防災を研究中の大学生が考えるCOVID-19のリスクコミュニケーション

0. はじめに

こんにちは。
くらこれと申します。
私は大学院で防災の研究をしている学生です。

現在わが国ではコロナウイルスが流行しています。
その猛威は4月9日現在とどまるところを知らず、4月7日には安部首相が特に感染者が急増している7都府県を対象に、緊急事態を宣言しました。

安倍首相が緊急事態宣言 7都府県対象 効力5月6日まで(NHK)https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200407/k10012373011000.html

この感染症に対して、私たちは社会全体で立ち向かうことが求められています。
しかしながら、行政の意思決定、企業の対応、病院の対応、そして私たち市民の対応の連携がうまくいっているとはいえません。
・例えば、給付金の支給の方針が二転三転したり
・外出の自粛を要請されていても、生活のために通勤を余儀なくされたり

これらの課題を放置したままでは、ウイルスの爆発的な流行を許し、私たちの社会は取り返しの付かないダメージを受けてしまう恐れがあります。

私はこれらの課題に対して、防災に関するリスクコミュニケーションの観点から解決策を探っていきたいと思い、この記事を作りました。

公衆衛生に関する知識は全くの素人ですが、いち市民として、私たちの社会はこのウイルスにどう立ち向かえば効果的なのか、一緒に考えていけたら幸いです。


おことわり

 先述の通り、私は防災の研究をしている学生です。行政の意思決定者でなければ、感染症対策の専門家でもありません。価値のある発信ができるように精一杯心がけますが、持ちうる知識には限界があります。また、記事中の考察・提案に関して、大きな責任を負うことはできません。

 よって、このnoteは参考程度に読んでいただき、各自治体の発表や専門家会議の公式発表を優先して情報収集してください。万が一公式発表と本稿が矛盾した場合は、公式発表の指示に従ってください。この記事が本来のリスクコミュニケーションを阻害することは、まったくもって本意ではありません。

 あくまで、素人のヨタ話でもここまで考えることができるんだ、というような読み物としてお使いください。自粛中の暇つぶし程度に思っていただければ結構です。あわよくば、防災やリスクコミュニケーションに対して興味を持っていただければ……



1. 災害としてのコロナウイルス流行

 わが国では2月からコロナウイルスの流行が始まり、今もなお終息の見通しが立っていません。症状が重症化する人も後を絶たず、志村けんさんのように、尊い命が失われています。さらに全国的な自粛の要請をはじめとして、ヒトやモノの動きの世界的な停滞により、社会的・経済的な影響も深刻なものとなっています。
 
 感染症によって私たちの社会がここまで深刻なダメージを受けることは、私たちの歴史においてなかなか類を見ない、初めての事件だと私たちは考えています。体験したことがないので、いつ終わるか分かりません。また体験したことがないので、どのように振舞うのが正解なのか、誰も知りません。

 しかし、パンデミックの「私たちの社会に大きな影響を与え、生活や人命を脅かす」という性質は、他の災害現象と同じ特徴を備えています。今回のコロナウイルス流行を、台風や地震のような「災害」として考えることはできないでしょうか? 

 コロナウイルス流行を災害のようにとらえることには、以下のようなメリットがあります。

これまでの防災研究、防災意識が生かせる
・阪神・淡路大震災以降、わが国では防災に関する研究が盛んに行われてきました。その流れは、東日本大震災以降、さらに活発なものになっています。これらは普段は地震・水害などの災害現象を主に扱っていますが、その中には、感染症の世界的な流行に対して活用できるアイデアや技術が眠っているのではないでしょうか。

・さらに、東日本大震災などを経て、私たち市民自身も「防災」に関して世界一詳しくなっています(私の主観です)。毎年様々な災害に我が国は直面していますが、そのたびに何度も立ち上がり、復興してきました。今回のコロナウイルス流行も、今までの災害に立ち向かってきたように向き合うことができれば、決して克服できないはずはありません。この流行を毎年の災害と同じようにとらえることで、現実的に状況をコントロールする手立てを探っていけると私は考えています。

