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希望のハコ 最愛の娘になった最愛の君へ 第十二話

「パパァ!」
 ダリア婦人の屋敷に戻り、インターフォンを押した瞬間、扉が破裂するように開いてハコが飛び出してきた。
「パパァ!」
 ハコは、星屑が舞い散るような輝く笑顔でカギの胸に飛び込み、ぎゅうっと抱きしめる。
「ハ……ハコォ?」
 カギは、目を大きく見開いて胸に飛び込んできたハコを見下ろす。
 ハコは、顔を上げて大きな目を輝かせてカギを見る。
「パパァ!ハコ勉強頑張ったよ!」
 鼻を大きく広げて興奮気味にカギに話す。
 魔法少女が初めて敵を倒したのをテレビで見た時のような興奮した表情で話してくるハコを見てカギは口元を綻ばせて優しく彼女の頭を撫でる。
「そうか……えらいぞ」
 カギが優しい笑みを浮かべて髪を撫でる時ハコは気持ちよさそうに目を細める。
 まるで猫ね、とゆかりはクスリと笑って見ていると「ママァ」とカンナも扉から出てきてゆかりに抱きついてくる。
「ママァ!お勉強たくさんしたよぉ!」
 カンナも可愛らしい笑顔を浮かべてぎゅっと抱きしめて報告してくる。
「おうっよく頑張った」
 ゆかりは、カンナの髪をガシガシ擦って褒める。
「二人ともとても良く頑張ってましたよ」
 ダリア夫人が穏やかな笑みを浮かべて言う。
「二人ともとても頭が良くて教えたこと直ぐに覚えていったわ」
 そう言ってダリア婦人が小さく拍手するとハコもカンナも申し合わせたように自慢げに胸を張る。
「パパ知ってる?」
「んっ?」
「三+二=五なんだよ」
「おーっそうか!」
 カギは、大袈裟に驚き、ハコは、自慢げ鼻を膨らませる。
 それを見たカンナはむっと頬を膨らませてゆかりを見る。
 ゆかりは、おっ対抗する気だな、と笑みを堪える。
「知ってる?三+五=八なんだよ」
 ハコよりも大きな数の計算をして自慢げに胸を反らす。
「マジでかぁ。凄いなあカンナは」
 ゆかりが嬉しそうに笑う。
 それを見ていたハコが頬を膨らませてカンナよりも大きな数字の足し算を口にし、大いに間違えた。
 そんなよう様子をカギも、ゆかりも、ダリア婦人も楽しげに見ていた。
 四人は、ダリア婦人に別れを告げて帰路に着く。
 ゆかりに「夕飯食べてく?」とは誘われるがそう何度もご馳走になる訳にはいかないし、さすがにハコも初めてのことで疲れてるだろうからと遠慮すると、三人から恨み辛みの視線を針のように突き刺さる。
 二人の視線攻撃を交わし、嫌がるハコを引っ張って車に乗る。ハコはむすっと助手席に座っていたが、自宅に着き、愛猫達の歓待を受け、動画配信サービスの魔法少女シリーズを桜でんぶご飯と一緒に食べたらすっかり機嫌が直った。その後、もっとテレビ見るのぉ!と駄々を捏ねるハコを風呂に入れ、寝巻きに着替えさせ、歯磨きをさせて布団に入るといつもなら布団の中で芋虫のように蠢きながら一時間掛けて眠るのに今日は五分もしないで眠ってしまった。
 やっぱり疲れてたんだな、とカギは、苦笑し、タオルケットを掛け直し、肩を優しくポンポンッと叩き、髪を撫でる。
 そして……。
 カギは、ハコの唇を見る。
 カギの記憶にあるハコよりも少し厚く、柔らかく、形の整った大人の・・・の唇を。
 カギは、唾を飲み込み、ハコの唇にそっと触れる。
 柔らかい。
 あまりに柔らかい。
 指先を通して、心臓を突き抜け、下腹部の下が熱く、固くなるのを感じる。
 カギは、ハコの滑らかな頬に触れる。
 常夜灯に照らされ、卵のように滑らかに、陶器のように輝く白い肌にさらに下腹部の下に熱が灯る。
 カギは、顔をゆっくりと下ろす。
 眠るハコの無防備な唇に自分の欲を剥き出した唇を重ねようとする。
 常夜灯が迫るカギとハコの唇の輪郭を妖しく映す。
 ……そこまでだった。
 それ以上、カギは何もしなかった。
 お互いの唇が触れたのすら分からないままにカギは留まり、顔を上げる。
 常夜灯の灯りが赤く、そして苦しげに歪むカギの顔を映す。
 カギは、自分の下腹部を鎮めるように何度も何度も殴りつける。
 そして息荒く立ち上がるとハコを起こさないようそっと部屋を出るとその足で台所に向かい、冷蔵庫からゆかりの旦那に持たされて、ずっと眠らせたままだったビール缶を抜き取り、引きちぎるように栓を開けて一気に飲み干す。
 口腔内を叩きつけるような刺激と染み込むような苦味、その後に湧き上がってくる弱々しい酒気に微かに下腹部に溜まった熱と欲が静まっていくのを感じる。
 しかし、劣情が静まった後に湧いてきたのは安らぎではなく押しつぶされそうな嫌悪感と後悔だった。
 また、やっちまった……。
 カギは、冷蔵庫に頭を叩きつける。
 それも今回はかなりタチが悪すぎる。
 眠るハコに欲情して妄想して吐き出すのではなく、実際に触れてしまうところだった。
 ハコと住むようになって三年、可愛らしい無垢な少女の心に大人の女としての蜜を醸し出す彼女に何度も惑わされるそうになった。
 その度にカギは心の中で経のように唱える。

"彼女に手を出すな"
"あいつらのような獣になるな"
"俺は彼女を守る"
"ハコは……俺の大切な娘……"

 それなのに……。
 カーマ教の残党どもの哀れな姿を見て、自分達に、ハコに手を出してくることはないと安心して心のタガが緩んでしまった。
 これでは危険な対象がカーマ教から自分に移っただけではないか!
 カギは、自分を殴るようにビールを煽る。
 外から花火が弾けるような低い音が聞こえる。
 しかし、こんな時間と季節に花火が打ち上がるわけがない。
「雷?」
 カギは、ビール缶を持ったまま縁側に向かい、カーテンを小さく開く。
 黒く重い雲に覆われた空の向こうで小さな稲光が輝き、遅れて雷鳴が轟く。
 雨が激しく降り出し、ガラス窓を庭を打ち付ける。
 カギは、音を立てないように窓を開き、縁側に腰を落とす。
 血走るように雷光を走らせ、涙のように雨を降らせる空を見上げ、ビールを一口含む。
 水気を帯びた夜気が身体を冷やし、ようやく気持ちが少しだけ落ち着く。
「そういえば……」
 あの時もこんな雨だったな……。
 カギの脳裏に一つの記憶が蘇る。

#恋愛小説部門
#最愛
#娘

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