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平坂のカフェ 第4部 冬は雪(3)

 私が父と母以外の人と接触したのは8歳の頃だった。
 スーツを着たお姉さんとお巡りさんがアパートの古くて固いドアを破って入ってきた。
 開かれたドアから入ってきた強い光が太陽の光だって言うのを知ったのは随分後からだった。
 何せ私は太陽って言う言葉すら知らなかったから。

 スーツのお姉さんは、私が部屋のリビングに積み上げられたゴミの中に埋まっていたといっていたけど違うの。
 私は、自分からその中に入っていったの。
 その中は、とても温かったから。
 温もりを感じられたから。
 その話しをしたらお姉さんもお巡りさんも涙を流していたけど、私はなんで皆が泣いているのか分からなかった。

 私は、両親から虐待を受けていたらしいの。

"らしい"って言うのはその時のことを私は覚えていないの。
 何度かフラッシュバックして記憶の断片らしいことは思い出すし、実際にその場面を思い出させられるようなことも起きた。

 でもそれ以上のことは思い出せない。
 心の防衛本能がそれを拒絶しているし、無理に思い出す必要もないってお医者様にも言われたわ。
 身体には虐待をされていた証拠が嫌になる程刻まれていた。
 痣に裂傷、煙草を押し付けられた火傷の痕・・・。
 食事を満足に与えられていなかったから8歳だって言うのに驚くほどに痩せていて、驚くほどに小さかった。
 そして目・・・。
 栄養失調によるものなのか、身体的虐待によるものなのかは分からないけどほとんど見えていなかった。特に右目に至っては白内障のように白く濁って機能していなかった。

 スミは、日に焼けたような赤みがかった目でカナの白い目を見る。
 その白い目はスミの顔を鈍く写すものの揺らめくことすらなかった。
「誰が見つけてくれたんだ?」
「・・・近所のおばさん。なんか子どもの気配がするってずっと訴えてくれてたらしいの」
「もっと早く動いてくれなかったのか?」
 カナは、ぎゅっとスミの手を握る。
「仕方ないの。私は存在しないはずのない子どもだったから」

#短編小説
#平坂のカフェ
#虐待
#存在しない子

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