聖母さんの隣の高橋くんは自分の心臓とお話ししてます 第三話
冷たい光を放つスマホの画面。
そこに映る鮮やかな長い金髪を右側にポニーテールのように流した深海より濃いサファイアの目をした美少女。
「イェーイ。今日も始まりましたネクラマンサーのドキドキ世直し珍道中〜」
美少女は、キメ顔で目元に袖口の垂れ下がった右手をピースでもするように翳す。
スマホの時刻は十九時を指していた。
「本日も提供はネクラマンサー実行委員会、協賛はRAW財団でお送りしまーす」
一昔前のギャルのような口調で美少女は楽しそうに言いながら身体をゆっくりと回してスマホで撮影する。
スマートフォンの画面が映したのは微かな街灯だけが届く繁華街の裏路地。エアコンや下水、ガスなどの多様な用途で使われるパイプが網目のように壁に張り付き、ゴミと排泄物の臭いが漂う陰湿な場所。
そんな場所に新たな臭いと色、そして声が足される。
「ギャァダァ」
汚い悲鳴と共に赤い血が花弁のように飛び散る。
固く、汚れた暗闇に覆われたアスファルトに叩きつけられる中年の太った男。
醜く弛んだ顔は血に塗れ、だらし無く着たスーツは振り切れた雑巾のように破れ、左腕と右足が千切れかけていた。
「や……やめてくれ……!」
男は、残った右腕を伸ばして懇願する。
男の手を伸ばした先にいるのは黒く、背の高い人影。
街灯が弱くて姿はほとんど見えない。
しかし、気怠そうに見下ろす目だけははっきりと見えた。
「お……俺が何したってんだ⁉︎」
男は、必死に叫ぶ。
「俺は、被害者だ!こんな薄汚い場所に無理やり連れ込まれて、地べた這いずりながら生きる為に食糧を掻っ攫ってただけだ!それの何が悪い!」
男は、唾を飛ばしながら必死に叫ぶ。
その姿にスマホで撮影していた美少女は「きっしょ」と舌を出す。
スマホ画面には……。
"気持ち悪い""
"醜いwww"
"早くやっちゃえ"ゴミ退治〜"
と言葉が飛び交う。
「お前は……お前たちはなんでそんな酷いことが出来るんだ!来たくもないこんな所に連れてこられて、懸命に生きてるだけの俺たちをなんで……なんで……!」
しかし、男は次の言葉を続けることが出来なかった。
「えっ?」
男の目が点になる。
伸ばした右腕が消えていた。
何が起きたか分からない男。
しかし、次の瞬間に襲いかかる激痛と夥しい出血に嫌でも理解する。
自分は右腕を失ったのだ、と。
影は相変わらず気怠そうな目で男を見下ろす。
その足先は……血で汚れていた。
「うがあああっ!うがあああっ!」
男は、悲鳴を上げて地面をのたうち回る。
影は、感情の一つも動かさずに痛みにのたまう男を見下し、美少女は面白そうに撮影する。
「イェーイ。皆様見てます?見えましたか?ネクラマンサーの鉄骨キック!蹴り飛ばした右腕は壁にぶつかって轢かれた鳩さんみたいになってまーす」
そう言って美少女は、壁に張り付き、肉を剥き出し、壁を骨に突き刺した右腕を映す。
「こんなの見たら今日はフライドチキンが食べたくなっちゃいますね!」
そう言ってテヘッと笑う。
"分かりすぎる〜w"
"俺は羊肉かな〜"
"腕ドッピューン!"
"早くヤレ早くヤレ!"
