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希望のハコ 最愛の娘になった最愛の君へ 第八話
ダリア婦人。
ゆかり達がそう呼んでいたのでカギはてっきり外国の人だとばかり思っていた。
しかし、インターフォンを押し、品の良い赤茶色の玄関から現れたのは背の高い白髪の明らかに日本人の女性だった。
「いらっしゃい」
ダリア婦人は、目尻の下がった穏やかな目を細めて笑う。
「こんにちはダリア婦人」
「こんにちは」
ゆかりと他所行きの水色のストライプのワンピースを着たカンナも穏やかに微笑んで頭を下げる。
三人はもちろん面識があるので何の警戒もなく言葉を交わしていく。
「相変わらず綺麗にセットされてますね」
ゆかりは、美容師らしくダリア婦人の綺麗に切り揃えられた輝く白髪を見る。
しかし、彼女が綺麗なのは髪だけではない。
目尻の下がった優しそうな目、年輪こそ刻まれているがきめ細やかな白い鼻、小さいが形の整った鼻に薄い唇、細い顎、柔らかく背筋の伸びた程よく筋肉がついた肢体は同年代でも高い方であろう。
年齢問わず美人と呼ばれる人はいるが目の前にいる人はまさにそれに当てはまる。
「婦人……電話でもお話ししましたが……」
「ええっ承知してるわ」
ダリア婦人の穏やかな目がカギに向く。
「貴方が鍵本さんね?」
ダリア婦人の細い目がカギをじっと見据える。
まるで値定めするように。
カギの背に緊張が冷たく走る。
こんな容姿をしているから警戒されるのには慣れているものの今日はそう言うわけにはいかない。
ハコのためにも何としても好印象を持たれないと……。
「はっはいっ」
カギは、氷のように固まりながら頭を下げる。
「鍵本と申します。こちらつまらないものですが……」
そう言って紙袋に入れた小籠包を差し出す。と、ゆかりがバンっと肩を叩いて小声で耳を打つ。
「先にハコの紹介でしょう!」
ゆかりに言われて「あっ」と呟く。
テンパリ過ぎて順序を間違えてしまった。
カギは、差し出した紙袋を引っ込められないまま狼狽えている、と。
「ハコちゃん?」
ダリア婦人が小さく声をかける。
カギの後ろに隠れていたハコが恐る恐る顔を出す。
明るく、積極的な割には人見知りで屋敷に着いてからずっとカギの後ろに隠れていたのだ。
ハコは、カギの背中をぎゅっと握って壁の隙間から覗くようにダリア婦人を見る。
「ハコ……ご挨拶しろ」
カギは、ハコの背中をそっと押して前に出させる。
今日のハコはグレーと白の格子柄のワンピースに白い帽子、紺色のブーツと、ゆかりがたまたま家にあったと言う他所行きの服装をしている。そして左の薬指には虫除け兼お守りの大きなダイヤモンドの指輪を嵌めており、可愛らしくもあるし、年相応の格好にも見える。
「か……鍵本華子です」
ハコは、カギ動揺に緊張しながらもしっかりと挨拶する。
「よろしくお願いします」
そう言ってぺこりっと可愛らしく頭を下げる。
その見た目からは考えられない幼い挨拶をダリア婦人は細い目をさらに細めて見る。
カギに再び緊張が走る。
ゆかりがここに来る前にオブラートに包みながらもハコの置かれた状況については説明してくれたらしい。
しかし、それでも言葉だけでは伝わりきらないことは多々ある。
もし、今のハコを見て断られたら……。
カギは、ぎゅっと拳を握る。
もし、断られたら頭が割れるまで土下座してやる。
そう誓い、ダリア婦人に声をかけようとする。
「ハコちゃん」
ダリア婦人は、柔らかい笑みを浮かべてハコに近寄り、細い手でハコの手をぎゅっと握る。
「ハコちゃん……会いたかったわ」
突然のダリア婦人の行動にカギは目を大きく見開いて驚き、ゆかりとカンナは目を丸くする。
ハコは、何が起きたか分からずきょとんっとする。
ダリア婦人は、ハコの頬に優しく触れる。
「お帰りなさい。ハコちゃん」
ハコの無垢な瞳にダリア婦人の笑顔が映った。
和かで少し陰のある笑顔が。
城の壁を連想されるような大きな苺のミルフィーユにハコは大きな目が溢れ落ちそうになる。
「こら、ハコ」
唇を小刻みに震わせて今にも齧り付きそうなハコをカギは諌める。
「カンナ……」
