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明〜ジャノメ姫と金色の黒狼〜第4話 カワセミとウグイス(5)

 香木は、直ぐに見つかった。
 いや、見つかったと言うよりも香木以外の木が生えていなかった。
 目の前に広がる青々を通り過ぎて真っ黒に染まった木の群生。互いが互いを詰め寄るようにアケの腰よりも太い幹が押しめきあい、枝を無象に伸ばしあって濃茶のような色をした大きな葉を擦り合わせている。地面には一欠片の土もないのに太腿のような多くの根が岩を握りしめるように
食いついている。
 そしてこの臭い・・・。
 ウグイス達じゃなくてもクラクラする。
 流石に指ではもう押さえきれず、ウグイスに貰ったナイフで服の袖を切るとそれで口と鼻を覆う。両目を覆う黒い布もあるからほとんどアケの整った顔が隠れてしまう。
 多少、臭いが治ったことを確認してからアケは、木の群生の中に足を踏み入れる。
「凄いなあ」
 木に囲まれるだけで香木の生命の力強さを感じる。
 足に触れる根は鉄のように固い、幹に触れると樹皮は冷たいけどその奥に熱のようなものを感じる。葉は、扇のように広く、色濃いが植物の血管とも言うべき葉脈が波打つように刻まれている。
 恐らく、岩場しかないこの劣悪な環境でその身を生かすために進化した結果だろう。
 根が太いのは岩を砕き、その遥か下にある水脈から水を得るために、幹が冷たいのは照り返す太陽の熱から身を守る為に、葉が大きいのはその太陽から力を得るために。
 臭いがキツイのも獣や虫を近寄らせない為の防御手段なのだろう。
 辛いからこそ、自ら動けないからこその防御方法。
 誰からも愛されない自分を守る為に心を閉ざし、少しでも認められたい、愛されたいからと周りに逆らわずに生きていた自分と同じ。
 アケは、布切れの下で切ない笑みを浮かべる。
「頑張ってるんだね」
 アケは、優しく幹を摩った。
 葉が何かに答えるように小さく騒めいた。
「枝を一本もらうね。友達の為なんだ。許して」
 そう言うとアケは、自分の手が届く範囲で1番太くて立派な枝を掴み、水のナイフを当てる。
 ナイフの表面が波打ち、震え、アケが力を入れなくても自然と刃が木の中に入り込み、切り落としてしまう。
 太い枝は、音を立てて地面の上に落ちる。
 切り落とされた断面は今までそこに枝があったのか分からないほどに滑らかだ。
 これから直ぐに次の枝が生えてくる事だろう。
 あまりの切れ味にアケは驚き、我が家の包丁として使えないかとすら考えてしまう。
「ありがとう」
 アケは、香木の幹を触ってお礼を言う。
 さて、流石に臭いがキツくなっていた。
 落とした枝を引きずってこの場を離れ、小さな枝を取ってからウグイス達の元に戻ろうと、アケは落とした枝を拾おうとする。
「何だ、生きていたのかお前」
 背後から声が聞こえる。
 懐かしい、身体の奥が震えるような声が。
 アケは、声の方を向き、絶句する。
 そこに立っていたのはアケの胸ほどまでの身長しかない猿のような顔をした男だった。朱色と金の豪奢な着物を乱れる事なく纏い、冷徹な目でアケを射抜く。
 アケは、後ろに後ずさる。
「お父様・・・?」
「関白様と呼べ。お前など娘ではないわ」
 突き刺すような冷酷な言葉。
 アケの蛇の目が震える。
「醜い子」
 別の声が聞こえる。
 女性の声が。
 恐る恐る振り返ると山吹色の打掛を羽織り、長い髪を結い上げた美しい顔の年配の女性が立っていた。
 美しい顔に浮かぶは侮蔑の表情。
「私、本当に貴方を産んだのかしら?」
「お母様・・・」
 アケは、着物を握りしめる。
 何故、ここに両親が、と考える余裕がアケにはなかった。
 両親の冷たい目が、心無い言葉がアケの心を震わせ、痛めつける。
「いつまで生きてるつもりだ?」
「何で私達を困らせるの?」
「白蛇様も余計なことを」
「何の役にも立たない。産み損ね」
「消えろ」
「死ね」
「お前なんかいらない」
「お前なんかいらない」
 言葉が、視線がアケを殴り、突き刺し、締め付ける。
 アケは、その場に蹲る。
 赤子のように自分の身体を抱きしめ、丸め、蛇の目から涙が溢れ続ける。

 ごめんさない!
 ごめんなさい!
 生まれてきてごめんなさい!

 アケは、必死に謝り続ける。

 お願いだからそんなこと言わないで!
 私をいじめないで!

 しかし、父親は、アケの心など無視をして言う。

「愛して欲しくば死ね」

 アケの心の奥が割れる。

「・・・はいっお父様・・」
 アケは、手に持った水の精霊のナイフを首筋に当てる。
「言われた通りにします。だから・・・私を愛してください」
 アケは、ナイフを引いた。

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