クールで知的なオミオツケさんはみそ汁が飲めない 最終話
一緒に飲めばいいのではないか?
血が通わなくなってしまったのではないかと勘違いしてしまいそうなくらいぼやけたレンレンの頭にそんな考えが浮かんだ。
アナフィラキシーショックの後遺症で酸素と点滴を繋がれて病院のベッドに横になっていた時、頭に浮かんだのはオミオツケさんのことばかりだった。
初めて会ったの頃のイメージ通りのクールで圧の強いオミオツケさん。
つっけんどんにしたながらもこちらに気を使うオミオツケさん。
ゲームとラノベが好きとバレてこっちが恥ずかしくなるくらい動揺するオミオツケさん。
みそ汁が飲めるように付き合うと告げた時に嬉しそうに笑うオミオツケさん。
そして初めてキスをした時の可愛らしく、輝いていたオミオツケさん。
医師と看護師が診察に来た時も、父親が仕事帰りにお見舞いに来た時も、仕事を休んで付き添ってくれている母親に具合について聞かれてる時も、ようやく点滴が外れて柔食を食べることを許された時も頭に浮かぶのはオミオツケさんのことばかり。
いい加減重いな、と自分自身で呆れながら母親に手を添えられながら震える手で離乳食のような薄いみそ汁を飲もうとした時だ。
ぼやけた頭が弾けた。
自分の手に添えられた母親の手が自分の手に、自分の手がオミオツケさんの手に変化して見えた。
レンレンの頭に過ったのはもう一週間以上も前、オミオツケさんに目隠しをしてみそ汁を飲む特訓をした時の映像。
みそ汁の器を持って動揺するオミオツケさん、暴れて鬼の形になろうとしているみそ汁、ダメだったか、と思いながらも励ますレンレン。
そのお陰で少しずつ落ち着いていった彼女は自分に言った。
飲ませて欲しい、と。
レンレンは、戸惑いながらも彼女の手に自分の手を添えて、口まで運ぶと、彼女はゆっくりと飲むことが出来たのだ。
その時は成功した喜びでそれ以上のことは考えられなかった。
しかし、病気で緩んでしまった頭が一つの仮説を立てた。
一緒に飲めばいいのではないか?
彼女の深層心理、つまり意識をみそ汁以外に向けされる、一緒に飲む相手のことに集中させれば飲めるのではないか?、と。
そしてその仮説は見事成功した。
レンレンに手を添えられて、レンレンのことに意識を向けた彼女は見事、みそ汁を飲むことが出来た。
出来たのだが……。
視線が痛い。
レンレンは、大きな身体を米粒のように小さく縮める。
十二時四十五分。
今までなら午後の授業に間に合うように食堂の片付け終え、厨房おばちゃん達に挨拶をしてから退出する時間だった。
しかし、現在は……。
「レンレン君、ちゃんと持ってよぉ」
オミオツケさんが上目遣いでレンレンを見る。
甘えた猫のようにキラキラと目を輝かせて。
「はっはい」
レンレンは、緊張に固まった身体をぎこちなく動かしながら返事する。
もう二人の席と言っても過言ではなくなった二人席。
レンレンとオミオツケさんは向かいあうように座りながらアツアツのみそ汁をお互いの手を重ねて持っていた。
まるで共同作業をするように。
オミオツケさんは、クールで知的な印象なんてどこかに忘れてきたかのように可愛らしく微笑み、レンレンは恥ずかしさに顔を俯かせる。
そんな二人を厨房のおばちゃん達は微笑ましく、男子生徒は妬ましく、女子生徒は羨ましく、スポーツ女子と文系女子は何とも言えないような微妙な視線で見ていた。
みそ汁を飲む方法を確立し、お互いの気持ちを結んで以降、オミオツケさんは毎日、レンレンが食堂の手伝いを終えた頃に現れて、みそ汁を催促するようになった。
最初は、驚いていたおばちゃん達だがレンレンとオミオツケさんの関係を察するや二人のためにみそ汁一杯分を毎回確保してくれるようになり、「ほら彼女と飲んできな」とコーヒーでも奢るように言ってレンレンを送り出す。
クールで知的で有名な生徒会副会長とレンレン定食の主が交際し、昼休みの終わりに食堂でウェディングケーキをカットするようにみそ汁を飲んでいると言う噂は瞬く間に学校中に広がり、毎日のように見物客が現れて羨望と嫉妬の混じった目で二人を見ていたが、気にしているのはレンレンだけでオミオツケさんはまるで気にした様子もない。
スポーツ女子と文系女子も最初は"恥ずかしいからやめな"とオミオツケさんを諌めていたが、最近では諦めて傍観者となってこちらを見守っているだけだ。
「あの……オミオツケさん……」
レンレンは、固い声でオミオツケさんに声を掛ける。
「なあに?レンレン君」
オミオツケさんは、レンレンに声をかけられて嬉しそうに微笑む。
こんなにデレているのにクラスや生徒会では今まで通りのクールで知的に過ごしているというから信じられない。
「そろそろここでみそ汁飲むのは止めませんか?」
レンレンが言うとオミオツケさんの顔に悲壮が浮かぶ。
「えっ?私のこと嫌い!?」
「いや……そうじゃなく……」
レンレンは、周りを見回す。
男子生徒の痛々しい視線と、女子生徒の恋愛漫画を読んでる時のような興奮した視線が突き刺さる。
「もう……妹さんと飲めるようになったんですよね?」
「うんっ今朝も飲んできたよ」
オミオツケさんは、嬉しそうに言う。
一緒に飲むと言う方法を確立して以降、オミオツケさんは妹に手を添えてもらいながら毎日みそ汁を飲んでいる。
妹は、オミオツケさんと飲めることがとても嬉しいようで「今日もお姉ちゃんにおみそ汁飲ませるのぉ」と笑っているらしい。
「なんかおままごとの人形になったみたいよ」
そう言ってはにかんで笑う。
「そうですか……それなら学校で飲まなくても……」
「それとこれとは話しが別!」
オミオツケさんは、ばっさりと斬るように言う。
レンレンは、思わずたじろぐ。
「レンレン君と飲めなかったら意味ないの!」
「……もう目的が変わってるじゃないですか……」
レンレンは、げんなりと言う。
会話の意味は分からないが二人のやり取りがあまりに真剣で可愛らしいので周りから鈴を鳴らすような笑い声が漏れてくる。
レンレンは、恥ずかしさに顔を真っ赤に染めるが、オミオツケさんは嬉しそうに微笑み、レンレンを見る。
「私をこんなにしたのはレンレン君なんだからね」
冷たかったオミオツケさんの目が柔らかく細まり、愛し気にレンレンを見る。
「ちゃんと責任取ってよね」
そう言って微笑むオミオツケさんはこの世の何よりも可愛いらしくレンレンに映った。
そんな顔をされたらレンレンが言えるのは一つしかない。
「はいっ」
レンレンは、和やかに微笑む。
二人の手が一緒に動き、お椀がゆっくりとオミオツケさんの唇にくっつく。
温かなみそ汁がオミオツケさんの口を通り、喉が小さく鳴る。
お椀が離れる。
「お味はどうですか?」
レンレンの質問にオミオツケさんは大きな微笑を浮かべる。
「美味しい」
みそ汁の甘い匂いと温もりが二人の周りを愛おしく包み込んだ。
了