クールで知的なオミオツケさんはみそ汁が飲めない 第十話
レンレンは、後悔していた。
レンレンたちが住む市の中心地とも言える港町の駅前は休日であることを差し引いても賑わい混んでいた。
見渡す限りの人人人。
カップルから家族連れ、大道芸にストリートミュージシャン、時期ハズレの選挙活動等、人の荒波に酔いそうになる。
レンレンは、いつもの学生服を脱ぎ捨て、母親に付き添って衣料量販店で購入した黒字のアーガイル柄のポロシャツと膝の破れたヴィンテージっぽいデニムを着てやってきたのだが……。
後悔した。
こんなに後悔したのは人生で初めてかもしれない。
レンレンは、短く切った髪に手を当てて自分の浅はかさを呪う。
「どうしたの?」
オミオツケさんが不思議そうに首を傾げてレンレンを見上げ、スマホで時間を確認する。
「私……時間通りに来たよね?」
オミオツケさんは、レンレンの態度に不安げな顔をする。
「大丈夫です……」
レンレンは、少し低い声で言う。
「まったく時間通りですから」
「それじゃあ、なんでそんな絶望って顔してるの?」
オミオツケさんは、レンレンの青ざめ、苦悩している顔を覗き込む。
レンレンは、慌てて顔を反らす。
「私、何かした?」
「違います!」
レンレンは、慌てて否定する。
「じゃあ……何?」
オミオツケさんは、不満そうに頬を膨らませる。
「それは……」
レンレンは、言いかけたもののそれをどう口にすればいいか分からなかった。
一体、どう言えばいいのだ?
オミオツケさんが可愛すぎて目を合わすことが出来ないだなんてことを。
黒く、長いロングヘアを織り込むように結って三つ編みに、元々和的で綺麗な顔立ちなのに今日は薄い化粧を施して肌は輝き、目元は潤い、唇は艶めいていた。小柄な身体には季節らしいレースの水色のブラウスに長めの薄い花の刺繍の描かれた白いスカートを履いている。肩から下げた白地のポシェットも品がいい。
レンレンは、女性のファッションや化粧なんてとんと疎い。姉か妹でもいれば意識も出来たのだろうが一人っ子なのでそんな目利きなんて持ち合わせていない。
しかし、そんなレンレンでも思う。
可愛い。
可愛すぎて目を合わせられない。
だからこそ後悔した。
こんな男友達と出かける程度のお洒落しかしてこなかったことを……。
彼女と一緒にいるにはあまりにも不相応な自分を。
「……生まれてきてごめんなさい……」
レンレンは、嘆くように小さく呟く。
オミオツケさんは、何を言ってるか分からず眉どころか顔中を顰める。
「ねえ、早く行かない?」
そう言って駅から少し離れた所に建つ大型のショッピングモールに目を向ける。
数年前に駅前に出来た円注のホテルのようなショッピングモールは老若男女に人気の衣料品ブランドだけでなく、フランチャイズから海外で人気のレストランやファーストフード、雑貨から幼児向けのアトラクションまで箱詰めするように揃えられている。その中でも人気なのが映画館で最新の映像設備はもちろんのこと、空調、空間、座席、映画の種類やフード、ドリンクに至るまで拘りに拘り抜いており、度々朝の情報番組やネットにも登場しており、映画に合わせたイベントなども企画している。
そして現在、映画館で実施しているイベントが……。
「楽しみだね、エガオが笑う時のコラボカフェ!」
オミオツケさんは、興奮して言う。
映画館では現在、二人の大好きなラノベ小説、エガオが笑う時の世界観を再現したコラボカフェがフードコートの一角で開催しており、映画を見た人限定で入ることが出来るようになっている。
「フレンチトーストは絶対に食べたいよね!」
オミオツケさんは、冷めた目を輝かせて言う。
フレンチトーストは、物語の主人公であるエガオが後に彼女の想い人になるキッチン馬車の店主カゲロウが初めて振る舞った料理。"こんな美味しいもの食べたことない"と泣きながら言わせた一品。それを忠実に再現したもので当然、一番人気ですぐに売り切れること必死のものだ。
当然、作品のファンであるレンレンも同じ想いなのだと思ったが……。
「俺は……アップルティーがいいですかね」
レンレンは、申し訳なさそうに眉を下に落としながら言う。
アップルティーもエガオの大好物の一つで物語の中核を成すメニューの一つではあるが……。
「フレンチトースト嫌い?」
オミオツケさんは、悲しそうに上目遣いでレンレンを見る。
悲しそうに潤んだ冷めた目にレンレンは頬を赤らめて視線を反らす。
「そう言う訳はないんですが……」
レンレンは、左の頬を人差し指で掻く。
「甘いものがそんな得意じゃないので……」
得意じゃない?
その言葉にオミオツケさんはムッと眉を顰める。
得意じゃないのにあの子からクッキーを受け取ったの?
オミオツケさんの心に小さな怒りが沸いた。
レンレンも彼女の微かな変化に気づき、困ったように頬を引き攣らせる。
「と……とりあえず行きませんか?上映時間も近いし、飲み物も買えなくなっちゃいますよ」
飲み物という言葉にオミオツケさんは、はっとする。
そうだ。今回の飲み物はエガオの鎧型のホルダーと大鉈のストローになった限定品だった。
「急ごう!レンレン君!」
オミオツケさんは、普段の彼女のらしからぬ大股で映画館のあるショッピングモールに向かって歩き出す。
しかし、その姿もまた可愛らしいくレンレンはほっこりとすると同時に話題を変えられたことにほっとしながらその後ろを付いていった。