クールで知的なオミオツケさんはみそ汁が飲めない 第十一話
二人は、映画館の中に入ると塩とキャラメルのハーフのポップコーンとお目当ての限定のエガオドリンクホルダーを手に入れて気分揚々に映画館の中に入り、そしてとある現実に気づいた。と、言うよりも何故気づかなかったのだろう?
席が隣同士と言うことに。
二人は限定ドリンクホルダーを手に入れた喜びなんて吹き飛ばして緊張に背筋を針金のように伸ばした。手に汗が溢れ、映画館の薄明かりでも分かるくらいに顔が真っ赤になる。
映画館の中はエガオが笑う時の劇中歌が流れ、観客の気持ちを高めようとしているが、二人の気持ちはまるで違う方向に高まっていっていた。
(どうしよう……)
(どうしよう……)
二人は、同じように考え、同じように悩み、同じようにお互いをチラチラと見た。
「レ……レンレン君……」
オミオツケさんは、恐る恐る口を開く。
「は……はいっ」
「えっと……飲み物……コーヒーにしたんだ」
そう口にしてから"なんたる語彙力の無さ"と嘆く。どこのお見合いだ、と思わず自分に突っ込んでしまう。
「はっはい……」
しかし、レンレンも緊張していつものように朗らかに笑って返せない。
「アップルティーか……と思ったよ」
「それは……カフェの楽しみにしようかと……。オミオツケさんはハチミツレモンティーなんですね」
「うんっ……やっぱりエガオにちなんで……」
エガオが笑う時のエピソードに蜂蜜を取りに行く件りがあり、そのことを思い出して買ったのだが……。
「私もコラボカフェで頼めば良かったかな……」
「いや、気分高めるのにはいいのでは……」
「ポップコーン食べる?」
「はいっ」
「塩でいいの?キャラメルは?」
「甘いの苦手なので……」
「……」
「……」
段々と会話が萎んでいき、いつしか沈黙が訪れる。
何か話したいのに……言葉が出ない。
オミオツケさんは、きゅっとスカートの端を握って焦るも結局、言葉が見つからないまま劇場は暗転し、新作映画の宣伝が始まる。
好きなゲームの実写化であったり、人気ドラマの映画化であったり、海外の3Dアニメーションであったりと興味を唆られる内容ばかりであったがどれも頭に入らない。
意識は全て隣に座るレンレンにいってしまう。
(どうしちゃったんだろう……私……?)
この数日間、絶対におかしい。
こんなこと今までなかったのに……。
彼と自分はみそ汁だけの関係のはずなのに……。
オミオツケさんは、自問を繰り返しながらも答えは出ず、映画の本編がスタートした。
映画が始まった途端、オミオツケさんは自問していたことをすっかりと忘れた。
そのくらい映画は面白かった。
文字の中だけであったキャラクターが命を持って動き出し、世界観を浮き彫りにしながら進んでいく。ストーリーも繊細で小説だけでは、見えてこなかった部分がはっきりと伝わり、臨場感が増していく。
その中には原作にはないオリジナルのエピソードも交えられているが決してストーリーを壊すことなく、新たな刺激となって見る側を楽しませてくれた。
オミオツケさんは、興奮し、汗ばんだ手を握りしめる。
その手がぎゅっと握りしめられる。
オミオツケさんは、驚いて現実の世界に引き戻される。
オミオツケさんの手の上に大きな手が被さっていた。
レンレンの手だ。
レンレンは、目を大きく輝かせて映画を見ている。
スクリーンの中でキャラたちが立ち回るたびに小さな声を上げ、オミオツケさんの手に置いた手に力を入れる。
恐らく無意識だ。
映画の世界に入り込んでオミオツケさんの手を握っていることに気づいてすらいない。
逆にオミオツケさんはレンレンの固く温かい手の感触を意識し過ぎて映画を見るどころではない。この間のみそ汁の特訓の時と違い、目は開いてるし、どかそうと思えばどかせる。なのに何故か心がそれをしようとしない。
むしろ……。
レンレンの目がこちらを向いた。
オミオツケさんの冷めた目から送られる視線にようやく現実に戻ってくる。
そして自分の手がオミオツケさんの手を握ってることに気づき、驚いて声をあげそうになるのを、オミオツケさんが慌てて逆の手でレンレンは口を押さえる。
オミオツケさんの手の感覚が唇に触れ、レンレンの頬が赤くなる。
オミオツケさんの冷めた目が熱に浮かされる。
その時だ。
周りの観客たちから小さな悲鳴が上がる。
オミオツケさんとレンレンの目がスクリーンに向く。
主人公であるエガオと彼女の想い人であるカゲロウの向かい合った二人の顔が大きなスクリーンに映し出されている。
カゲロウは、キョトンっとした顔で、エガオは整いすぎるくらい整った顔を赤く染めて。
(えっ?何このシーン?)
こんな場面はエガオが笑う時にはない。
少なくても今回、映画化された部分の原作にはない。
つまりこれは……。
(映画版のオリジナル……)
二人は、じっとお互いを見つめ合う。
言葉はない。
映像と、そこから醸し出される雰囲気と、優しく、心の奥の琴線を熱くさせるような挿入歌が流れるだけ。
挿入歌を歌ってるのはエガオの声優。
そして歌の歌詞が耳から頭を撫でるように伝わってくる。
"これが愛だと貴方が教えてくれた……"
エガオとカゲロウの顔がゆっくりと近づき、お互いの唇が触れ合う。
観客から悲鳴のような歓声が上がる。
オミオツケさんも思わず息を飲む。
レンレンも思わず声をあげそうになったのか、彼の口を押さえる手のひらが唇で擽られる。
オミオツケさんは、くすぐったくて思わずレンレンの唇から手を離す。
レンレンの穏やかな目がオミオツケさんを見る。
オミオツケさんの熱に濡れた冷めた目でレンレンを見る。
二人は何も言わない。
愛を語らう挿入歌と観客たちの冷めやらぬ歓声と悲鳴が劇場を波のように広がる。
どちらかかは分からない。
ただ、気が付いたら二人の顔はゆっくりと近づいていった。
スクリーンのエガオとカゲロウのように。
二人の視線が合わさる。
互い互いの顔しか見えなくなる。
"これが愛だと貴方が教えてくれた……"
あのフレーズが再び流れる。
挿入歌と歓声と悲鳴に合わせて心臓が鳴り響く。
そして……二人の唇が重なり合う。
ゆっくりと、優しく、互いを確かめ合うように。
挿入歌が終わりを迎える。
歓声と悲鳴が潮のように引いていく。
スクリーンのエガオとカゲロウは、唇を離し、再びストーリーの中に入っていく。
それでも二人の、オミオツケさんとレンレンの唇が離れることはなかった。