流行に関するリスク認知を容易にする

・これまでの災害研究と同じ分析手法を用いることで、ウイルス流行の影響やリスクを、順序だてて考えることができるようになります。このことは物事の理解を良くするだけではなく、実際の行政にとって、効率的で分かりやすい意思決定の判断材料を与えられることにつながります。

・さらに、私たち市民にとっても、今回の流行を災害としてとらえることは、コロナウイルスのリスクを正しく把握する(正しく恐れる)手助けになるのではないかと考えています。現在最も問題になっている事として、感染者や医療従事者が差別やバッシングを受けているという状況があります。しかし、悪いのは感染した私たちの同輩やウイルスと戦う医療スタッフではなく、ウイルスです。これは災害であって、人は何も悪くないのです。地震が起きたからといって、地震が起きたのは誰かの行いが悪かったからだなどというのはナンセンスです。ましてや被災した人や救助活動に奔走する人に対して、「お前が悪かったんだ」などという言葉が投げかけられる状況は馬鹿げています。
 私たちの敵がコロナウイルスであるということを自覚し、感染して闘病中の人、最前線で戦い続ける医療スタッフを叩くのではなく、共にこの災害から生き延びる仲間として、連帯する姿勢が必要です。


2. 現在進行形のリスクコミュニケーションの失敗事例

・マスク等の買いだめ

買いだめ心理、国内外に 新型コロナで不安解消課題(時事通信)
https://www.jiji.com/jc/article?k=2020040800680&g=int

流行の初期段階からドラッグストアなどでマスクの買いだめが起こり、医療関係者をはじめ大勢の人がマスクを手に入れられない事態となりました。これは医療従事者などマスクが業務上必須な人たちのマスクが不足するという事態を想定しきれなかった行政のミスと、マスクがいつ・どれだけ入手可能なのかという不確実性のコミュニケーションが機能不全を起こした(ゆえに全員が「いますぐ、大量のマスクを確保しなければならないと判断してしまった」)からだと考えています。

・病院の医療崩壊

新型コロナ、医療崩壊危機…感染疑い患者の診察を拒否する病院も(Business Journal)
https://biz-journal.jp/2020/04/post_150745.html

先日発表された緊急事態宣言の主な趣旨は「医療崩壊を防ぐことだ」と強調されていますが、すでに現段階において医療の最前線は崩壊寸前であるという報道も多くあります。これは状況をコントロールする行政と医療従事者サイドの医療キャパシティに関するコミュニケーションがスムーズではなかったためではないかと考えられます。

・感染者へのバッシング

集団感染の京産大に非難相次ぐ 脅迫めいた内容も 新型コロナ(NHK)
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200409/k10012376751000.html?utm_int=news_contents_news-main_004

・医療従事者への差別

医師ら感染の病院「職員にタクシー乗車拒否など差別」抗議声明(NHK)
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200323/k10012345941000.html

1. で述べたように、今回の敵は感染した人や医療従事者ではなくウイルスそのものなのですが、残念なことに彼らに不安の矛先が向かってしまっています。人間の自然な心理として、ウイルスを持っている(可能性のある)人を忌避することは分かります。しかしあなたも私も等しく今後感染してしまうというリスクを抱えた中で、社会全体が感染者や医療従事者をバッシングする傾向になってしまった場合、感染者の潜行や医療崩壊を早め、被害がより大きくなるでしょう。感染症を正しく恐れることができるようなコミュニケーションが必要です。

・行政の支援策の迷走

コロナで所得減、世帯あたり現金20万円給付(4月3日、読売新聞)
https://www.yomiuri.co.jp/politics/20200403-OYT1T50023/ 
現金給付、1世帯あたり30万円で最終調整(4月4日、読売新聞)
https://www.yomiuri.co.jp/politics/20200403-OYT1T50267/

