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クールで知的なオミオツケさんはみそ汁が飲めない 第四話

 翌日、レンレンとオミオツケさんは、一日の授業を全て終えてから空っぽの食堂に集合することになった。
 本当は生徒二人だけで食堂を使うなんてもっての外なのだが教師陣から信頼の厚い二人は生徒会の協力でレンレン定食の新メニューを開発すると言う名目を作り、それを告げるとあっさり信じられ、放課後の使用を許可された。
 食堂に入るとレンレンは、予めコンビニで購入したインスタントみそ汁を五つ用意する。
 アサリ。
 ナメコ。
 油揚げ。
 豆腐。
 そして根菜。
 用意されたみそ汁を見てオミオツケさんの表情に緊張が走る。
「まずはみそ汁の法則を掴みましょう」
 どんなみそ汁でも現象は起きるのか?
 鍵となる条件はあるのか?
 種類によって反応の差はあるのか?
 そして差異があった場合、その原因は何なのか?
 それを追求すべくレンレンは五つのみそ汁の味噌と具を器に入れ、お湯を注いだ。
 その間、オミオツケさんは食堂の隅に座って、レンレンが用意してくれた特製ハーブティーを飲んでいた。
 とても良い香りで緊張した心が少しだけ解れていく。
 レンレンは、種類によってこんなにもみそ汁の香りが違うのだと驚きながらも冷めたかどうかを丁寧に確認していく。
 そして全てのみそ汁が冷めたことを確認するとオミオツケさんを呼んだ。
「ハーブティーありがとう」
 こちらに寄ってきたオミオツケさんが恥ずかしそうに冷めた目を反らし言う。
「良い香りだし、美味しかった」
「喜んでもらえて何よりです」
 レンレンは、和やかな笑みを浮かべて言う。
「オーガニックの茶葉をブレンドして作ったんです。アレルギーの人でも飲めるように」
 その言葉にオミオツケさんは冷めた目を丸める。
「作ったの?」
「混ぜただけです。結構、面白いですよ」
 そう言って何事でもないように笑う。
 オミオツケさんは、レンレンの見かけからは考えられないきめ細かい女子力の高さに驚きを隠せなかった。
「それよりもこれを着て下さい」
 そう言ってレンレンは厚手のビニールのレインコートを渡す。
「制服が汚れないように」
 レンレンは、和かに微笑み、明らかにLLサイズのレンコートを自らも羽織る。
 オミオツケさんは、丁寧に畳まれたレインコートをじっと見る。
「どうしました?」
「いや……なんて言うか……」
 オミオツケさんは、小さく左の頬を掻く。
「レンレン君のお嫁さんになる人はきっと幸せなんだろうなぁと思って……」
 オミオツケさんは、何気なく言う。
 しかし、レンレンはその言葉にズキンッと心臓を叩かれて頬を真っ赤に染める。
「あっう……あっとじゃあやりましょうか……」
 レンレンは、ドギマギした心を押さえながら言う。
 オミオツケさんは、頷いてレインコートを着ると緊張した面持ちでみそ汁と向かい合う。
 結果として全てのみそ汁に反応があった。
 アサリのみそ汁は、汁がマリーゴールドのような大輪の形になり、アサリが2枚の殻を羽にして蝶々のようにその周りを飛んだ。
 ナメコのみそ汁は、汁もナメコも回転しながら大きなきのこの形となり、テーブルの上をジャンプしながら弾け散った。
 油揚げは、汁が犬の形になり、油揚げが耳や鼻、尻尾になり、レンレンとオミオツケさんに楽しそうに愛想振り撒きながら駆けずり回り、飛び散った。
 豆腐は、汁の中から飛び出して、磁石のようにくっつき、ブロックのように重なって壁のようになったかと思うと汁の固まりがその上から落ちて、全てを崩した。
 最後に根菜は、汁が背の低い少女の姿に変貌し、銀杏切りされた大根と人参が汁の身体に張り付いて鎧となり、牛蒡が重なって大きな鉈の形となる。
 みそ汁の少女は、リズミカルに大鉈を振り回しながら縦横無尽に飛び跳ね、自らが飛び出した器に牛蒡の大鉈を叩きつけ、そのまま弾けて、飛び散った。
 レンレンは、あまりに現実離れし過ぎた光景に目を大きく開いたままポカンっと口を開ける。
 オミオツケさんも結果は分かっていたものの、あまりにも露骨で非現実的な現象に身体と心が重くなる。
 こんなの解決できっこないと改めて思い知らされた気がした。
 オミオツケさんは、恐る恐る隣に立つレンレンを見る。
 レンレンは、呆然とみそ汁まみれになったテーブルを見ていた。
 オミオツケさんは、申し訳なさすぎて謝ろうとする。
「ごめんねレンレ……」
「なるほど」
 レンレンの発した言葉にオミオツケさんは目を丸くして驚く。
 ひょっとして……。
「何か……分かったの?」
 自分には世界中の難問が巨大な壁となってよし寄せてくるようにしか感じないのに、彼は解けたと言うのか?
