クールで知的なオミオツケさんはみそ汁が飲めない 第十二話
映画が終わった後、二人は目を合わせることが出来なかった。
劇場から出た後も、映画館を出た後も、コラボカフェに向かって歩いてる最中も顔を上げることすら出来なかった。
二人を見た周りの人達はきっと親しい人を見送った葬儀の帰りに見えたことだろう。
オミオツケさんは、肩から下げたポシェットの紐をギュッと握る。
(なんであんなことしちゃったんだろう……)
オミオツケさんは、何度も自問自答するも答えはまるで見えない。
映画の雰囲気に飲まれたから?
急に手を握られたから。
それとも……。
オミオツケさんは、隣を歩くレンレンをチラリと見上げる。
レンレンは、自分のように俯いてはおらず、真っ直ぐに前を向いていた。しかし、いつも和やかな笑みを浮かべている顔はどこか固く、緊張した様子が伺えた。
オミオツケさんは、じっと彼の顔を見る。
(この人が……とてもカッコよく見えたから……?)
オミオツケさんの脳裏に浮かぶのは厨房でみそ汁作りをするレンレンの姿。自分のために懸命に考え、作業する彼の姿……。
その姿を見てオミオツケさんは思ってしまったのだ。
カッコいい、と。
(なんで……)
しかし、その答えは出ないままにレンレンは、足を止める。
オミオツケさんは、彼にぶつかりそうになるも寸前で止まる。
「……着きましたよ」
「えっ?」
レンレンの言葉にオミオツケさんは前を向いて、冷めた目を大きく見開き、輝かさせる。
エガオの笑う時の世界がそこにはあった。
白いドールハウスのように左右に割れるように開いた箱型のキッチンは小説に登場するカゲロウのお店、キッチン馬車だ。
いつの間にかフードコートのコラボカフェまで歩いてきていた。
オミオツケさんは、驚きつつもカフェの中を見回す。
キッチン馬車の前方にはカゲロウの相棒である六本脚の黒馬、スレイプニルのスーちゃんの等身大フィギュアが設置されている。テーブルも様々な色のパラソルを差した白い丸テーブルが置かれ、完全にキッチン馬車が再現されていた。
壁にはエガオを始めとした主要キャラクターのパネルが飾られ、本当に小説の世界に入り込んだような既視感を感じさせ、店員もホールを回る女の子達はエガオの鎧の形をしたエプロンをし、キッチンで働く人達はカゲロウの鳥の巣のような髪をした帽子を被っている。
オミオツケさんは、夢にまで見た、それ以上の光景に落ち込んでいたことも忘れて見惚れてしまった。
「まだ、席は結構空いてますね」
レンレンも興味深くカフェを見回す。
「何色の席に座ります?」
「ピンク!」
オミオツケさんは、迷わず答える。
ピンクのパラソルの席はエガオのお気に入りだ。
レンレンは、小さな笑みを浮かべるとピンクのパラソルの席に荷物を置く。
「それじゃあ注文しにいきましょう」
レンレンは、和やか笑みを浮かべて言う。
オミオツケさんは、彼が和やかな笑みを浮かべていることにホッとしつつも、再び頬を赤く染め、顔を俯かせて「うんっ」と頷く。
自分でもなんて忙しい性格だろう、と思う。
二人は、キッチン馬車に行き、カゲロウの格好をした店員に注文をする。
オミオツケさんは、特製フレンチトーストとアップルティー。
レンレンは、アップルティーとナポリタン。
ナポリタンなんて小説には登場しないが全てを小説に忠実にする訳にはいかないし、よくメニューを見ると和食セットなんかもあった。
「おじいちゃん、おばあちゃんに連れられてくる子もいるからですね」
そう言ってレンレンは青いパラソルにいる祖父母に連れられた小学生の姉妹を見る。姉妹と祖母は、フレンチトーストを、祖父は和食セットを頼んでいた。
そこには当然……。
「みそ汁に当たらないようにしないと、ですね」
レンレンの言葉にオミオツケさんは慎重に頷く。
二人は、番号札を持ってテーブルへと戻る。
席に座るとオミオツケさんは、スマホでキッチン馬車やキャラクター達のパネル、そして店員達を写真に収めていく。
「……SNSに上げるんですか?」
レンレンは、少し上擦った声で質問する。
オミオツケさんも頬を赤らめて首を横に振る。
「そ……そう言うのに興味はないの。お家に帰ってから見返して楽しむだけ」
「そうなんですね……」
レンレンは、言葉固く頷く。
「良かったら俺、撮りますよ。エガオと二人で並んだら……」
「レンレン君……」
オミオツケさんは、冷めた目をきつく細める。
「私……そんな子どもじゃないわ」
その声は、久々に聞いたクールで知的なオミオツケさんの口調だった。
レンレンは、思わず表情を固まらせる。
「あっ……すいません……つい……」
レンレンは、小さな声で謝る。
