明〜ジャノメ姫と金色の黒狼〜第9話 汚泥(7)
青い壁が艶かしく蠢き、空を舞うウグイスに激突する。
ウグイスの周りを囲う風の壁が身体への激突こそ防ぐがその力と衝撃は凄まじく、ウグイスの身体は簡単に吹き飛ばされてしまう。
ウグイスは、旋風に舞い上げられたこの場のように回転するも、黄緑色の翼を大きく広げて体制を整えるも、その背後から赤い壁がのたうちながらぶつかって、さらに吹き飛ばされてしまう。
「もう・・・っ」
吹き飛ばされながらウグイスは怒りに顔を歪め歯噛みする。
「あんた達邪魔!」
ウグイスは、大声で叫び、翼を羽ばたかせ上空に、2匹の竜魚の荒れ狂う真下へと飛ぶ。
ウグイスよりもはるかに遥かに大きな山のような巨体で暴れる竜魚の真下で停滞するなどは自殺行為以外の何者でもない。
しかし、ウグイスは、ここに止まらなければならなかった。
(アケ・・・アケ・・・)
ウグイスは、黄緑色の瞳を激しく動かして大地を見る。
闇雲に動き回っても森の中を歩き慣れ、裏道すら熟知しているアケを見つけられる訳がない。
それなら遥か上空に舞い上がり、神の視点のように見下ろしてその姿を探すしかない。
アケの蛇の目ほどではないがハーピー の視力も高く、どんな遠くの得物も針で刺すように見つけることが出来る。事実、兄のカワセミと旅をしていた時もこの方法で食糧となる獲物を捕まえた。
この方法なら例えアケがどんなに複雑に森の中を逃げても見つけられるはず。
通常なら。
2匹の竜魚は、高い笛のような声を空中に響かせ、互いの身体を絡ませる。その度に大気が震え、突風が舞い上がり、その巨体がウグイスの身体を叩き、打ちのめす。
カワセミの風の鎧がなかったらウグイスの身体は既に擦り切れた雑巾のようになっていただろう。
兄の一流とも言うべき風の魔法に感謝しながらウグイスは大地に目を凝らす。
本来なら例え巨大で巨体な竜魚でもウグイスの機動力ならぶつかる前に避けることなど造作もない。
しかし、そんな僅かな隙の時間すらウグイスはもどかしい。
今のウグイスの心を占めるのは焦燥と自分が放ってしまった心ない言葉と思い上がりだった。
『でも、このままじゃいつか王に嫌われちゃう』
『もうやらなくていいよ』
『きっと王も分かってくれるよ』
なんて無責任な言葉なのだろう。
不安に襲われ、苦しんでいるアケにとってはただの拷問だ。
(それなのに私は・・・)
『よし、遊びは終わり』
『ちょっとがっかりだな』
『王の次にアケの事を分かってるのは私だ』
『私は、アケの友達なんだ』
そう思い上がった結果・・・。
『ウグイスの嘘つき』
『もうウグイスの言うことなんて信じない』
『ウグイスのこと・・・友達だと思ってたのに』
悲しみと絶望に包まれたアケの顔。
その顔を作ってしまったのは・・・。
(私だ!)
ウグイスは、今日ほど自分の軽率さ、浅慮さを恨んだことはなかった。
アケは、今、この瞬間も苦しんでる。
早く見つけて・・見つけて・・。
(見つけてどうしたらいい?)
アケからの信頼を失った自分に何が出来る?
アケに何と言ったらいい?
アケに・・・アケに・・・。
左右から衝撃が走る。
青と赤の壁がウグイスを挟み込む。
竜魚の絡みの間に挟まれたのだ。
2つの身体が擦れ合いながらウグイスの身体を意図せずに引き裂こうとする。
ウグイスは、全身の骨が軋み、悲鳴を上げるのが聞こえた。
風の鎧が無ければ非力なハーピーの骨など粉々にされていた。
皮膚が破れ、赤い血が流れ出る。
ウグイスは、口から溢れる血を飲み込み、奥歯を噛み締める。そして両の手を広げ、水色の魔法陣を展開する。
空気中の水分が集結し、現れたのは濡れるような水色の刃を持った片刃の二振りの長剣であった。
ウグイスは、黄緑色の瞳に怒りが灯る。
「邪魔するなって言ってるでしょう!」
ウグイスは、青との壁に挟まれた身体を無理やり捻り、長剣を振り回す。
青と赤の壁に亀裂のような裂傷が走り、鱗が落ち、赤い血が迸る。
笛のような悲鳴が空に響き渡る。
青と赤の壁が悶え、緩む。
ウグイスは、その隙に脱出する。
風の鎧の壊れる音が耳を劈く。
浮遊力を失ったウグイスの身体はそのまま下へ下へと落下する。
ウグイスは、水の双剣を手放し、翼を広げて体制を立て直そうとした、その時である。
眼前に広がる大きな森。そこを抜けた先にある絶壁に僅かばかりに広がる平原に小さな影が見えた。
茜色の着物、線の細い、しなやかな体つき、流れるような黒髪、そして滑らかな綺麗な顔立ちに額の蛇の目・・。
「アケ!」
見つけた!
ウグイスは、大きく翼を羽ばたかせ、アケに向かって飛んでいく。
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