「分かったと言うわけはないですが……」
 レンレンは、恥ずかしそうに頭を掻く。
「何となく傾向は掴めました」
 その言葉にオミオツケの心臓が破裂する勢いで高鳴る。
「傾向……それって……」
 オミオツケさんの声が震える。
「その前に何ですけど……」
 レンレンは、オミオツケさんの目を見る。
「オミオツケさんって……ゲーム好きですか?後、ラノベも」
 レンレンの質問にオミオツケさんの顔がぼんっと真っ赤になる。
「なっなっなっ……!」
 オミオツケさんは、動揺し、心の中で叫ぶ。
 何で分かったのぉ⁉︎
 クールで知的なオミオツケさん。
 実は小学生の頃から大のゲーム好きのラノベ好き。
 特に異世界ファンタジーやパズル、アバターを使ったソーシャルコミュニティゲームには目がなかった。
 アニメだって雑食に見る。
 しかし、周りが勝手に付けたクールで知的な印象が走って友達にもゲームとラノベが大好きと公表出来ないままプライドだけが先に行き、いつの間にか隠れオタクとなってコソコソやっていたのだが……。
「最初のアサリ……」
 レンレンは、みそ汁まみれになったテーブルからアサリを摘み上げる。
「これはスマホの無料ゲームにある青虫育成ゲームのエンディングですよね。しっかりと育った蝶が仲間と一緒に大きな花の蜜を吸うハッピーエンド」
 レンレンに言われて、「あっ」とオミオツケさんは口を開く。
 確かに一週間くらい前に購入してプレイした。
 簡単だし、あまり面白くなかったけどエンディングが綺麗だったので覚えている。
「ナメコは、多分キノコを食べて大きくなるあのゲームで油揚げは"集まれワンコの森"、豆腐はあのパズルゲームでしょ。今、思うと一番最初に見た魚もゲームセンターとかにある釣りゲームによく登場する幻の魚ですよね。なんか見たことあるな、って思ったんですよ」
 レンレンは、次々に現象の正体を言い当て、その度にオミオツケさんの脳裏にゲームのシーンが浮かんで現象と重なっていく。
「最後の根菜はゲームじゃなくて"エガオが笑う時"の主人公、エガオのバトルシーンですよね?最近流行りのラノベの。俺もあの小説好きで読んでま……」
 レンレンは、言いかけた言葉を飲み込む。
 オミオツケさんのクールで知的な顔が苺のような真っ赤になり、冷めた目に溜まった涙が今にもこぼれ落ちそうになっている。
 その表情はまるで目の前で全裸を見られたように羞恥に歪んでいた。
「オミオツケさん……?」
 レンレンは、恐る恐る声をかける。
「もう……」
 オミオツケさんは、ぽそっと言葉を出す。
「もう……お嫁にいけない」
「いや……そんな大袈裟な……」
 レンレンが少し引き気味に言うとオミオツケさんは、赤くなった冷めた目でキッと睨まれる。
「……どう言うことかちゃんと説明して」
「……はっはいっ」
 レンレンは、怯えた子犬のように何度も首を縦に振ってみそ汁の散らばったテーブルを見る。
「俺は、心理学者とかじゃないんで上手くは言えないんですが恐らくこの現象にはオミオツケさんの深層心理が大きく直結してると思います」
「深層心理?」
 オミオツケさんは、首を傾げる。
「無意識下ってやつですね。どんな原理なのかはまるで分かりませんけど、この現象にはオミオツケさんの心が深く影響してるんです。だから深層心理の奥に眠っているオミオツケさんの好きなもの形に変化する」
 レンレンの説明にオミオツケさんは、赤くなった目を丸くするも、すぐに疑わしく細まる。
「でも、赤ちゃんの頃から起きてるのよ?赤ちゃんの頃はゲームもしてなければラノベも読んでないわ」
 オミオツケさんの当然とも言える質問、しかしレンレンは笑顔で答える。
「恐らくですけど、きっと赤ちゃんだったオミオツケさんが見て嬉しかったものが形になったんじゃないですかね?花火とか、猫とか」
 あっ……。
 オミオツケさんは、思わず声を上げる。
 確かに昔のアルバムを見た時、父と母と近所の花火大会に連れて行ってもらった写真や母の実家の白猫と遊んだ写真があったことを思い出す。
「それじゃあ……」
 オミオツケさんは、身体を震わせ、両手で口元を覆う。
「私の心次第でこの現象は静まる……ってこと?」
「んっ……それは何とも言えないですけど……」
 レンレンは、困ったように髪を掻く。
「少し……ほんの少しですが解決の糸口になるかもですね」
 レンレンの言葉にオミオツケさんは息を呑む。
 ずっと先の見えなかった暗い砂利道を素足で歩いているよう心境だった。
 いくら歩いてもゴールなんて見えやしない苦行。
 藁にもすがる思いでレンレンに頼ったが心のどこかで無理だろうと思い、打ち明けたことを後悔もした。
 しかし、そんなら絶望の道にほんのりと光が差した。まだ、地面の砂利も見えはしないが光りが差したのだ。
 オミオツケさんの冷めた目からうっすらと涙が流れる。
 その涙に気づき、レンレンは驚く。
「……ありがとう」
 オミオツケさんは、涙まじりの声で感謝を口にする。
「ありがとう……レンレン君」
 その言葉にレンレンは、小さく笑みを浮かべる。
「頑張りましょう。オミオツケさん」
 レンレンが微笑むとオミオツケさんも涙で顔を汚して微笑む。
「うんっ頑張ろう!」
 オミオツケさんは、大きく頷く。
「次は何をすればいいの?」
 どんなことでもする!
 何でもする!
 オミオツケさんは、勢い込んで言う。
「そうですね……」
 レンレンは、顎を擦る。
「次は……」

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