隣でもゆかりが今にもミルフィーユに飛びかかりそうなカンナの肩に手を置いて止めている。
そんな様子をダリア婦人は面白そうに見ながら青の茶器に紅茶を注いでいる。
四人が通されたのはダリア婦人のお屋敷の居間……と言ってもカギ達には応接室のようにしか見えなかった。
木目調の猫足のテーブル、尻を落としただけで飲み込まれそうになる柔らかいソファ、磨かれたフローリングに敷かれた肌触りの良い絨毯に品の良い家具や調度品……。
あまりにも場違いな空間にカギはどこに尻を置いたらよいか分からなくなる。
「このミルフィーユはね。ハコちゃんが来るって聞いたから急いで銀座に行って買ってきたのよ」
ダリア婦人は、穏やかな声で言ってカギの前に紅茶のカップを置く。深く清涼な香りが鼻腔を打つ。
「食べてくれないとおばさん悲しいわ」
ゆかりの前に紅茶のカップを、ハコとゆかりの前に麦茶の入ったグラスを置く。
「どうぞ召し上がって」
ジュルッ。
ハコは、涎を啜り、口をモゴモゴ動かす。
「パパァ」
食べていい?と聞くように横目でカギを見る。
カギは、小さく肩を落とし、笑みを浮かべる。
「こぼさず丁寧に食べるんだぞ」
カギの言葉にハコは大きな目を輝かせる。
隣ではカンナもゆかりに許可をもらって同じように目を輝かせている。
「いっただきまーす!」
「いただきます!」
ハコとカンナは、同時に言って同時にフォークを握り、同時に食べ出した。
大粒の苺を頬張り、固いパイ生地にフォークを突き刺して割りながらたっぷりのカスタードクリームと一緒に食べていく。
こぼすなと言ったのにテーブルと絨毯の上にパイ生地の欠片とカスが落ちていくのを見てカギとゆかりが「綺麗に食べなさい!」と怒り、慌てて落ちたカスを拾っていく。
その様子をダリア婦人は婦人は面白そうに、そして懐かしそうにハコを見る。
「本当……大きくなったわね。ハコちゃん」
ダリア婦人が発した小さな声にカギはパイ生地のカスを拾う手を止め、彼女に目を向ける。
「失礼ですが……」
カギは、鋭い目をきつく細めてダリア婦人を見る。
「貴方の言うハコとはいつのハコの話しですか?」
カギの固い声にダリア婦人は穏やかな目を薄く開く。
「もちろん……」
ダリア婦人は自分用に淹れた紅茶に口を付ける。
「あの悲劇が起きる前の……本当のハコちゃんよ」
ダリア婦人は、ふうっと息を吐いてカップから口を離してハコを見る。
ハコは、自分のことを言われているのは分かるが何のことか分からずフォークを咥えたまま首を傾げる。
カギの表情に小さな苛立ちが浮かぶ。
「ここにいるハコは本当のハコです」
カギは、優しくハコの肩に手を置く。
「二度とそんな事言わないで下さい」
カギの声はとても平静だ。
しかし、その声の中に押さえつけられた怒りが含んでいることにゆかりは気づき、目を震わせる。
ダリア婦人もそれに気づいたようで目の奥を震わせ、閉じて頭を下げる。
「失言でした。申し訳ありません」
カギもダリア婦人が頭を下げたのを見て自分が怒っていたことに気づき、慌てる。
「いや、こちらこそ大変失礼を」
カギもカップに頭をぶつけるのではないかと言うほど頭を下げる。
ハコもそれに釣られて一緒に頭を下げる。
ゆかりは、惨事が起きなかったことに胸を撫でおろし、カンナは何が起きたのかも分からないまま食べ終わりそうなミルフィーユを惜しそうに睨む。
「それで……」
カギは、険の取れた鋭い目でダリア婦人を見る。
「貴方はあの時のハコとどう言うご関係で?」
しかし、その口調から警戒は解けていなかった。
あの頃のハコを知っている……それはつまりは奴らと関係している可能性もあるからだ。
もしそうなら……。
カギは、膝に置いた拳を握る。
「そうね……気になるわよね」
ダリア婦人は、紅茶に口を付ける。
胸に沸いた動揺を落ち着かせるように。
「私はね……ハコちゃんのおばあ様とお友達だったの」
その言葉にカギとゆかりは驚くも、次に彼女が発した言葉はその比ではなかった。
「そして……私の亡くなった夫は……ハコちゃんのおばあ様と一緒にカーマ教の被害者団体の支援をしていたの」
ダリア婦人の目がうっすらと開き、ハコを見つめた。