その声にオミオツケさんも自分が無意識できつい口調で言っていたことに気づく。
「ごめんなさい……別に嫌とじゃなくて……」
オミオツケさんは、顔を伏せてスカートをギュッと握る。
「あまり……子ども扱いしないで欲しいな……と」
「いや……ごめんなさい……そう言うつもりではなく……その……」
レンレンは、何かを言おうとするも言葉がうまく紡げない。
レンレンのそんな姿を見てオミオツケさんは気づく。
レンレンも動揺してるのだ。
映画館の中での行為に。
だから、オミオツケさんがどう思ってるのか、何を感じてるのかを知りたくて手探りで言葉を選んでるのだ。
(私……馬鹿だ)
オミオツケさんは、スカートを握る手を強める。
しかし、そう分かっても何を言ったらいいのか、どんな態度をしたらいいのか、まるで分からなかった。
レンレンは、表情を固くし、オミオツケさんは怒られた犬のように顔を伏せたまま沈黙だけが流れた。
そんな重い空気を破るよう明るい声が飛んでくる。
「お待たせしましたぁ!」
エガオの格好をした店員が元気な声と笑顔で注文した
料理を運んでくる。
明るくてとても好感が持てる女の子で、年もエガオと同じくらいだろう。
しかし、オミオツケさんは少しむかっとした。
エガオは、もっと慎ましくて恥ずかしがり屋。そして育ってきた環境のせいで笑うことが出来ない。
コラボカフェならコンセプトを守って欲しいと思ったが店員はそんなこと気にせずに二人の前に料理を置く。
レンレンにはナポリタンとアップルティー。
オミオツケさんにはフレンチトーストとアップルティー、そして……。
「これは?」
オミオツケさんは、フレンチトーストの隣に置かれた蓋のされたカップを指差す。
「オニオンスープです」
店員は、にこっと笑って答える。
だから、笑うな!と胸中で怒鳴る。
しかし、店員はそんなオミオツケさんの心なんて知らずに笑顔をやめない。
「当店オリジナルのフレンチトーストのセットです。美味しいですよ」
それはオリジナルとは言わない、改悪だとオミオツケさんは思った。
もし、オリジナルを謳うのなら余計なものは入れずにフレンチトースト一択にすべき。
しかし、店員はそんなオミオツケさんの思いになんて気づくこともなく、頭を下げてキッチン馬車まで戻っていく。
オミオツケさんは、唇を固く結んで不機嫌そうに去っていく店員を睨みつける。
「まあまあ」
レンレンもその気持ちは読み取ることが出来たようでオミオツケさんを宥める。
「お店で働いてる人が全員、エガオを知ってる訳じゃないでしょうから」
レンレンの大人な発言にオミオツケさんはぐっと喉を鳴らす。
そんなことは分かってるけど……。
(なんか悔しい)
「それよりも見てください。とても美味しそうですよ」
レンレンに促され、オミオツケさんは目の前に置かれたフレンチトーストを見る。
艶やかな黄色のフレンチトーストは見事減作通りに再現されており、エガオが持っていた固いパンをカゲロウが丁寧に調理し、フレンチトーストとて提供するシーンが呼び起こされる。
「冷める前に食べましょう」
レンレンは、少し固いが和やかに笑みを浮かべて言う。
その笑みにオミオツケさんは、頬を薄く赤らめて「うん」と頷き、食べ始める。
柔らかい……甘い……そして美味しい。
小説で初めてフレンチトーストを食べたエガオの気持ち。涙を流しての喜び。このフレンチトーストはまさにそれを体現していた。
オミオツケさんは、夢中でナイフを使い、フォークで口に運ぶ。心はもうエガオになり切っていた。
そして最後の一口を口に運ぼうとして、止める。
ナポリタンを食べ終えたレンレンがアップルティーを観察するように見つめながらチビチビと飲んでるのを見たからだ。
オミオツケさんは、フォークとナイフを置き、眉を顰めてレンレンを見る。
「……どうしたの?」
オミオツケさんの不安そうな声にレンレンは驚いたように目を開ける。
「美味しく……ないの?」
その言葉にレンレンは大きく首を横に振る。
「そんなことないです。美味しいです!見事な再現ってくらい」
レンレンの言葉にオミオツケさんは首を傾げながら自分のアップルティーに口をつける。
美味しい。
小説にあるリンゴをそのまま齧ったような味そのものだ。
「いや……あんまりに美味しいからレンレン定食で使えないかなって。これならアレルギー関係なく喜ばれるし」
そう言って照れくさそうに頬を掻く。
レンレン定食。
彼が高校の食堂を使って事情があって食べれない生徒に提供する料理。
オミオツケさんは、アップルティーをテーブルに戻す。
「ねえ、レンレン君」
「はいっ」
「レンレン君は、どうして食堂て働きだしたの?」