悲しみについて
悲しみ(グリーフ)とは何か
今回私たちが取り組む大きなmissionの一つである悲しみへのケア(グリーフケア)について触れたいと思います。悲しみのことをグリーフ(悲嘆)と言います。これね、いろいろありすぎて書ききれないので、誤解のないように一般論的な悲しみ(つまり喪失に伴う全ての悲しみ…、死に限らず、職業や役割、加齢による変化や自身の希望、人間関係などなど全て。しかし最大のグリーフは死別とされます。)に触れます。
いろいろ深掘りするとグリーフを理解するために、いくつかの定義が出てきます。例えば『喪失に伴う身体的心理的社会的な影響』です。
ただグリーフって診断できる病気と違って、その人にしか分からない世界で起きていることなんですよね。だからグリーフを理解するとき、自分が腑に落ちる定義を見つけてください。
グリーフケア
診断できる病気と違う悲しみ(グリーフ)。
先日、妻を亡くされた男性と話しました。自らの悲しみ(グリーフ)を自覚しても「どこに行けば助けになるのかわからない・・・」と言われていました。
グリーフケアとは単純明快、グリーフをケアすることです。ただグリーフはその人にしか分からない世界で起きているから、ケアには決まった方法がない。じゃあ、グリーフケアってどうするのよ…ということになって、社会的に見過ごされてきました。
グリーフケアの実際
先にも書いたようにグリーフケアとはその人が持つ悲しみ(グリーフ)が癒(ケア)されればいいのです。しかし悲しみが癒えたかどうかはその人にしか分からない・・・。
そのため【何がその人の癒しになるのか】を感じて、その人の状況に合わせて、動く(ケアする)のです。例えば忘れることが癒しになる人もいれば、忘れることが痛みになる人もいることを知るように…。
だからグリーフケアでは、その人のことを“可能な限り”知ることが重要となります。
なぜ“可能な限り”か?
それはその人が知られたくないことまで知ってはいけないから・・・。それはどこまで行ってもその人のことを全てわかることはないから・・・。
新しい世界が足早にやってくる。科学が発達して、効率もいい。古い病気に新しい治療法が見つかる。すばらしい。でも、無慈悲で、残酷な世界もある。そこにこの少女がいた。目を固く閉じて、胸に古い世界をしっかり抱きかかえている。心の中では消えつつある世界だとわかっているのに、それを抱き締めて、離さないで、離さないでと懇願している。私はそれを見たのです。
カズオ・イシグロ
ケアはいつも違う
グリーフケアって難しいですよね。いや、というか無理? そうなんです。100%悲しみを癒すことなんてないんです。癒えないかもしれない、癒えるかもしれない、癒えかかったかもしれない…。
その人の状況やタイミング、そして向き合う私たちの状況によって、不協和音になるかハーモニーになるか・・・分からないものなんです。
だからその中で私たちは自分が奏でる【音】を徹底的に見つめ訓練し、それを必要とする人に必要な分だけ使ってもらうことで、ハーモニーにつながる可能性を少しでも高めるのです。
対話によるグリーフケア
皆さんはちょっとした出逢いが人生に影響した体験をしたことありませんか?。ただその出逢いによって変わったのは人生ではなくて”自分自身”だったのかもしれません。
人生には「変えることができる出来事」と「変えられない出来事」があります。変えることができることは積極的に変えていけばいいけれど、変えられない出来事と出逢ったときは、自分自身が変容することで癒しにつながります。
だから私は対話の中で、その人自身が変わっていくキッカケを探すのです。
それはその人が新たな人生の扉を開けるような瞬間です。
グリーフサポートプログラム「KODAMA」
現在、任意団体ORIZURUでは「KODAMA」という、Eメールを使用した2週間の対話型サポートを毎月行っています。
次回、このことについて詳しく触れようと思います。