スマホ画面に言葉が何重も飛び交う。
「ねえ、帰りペンタ寄ってかない?確か新作のピース出てたよね?マスチキンでもいいけど?」
美少女は、影に向かって呼びかける。しかし、影は気怠い目を向けるだけで何も答えなかった。
美少女は、つまらないと言わんばかりに頬を膨らませる。
影は、地面に宣う男をじっと見つめる。
男は、歯軋りをしながら怒りと恨みのこもった目で影を睨む。
「何故……こんなことが出来るのか……って聞いたよね?」
影は、侮蔑するように男を見下ろす。
男は、口の端に泡を吹きながら影を睨む。
「それはお前達が……」
男の目が白く反転する。
口が大きく開き、顎の骨が砕ける音が響く。
口蓋から赤黒いものが飛び出し、影の頭を狙う。
影は首を横に反らして直撃を避ける。が、右肩に触れ、衣服が千切れ、肉がこそげ、血が溢れる。
しかし、影は動揺どころか表情一つ変えず、右腕を曲げて、肩を抉ったものを握りしめる。
それはぬめっとヤスリのようにざらついた肉感の固い長い物……蛙のように伸びた男の舌だった。
「RAW-475"義賊の人喰いガエル"」
美少女は、背筋を震わせながら笑う。
「ちょーキモい」
影は、気怠げな目で舌を見つめ握りしめる。
刹那。
握りしめられた部分から先端まで膨らみ、柘榴のように破裂し、影の身体を赤く濡らす。
男の砕けた顎から声にならない悲鳴が上げ、熱にさらされた烏賊の足のようにのたうち回る。
影は、気怠げな目で蔑むように男を見る。
「……それはお前達が……」
影の口が三日月のように歪む。
血に塗れた右脚が大きく、真っ直ぐ振り上げられる。
「ただの害悪だからだ」
影は、左手で胸を握る。
「血液を足先に集中。燃やせ」
[了解しました]
空気が熱くなる。
振り上げられた足から陽炎が立ち昇る。
刹那。
影の足が消え去り、陶器が割れるような音が響く。
男の頭が消え去り、血と肉、そして白い石のような物が地面に散らばり、弱い街灯に照らされる。
首を失った男の身体が陸に上がった魚のように一瞬飛び跳ね、そのまま動かなくなった。
右足から陽炎が消え、空気から熱が失せ、笑みが消える。
肩口から血が溢れ、地面に滴る。
[敵の駆逐を確認。血管を収縮。血液を凝固します]
血が止まり、赤い瘡蓋のような物が肩に覆い被さる。
影は、左手を外す。
「……害悪駆逐完了」
影は、ボソリと呟き、振り返ると強い発光が照らす。
「イェーイ!ミッションコンプリート!」
美少女は、声を上げて瘡蓋に覆われた影の肩に袖口に覆われた手を置いて頬がくっつくくらい寄せ合うとスマホを高く掲げる。
「配達完了でーす!ブイ!」
美少女……まくらは袖口の隠れた左手でピースするように掲げる。
"コンプリート!"
"いいもん見れたー!"
"ハラショー!"
"最高のエンターテイメント!"
言葉が飛び交い、何万、何十万、何百万と投げ銭が投げられる。
「おい、まくら……」
「せっかく終わったんだからお前も笑えよ」
まくらは、スマホの灯りに照らされた真っ赤な唇を釣り上げる。
「かっしー」
スマホの灯りに照らされ、その画面に映し出されたのは全身を返り血で赤く染めた気怠げな目をした少年、高橋であった。
高橋は、まくらの手を弾く。しかし、まくらは、にやっと笑って再び肩に手を置くと袖口に隠れた指で瘡蓋を強く握りしめる。
肩から果汁のように血が吹き出すも高橋は表情一つ変えずにまくらを睨みつける。
まくらは、赤い唇を高橋の耳に近づけ、小さく囁く。
「財団が喜んでるんだ。もう少し愛想良くしろや童貞」
まくらの深海よりも濃いサファイアの目で睨みつけ、画面に映らないように耳の穴を舌の先で舐める。
高橋は、何も言わずにじっとまくらを不快げに見返す。
まくらは、気にもせずにスマホの画面に向かってにやっと笑う。
「それでは次回のネクラマンサーの活躍を乞うご期待くださーい。提供ネクラマンサー実行委員会、協力RAW財団でしたー!バーイン」
