見出し画像

ドレミファ・トランプ 第二話 夜空と四葉(2)

 昼食を終え、夜空ないとと一緒に戻ると赤札小出身の友達と黒札小出身の生徒が二人を睨みつける。
 赤札小の友達たちは夜空を、黒札小の生徒たちは大愛を。
 赤札小の友達たちは夜空が大愛に何かしたのではないかと警戒から、黒札小の生徒達は何でお前と夜空が一緒にいるのか?という怒りと単純な差別から。
 大愛は、赤札小と黒札小の異なる意味の視線に思わず身を恐縮させるが、夜空は気にした様子もなく「行こうぜ」と大愛の背中を叩き、二人で席に戻る。
 その間も黒札小の生徒たちは大愛を睨み、赤札小の友達たちは「大愛ちゃん大丈夫だった?」と心配そうに声を掛けてくる。
 大愛は、大丈夫だよ、と固い笑みで答え、授業の準備をする。
 授業中も強い視線を感じたが特に大きな問題は起きなかった。ただ、大愛が教師に指され、質問の問いを明確に答え、黒板に図式を丁寧に記載した時だけ、「気持ち悪」「タコの生まれ変わりなんじゃね?」「あんな妖怪、アニメで見たぜ」と大愛に聞こえる程度の声で罵り、赤札小の友達たちが抗議を上げようとする前に夜空が大きな咳払いをして黒札小の生徒たちを睨みつけ、静かにさせた。
 全ての授業を終えて赤札小の友達たちが「大愛ちゃんまた明日ね」と声を掛けて各々の部活に行く中、夜空が寄ってきて「ちょいと先生に呼ばれたから先行っててくれ。すぐ追いつくから」と笑顔で答えて教室を出て行った。
 正直、具合が悪くなったとでも嘘を吐いて帰ろうかと思ったが、自分の都合で嘘を吐くのは正直気が引けたし、仮にも……友達の好意を裏切りたくはなかった。
 仕方なく大愛はスクールバッグを首からひっかけて指定された3階の空き教室へと向かう。
 二年生の教室はほとんどが2階である為に三階には授業の移動がない限りはほとんど来ない。それでも学校の造りなんて大差はないし、理科室や美術室等、目標ランドマークになるものはあるので迷うことはなかった。
 その途中、大愛の目にあるものが飛び込んできた。
 音楽室と無機質な明朝体で書かれた札だ。
 大愛の足が止まる。
 教室の扉は開いていた。
 普段のこの時間は吹奏楽部が占領しているはずだが今日は部が休みなのか誰もいない。
 普通の教室よりも少しだけ広い室内には夜中に見たら必ず怖いであろう音楽家たちの自画像、付箋の診察された黒板、無機質な棚に並べられた楽器類、そして部屋の奥には立派なグランドピアノが置かれていた。
 ピアノを見た瞬間、大愛は吸い込まれるように教室の中に入った。
 待ち合わせの教室に行かなくちゃと頭の中で訴えるのに身体が勝手にピアノへと向かっていく。
 大愛は、ピアノの前に立つ。
 ピアノは、口を閉じているかように静かに佇んでいる。
 存在しないはずの手がピアノの蓋に手を掛け、ゆっくりと開く。そして赤い布を丁寧に取り、鍵盤に両手を置いてゆっくりと奏でる。
 ベートーヴェン、チャイコフスキー、そしてショパン。
 存在しないはずの手の奏でる音が大愛の耳に入り込む。
『大愛ちゃん上手〜!』
 ルビーの明るく、可愛い賛辞の声が頭の中を木霊する。
 視界が現実に戻る。
 ピアノの蓋は開いてない。
 両手は光が閉じるように消えた。
 そして……ルビーはどこにもいなかった。
 大愛は、目をぎゅっと閉じ、込み上げてくる感情を抑え込む。
「ルビーちゃん……」
 大愛は、靴を脱ぐ。
 足をそっと持ち上げてピアノの蓋を開き、赤い布を剥がす。
 背もたれのない椅子を引き、腰を下ろすと、もう片方の靴を脱いで持ち上げる。
 両方の親指を立てて、鍵盤の上に置き、小さく息を吸って……吐く。
「ルビーちゃん」
 大愛は、小さく呟き……足指を動かす。

 ピァンッ。

 音が湖面を跳ねる魚のように教室の中を響く。
 足の親指がゆっくりと、力強く動いて単音を弾き、曲へと結んでいく。

 ベートーヴェン作曲。
 エリーゼのために。

 親指を主とし、時に甲を傾けて小指や他の指を巧みに動かしながら曲を奏でる。と、いっても全て単音で補い、滑らかな曲調だというのに音が間に合わず激しく足を動かす。そして音で足りない部分を旋律リズムを刻むことで誤魔化した。
 ひどい曲だ。
 かつて師事していたピアノ教室の先生から「小学二年生でこんなに完璧に弾けるなんて」と驚かせた曲が今では幼稚園の子どもが遊びで叩いているのとなんら変わらない。
 それでも大愛は止めることも投げ出すこともなく曲を弾き続けた。
 この場にいないルビーに届くことを願いながら曲を弾き続けた。
(ルビーちゃん)
 大愛は、心の中でルビーに呼びかける。
 しかし……ルビーの声はもう頭の片隅にも返ってこなかった。
 大愛は、唇を噛み締め、最後まで曲を弾き上げた。

#長編小説
#ピアノ
#青春
#青春小説
#いじめ
#足
#障害

いいなと思ったら応援しよう!