンレンは、時計を見ると十二時四十分を過ぎようとしていた。二十分もすれば昼休みも終わってしまう。
 なるほど。
 彼女が苛立っていたのはもう時間がないのに注文を受ける人がいなかったからか。
 この時間になると生徒達も少なくなり、おばちゃん達も片付けに入り始めるから声を掛けても聞こえない時がある。その為、遅れてきた生徒は昼休みの終わるギリギリまで全てレンレンが対応してるのだ。
美織みおちゃん、今からご飯なの?」
 文系女子が声を掛ける。
 どうやら彼女のことを知ってるらしい。
「お弁当は……?」
「忘れた……」
 彼女は、恥ずかしそうに俯く。
 なるほど。普段はお弁当持ちだから知らなかったのか。
「また、生徒会の仕事?」
 スポーツ女子も声を掛ける。
 どうやら彼女も知ってるらしい。
「そうなのよ」
 彼女は、二人に目を向けて小さく笑みを浮かべる。
 心なしか少し苛立ちが薄まったように見える。
「今週中に配布しないといけないプリントがあるのにまるで進んでないから……」
「大変だねえ。副会長は」
 文系女子が同情するように呟く。
 どうやら彼女は生徒会の副会長らしい。
 二人が知っていてタメ口と言うことは同じ二年生。
 二年生……副会長……美織……。
 レンレンの頭がぱっと閃く。
「オミオツケさん」
 レンレンがそう口にした瞬間、彼女の冷めた目が大きく見開く。
「レンレン君!」
 文系女子がレンレンのエプロンを引っ張る。
 レンレンは、何事か?と振り返って文系女子を見る。
 文系女子は、青ざめた表情で怯えた兎のように目を震わせている。
「早く謝って!」
 スポーツ女子も表情を青ざめ、声を震わせる。
 レンレンは、何のことだか分からないままオミオツケさんと呼んだ彼女に目を戻す、と。
 彼女は、冷めた目のまま頬を真っ赤に染めてレンレンを睨んでいた。
 レンレンは、思わず怯んでしまう。
「私の……」
 彼女の口から低く震える声が漏れる。
「私の名前は……結尾美織けつおみおです」
 彼女は、突き刺すようにレンレンを睨む。
「オミオツケではありません」
 彼女は、冷たく、強く、はっきりと、叩き潰すようにレンレンに向かって声を放つ。
 その凍えるような冷たさと迫力にレンレンは思わずよろけて尻をテーブルにぶつける。
 彼女は、ふうっと息を大きく吐く。
 赤く染まった頬が鎮まり、目から険が消える。
「外で待ってますので手早くお願いしますね」
 そう言って彼女は、踵を返して食堂の外に出た。
 レンレンは、思わず大きく息を吐く。
 背中が脂汗でぐっしょりと濡れているのが分かる。
「大丈夫?」
 スポーツ女子が立ち上がって心配そうにレンレンを見る。
「美織ちゃんって怒ると怖いからね」
 文系女子がらぶるっと身体を震わせる。
「さすが副会長。すっごい迫力……」
「俺……何か怒らせるようなことしました?」
 レンレンは、恐る恐る二人に訊く。
 何が彼女の逆鱗に触れたのかまるで想像が出来ない。
 少なくてもあの短い時間の間で彼女を怒らせるような行動も言動もしてないはずだ。
 しかし、スポーツ女子と文芸女子は、お互いの顔を見合わせて、はあっと大きくため息を吐く。
「オミオツケ……」
 文系女子は、小さな声でぽそっと言う。
「あの子をそう呼んだからよ」
 スポーツ女子は、小さく肩を竦める。
「えっ……」
 レンレンは、思わず声を上げる。
「だって……彼女って……あの副会長ですよね?」
 生徒会副会長結尾美織けつおみお
 その端正で美しい知的な顔立ちと、顔に恥じない優秀な成績、沈着冷静な佇まい、そして彼女のフルネームを後ろから読んだら日本で最も美しい和食とされるお味噌汁オミオツケになる事から付いたあだ名が"オミオツケさん"。
 彼女のことを知らないレンレンでも聞いたことのある話しだ。
 しかし、二人は同調するように首を小さく横に振る。
「あの子ね。そう呼ばれるのが嫌いなの」
 スポーツ女子は、力なく言う。
「嫌い?……」
 公式のように広まってるのに?
「そのあだ名ね。彼女に嫉妬した誰かが流した悪評なの」
 文系女子は、眼鏡の奥の目尻を下げる。
「悪評?」
 レンレンは、呟くように言う。
 文系女子は、小さく頷く。
「あの子……この世で一番みそ汁が嫌いなの」

 その後、レンレンはゴム手袋をして、出来立てのカツサンドを丁寧に紙袋に入れて外に待つ彼女に渡した。
 彼女は、冷めた目で紙袋の中のカツサンドを確認し、「ありがとう」と冷めた声でお礼を言う。
「食べる時間はありますか?」
 時計は十二時五十分を刺していた。
「大丈夫。こう見えて早食いだから」
 彼女は、素っ気なく答える。
「ダメですよ。ゆっくり食べないと身体に……」
「ご忠告ありがとう」
 彼女は、レンレンの言葉を斬るように遮るともう用はないと言わんばかりに踵を返す。
「さようなら」
 そう言って彼女は振り返りもしないまま去っていく。
 先程の失言を謝ることすら出来なかった。
 そしてもう関わることはないのだろうと漠然と感じた。
 しかし、それは大きな間違いだった。
 彼女とレンレンとの関わりはこれが始まりだった。

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