そう言ってまくらはスマホのスイッチを切り、たくさんのアイコンが浮かんだ場面が表示される。
「ご苦労さん」
まくらは、高橋の肩から手を離し、血塗れの袖口を旗のように振る。
「財団のジジイ共も大喜びだったぜ」
そう言ってニヤッと笑う。
高橋は、何も答えずにまくらを一瞥する。
「その死体はいつも通り燃えるゴミで出しとくよ。着替えはそこに置いてあるバッグに入ってる」
まくらは、濡れた袖口で壁に立てかけたスクールバッグを指差す。
「私の着替えと生理ナプキンも入ってるから間違えないでね♡」
そう言ってクスクス笑う。
高橋は、スクールバッグに近寄り、ファスナーを開けると中から黒いシャツとタオルを取り出す。
「ほら、さっさと着替えてペンタ行こうよー今日は5ピースは食べれそう。ミディアムレアってやってくれるかな?」
まくらは、可愛らしく舌舐めずりする。
「今日は特別にデザートにアイス食べていいから。今だと小豆とか芋味とかかな……ってどこ行くの?」
いつの間にか着替えた高橋は血塗れのシャツとタオルを綺麗に畳んで男の死体の横に置くとそのまま立ち去ろうとしていた。
「ちょっとご飯は⁉︎」
「家で食う」
高橋は振り返らずに言う。
「あと録り溜めたアニメ見る」
そう言って右手を軽く振って闇の中に消える。
まくらは、深海よりも濃いサファイアの目でじっと消えた高橋の背中を追い、ふうっと息を吐いた。
「まったく……」
まくらは、両腕を自分の身体に回して腰をクネクネ動かす。
「私の誘いを断るなんてほんとーうにイケズなんだからん」
まくらは、ニヤッと笑い、高橋の消えた空間に投げキッスをする。
スマホが震える。
まくらは、スマホの画面を見る。
そこには一行だけの表示が出ていた。
指令、と。
そして次に表示された画像を見て……妖しく笑う。
「今度のはちと厄介だぞぉ」
まくらは、そう言ってせせら笑う。
「また、正義の鉄槌アンパン大量注文だ」
まくらは、楽しそうに肩を揺らして笑った。
血の臭いが裏路地をくゆりながら漂った。
裏路地から出ると高橋はズボンの尻ポケットにしまった黒縁眼鏡を出して顔に掛ける。
「ポケットに眼鏡をしまうのはやめろ?」
高橋は、左胸に手を当てて空に向かって話す。
「壊れるかもしれないから?そんな馬鹿なミスはしないよ?えっこの前、イタでれに興奮しすぎてスマホをコップの中に落とした上に倒して踏んづけて画面を割っただろうって?あれはようやくヒロインが無駄にデレるのやめて主人公に告白しようとしてたんだ。興奮もするだろう?」
高橋は、宗に手を当ててブツブツいいながら街中を歩く。
その様子を歩く人たちが奇異な目で遠巻きに見ている。
しかし、高橋は気にすることもなく、自分の世界に入って愛との会話を続ける。
「今日のご飯はなんだろうな?えっ鯖の味噌煮?そんなこと言ってたか?いや、聞いてたよ。別にアニメの余韻に浸ってたわけじゃ……でも、魚かあ。今日は肉の気分だったんだけど……だったらペンタ行けば良かった?あいつと言ったら面倒だろう。それこそ俺が食われ……」
「高橋くんっ⁉︎」
突然、背後から聞こえてきた優しく、凛とした声に高橋は立ち止まって振り返る。
そこには銀色の自転車に黒いリュックを背負い、紺色のエプロンを付けたマリヤがいた。
「聖保さん……」
高橋は、驚きに目を丸くする。
「どうしてここに?」
「それはこっちの台詞よ」
マリヤは、じっと高橋の右肩を見る。
右肩からの部分が赤く染まり、黒いシャツの色を変えている。
「どうしたの?それ?」
「これは……」
高橋は、思わず口籠る。
マリヤは、ブラウンの目を細めて高橋の目をじっと見る。
「ちょっと付いてきて」
そう言うとマリヤは自転車を押しながら高橋の横を抜けて前に進む。
「早く!」
マリヤの強い声に高橋は目を丸くする。
「……どうしようか?愛?」
高橋は、少し困ったように呟いた。
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