見出し画像

明〜ジャノメ姫と金色の黒狼〜第8話 慈愛(5)

 その言葉にアケとウグイスの表情が青ざめ、固まる。
「先天的なものだ。誰が悪いわけでもない。それでも子が授かれないと言われた時は荒んだものだ。5柱の王達からも破壊神と揶揄されるほどに」
 その当時のことを思い出してか、青猿は、自虐的な笑みを浮かべる。
「そんな時にな。赤ん坊を拾ったんだ」
「赤ちゃん?」
 アケは、目を丸くする。
 青猿は、頷くと両手を持ち上げ、赤子を抱くような形をして作る。
「このくらいのな。コロコロしたちょっと触れたら淡雪のように崩れてしまうのではないかと思うような褐色の肌の可愛い男の子だった」
 その頃のことを思い出し、青猿は優しく笑う。
「あの当時は、戦争が頻発していたからな。邪魔になった親が捨てたんだろう」
 捨てる・・・。
 アケは、胸元に手を当ててぎゅっと握りしめる。
 それに気づいたウグイスが優しくアケの肩に手を置く。
「それで・・・その赤ちゃんをどうしたんですか?」
 アケは、恐る恐る尋ねる。
「育てた」
 青猿は、溜めることも戸惑うこともなくあっけらかんと告げる。
 アケは、蛇の目を丸くする。
「赤ん坊だぞ。1人で泣いてるんだぞ。育てるに決まってる。助けるに決まってる」
 青猿は、天井を見上げる。
 深緑の双眸が小さく揺れる。
「まあ、そうは言っても簡単なものではなかったけどな。ご飯をあげようにもお乳は出ないから近隣の村を回ってに同じ年の赤ん坊を育ててる母親に金を渡して分けてもらったり、おしめの代わりに葉っぱを当てたり、気温や気候で体調を壊すから家を作って薬草を育てて、成長に合わせて果物や野菜も作った」
 青猿の表情が柔らかくなる。
「とても可愛くてな。お母さん、お母さんとよく私の後をついてきていたよ」
 青猿は、嬉しそうに話す。
 その表情があまりにも輝いているのでアケもウグイスも思わず笑ってしまう。
「可愛いだけでなくとても利発な子でね。私が教えたことをすぐに覚えて糧にした。私が必要最低限なことしか手を貸せないのを知ってるから生きていくために必要な知識を得て、身体を鍛え、そして仲間を作った。同じような境遇の子どもを集めて小さな村を作ったんだ」
「村?」
 ウグイスは、首を傾げる。
「そう村。小さな小さな村。でもあの子達にとっては幸せを形にした理想郷。開墾し、家を建て、畑を耕し、牛や豚を育ててその日生きる糧を拵えた。そしてあの子が連れてきた子供たちはみんなして私のことをお母さんと呼んで慕ってくれた」
 青猿の脳裏にその時の情景が蘇る。
 自分を慕ってくれるたくさんの子供たちの姿が。
「そして時間が経過し、あの子は結婚した」
「結婚⁉︎」
 アケは、蛇の目と口を丸くする。
「私とじゃないよ。息子と村の娘さ」
 青猿は、ふふっと笑う。
「あの子が結婚した時は泣いたなあ。恐らく生きていて1番泣いた。嬉しくて泣けるって言うのを初めて知った。そしてあの子が自分の子どもを作って見せてくれた時はもっと泣いた」
 じゃあ、1番じゃないじゃないっとウグイスは突っ込もうとしたが場の空気を読み、口には出さなかった。
「幸せだった。とてと幸せだったよ。でも・・・」
 青猿の表情が翳る。
「突然、幸せは崩れ去った」
 それは青猿が所用で村を離れていた時に起きた。
 ある程度の用事を済ませ、土産を持って村に戻ると火に焼かれ、無惨に崩れ去っていた。
 青猿は、何が起きたのか一瞬理解が出来なかった。
 生き残った子どもの1人に聞くと青猿がいない隙を付いて近隣の国が襲ってきて子どもたちを殺し、農作物や家畜を奪っていったと言う。
 青猿は、怒った。
 しかし、それよりも生き残った子どもたちを助けることが先だ。
 幸いにも死傷者は少なかった。
 大怪我は、負っているものの生きている。
 青猿は、見つける度に子どもたちを治療した。
 しかし・・・。
「あの子は殺されていた」
 村の長として懸命に戦い、そして散っていったと言う。
 青猿は、泣いた。悲しみの涙でら溺れそうになるくらいに泣いた。
 しかし、ずっと悲しんではいられなかった。
「あの子の妻と子どもは生きていた。妻は私にあの子の遺言を教えてくれた。「母さん、育ててくれてありがとう。大好きだよ」だそうだ」
 青猿は、お湯を顔に掛ける。
 顔が濡れて深緑の双眸から涙が流れているように見える。
 アケの蛇の目とウグイスの黄緑色の瞳から涙が流れる。
「復讐・・・」
 ウグイスは、ぼそりっと口を開く。
「村を滅ぼした国に復讐しようとは思わなかったのですか?」
 ウグイスの問いに青猿は、首を横に振る。
「その当時は5柱の王の掟も定まってなかったら復讐したとしても責められはしなかったろう。だけど私はそれよりもあの子の子どもを、私を慕ってくれる子ども達を守る方法を見出すことに力を費やした」
 青猿は、拳をぎゅっと握る。
「私は、生き残った子たちに知識を授けた。戦う方法を授けた。あの子程ではないけどみんな貪欲に力を付けて行った。そしてそれから10数年後、あの子の子どもが立派に成長し、村を国へと作り変えた。それが青猿の国さ」
 アケとウグイスは、あまりにも壮大な話しに言葉を出すことを忘れてしまった。
 1人の母親の思いが子どもたちを守り、育て、悲しみが強くし、1つの国を造り上げた。
「私にとって青猿の国の民はみんな大切な子どもだ。基本はあの子たちの主義主張を尊重し、口を出すことはしない。多少の小競り合いにも手は出さない。それは5柱の王みんなそうだ。しかし、もし子どもたちに真の危害が及ぶ時、命の危機に晒された時は必ず守る。助ける。それが・・・母親として出来る私の唯一のことだからな」
 アケは、蛇の目を大きく見開く。
 熱いお湯に浸かっているのに身体が小さく震える。
 青猿は、アケの方を見て優しく微笑む。
「幼妻がうちの子どもたちのことを心配してくれるのはとても嬉しい。感謝する。だからといって気負わなくていい。協力してくれるだけで私は・・・」
「違います!」
 アケは、大声を上げて青猿の言葉を遮る。
 突然のアケの声にウグイスは、驚き、青猿も目を剥く。
 アケは、震える手をぎゅっと握る。
「貴方の子ども達が心配なのは本当です。白蛇の国と戦争になるのが嫌なのも本当です」
「ああっその気持ちを疑ってなんていないぞ」
 青猿は、アケが何が言いたいのか分からず表情を引き攣らせる。
「だから感謝してると・・・」
「でも、それ以上に怖かったんです。貴方から子どもへの愛情が失せてしまうことが」

#長編小説
#ファンタジー小説
#ファンタジー
#子ども
#アケ
#青猿
#ウグイス
#お風呂
#慈愛

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?