上記のリンクは今月上旬に国民への現金給付を決定した時の報道ですが、出すの出さないの、金額はどうのという議論が錯綜しました。これにより、行政の対応の場当たり的なイメージが流布し、市民・国民の行政に対する不信感が募ってしまったことは大変残念です。市民と行政のコミュニケーションは、どのように工夫すれば、お互いに信頼関係を保ち続けられるのでしょうか。

・自粛疲れ

“自粛疲れ”で少人数客復活 苦境の飲食店に朗報(テレビ朝日)
https://news.tv-asahi.co.jp/news_economy/articles/000179781.html

先月下旬の報道ですが、ずっと自粛を要求されてきた市民は、いつ自粛をしなくても良くなるのかということが分からないまま放置されてしまい、なぜ自粛を求められているのかという危機意識が共有されないまま連休を迎えてしまいました。この件は、自粛を破ってしまった個々人をバッシングすることでは解決しません。これは、行政がただ「自粛してください」としか言い続けなかったことによるコミュニケーション不全によるものだと、私は考えています。また、「自粛」は自発的に行うものであり、外部から「要請」「強制」されるものではないというこの微妙なニュアンスの問題も、この「自粛疲れ」には関わっています。

3. 目指すべきリスクコミュニケーションの到達点
 


 私がイメージしている、リスクコミュニケーションのあるべき姿は以下のようになります。

・専門家の危機意識や現状認識が市民にちゃんと『分かるように』伝わる。

・行政の考えている対処方針が共有され、行政が企業や市民に望んでいる行動と、実際に市民や企業の行う行動が一致する。

・災害状況下で起こりうる様々な影響に対して誰が責任を取るのか、つまり誰がリスクを負うのかという問題を各ステークホルダーが交渉・調整できる。

 私は、1. で挙げたような観点を通して、私の研究に関する知識を用いて2. で挙げたような問題を整理し、少しでも3. にあるような状態を、社会で実現できたらよいと考えています。

 拙文ですが、これからよろしくお願いします。

4. これからの記事

これから、複数回に分けて今回のコロナウイルス流行に関する記事を書いていこうと思います。

4.1. 報道される数字の解釈

・毎日各地方自治体が、PCR検査によって陽性と判明した感染者の数を公表しています。感染者、感染経路に関する情報を丁寧に公開してくれていることはこの上なく素晴らしいことですが、一体この数字が何を意味するのか、つまり、この数字をもとに、企業や市民はどのように行動を変えたらいいのかという部分がはっきりしません(少なくとも私にはわからない)。

・これに対して、各感染判明者の「感染日」「発症日」「退院日」を考えることで、私たち一般市民にとって、より直観的で考えやすい情報開示ができるのではないか? という可能性を探ります。


4.2. シナリオ整理

・専門家会議を始めとする行政は、2月から断続的に市民に対して自粛を呼び掛けてきました。「感染爆発の瀬戸際である」という言葉に従って私たちは自粛を続けてきましたが、事態は一向に良くならず、ついには4月7日には総理大臣が非常事態を宣言しました。

・感染が始まってから非常事態が宣言されるまでの間、行政はどのような方針で流行に対処してきたのか? 今後どのような行動を計画しているのか? という「危機対応の全体図」ともいえるものを、政府の文書などを参考に考えます。

・さらに最近になって「医療崩壊」が危ぶまれるようになりましたが、「医療崩壊」が起きる条件とは何か? 最悪の場合、どのような状況が起こりうるのか? ということをシミュレーションしてみます。(余裕があれば4.7で定量的なシミュレーションを試みます)


4.3. 危機管理体制

・一般的な災害(地震や水害)の危機管理体制は、登場人物を大きく「行政」と「市民」に分けて考えることができます。いざ災害発生という場面において、この二者間のコミュニケーションが円滑に行われることは大変重要です。

・コロナウイルス対応に関しては、この一般的な危機管理体制の考え方を使い、「行政(国・地方自治体)」「市民」「医療機関」「企業」の4つの登場人物の関係性を整理してみます。この整理を通して、2. で挙げたような危機対応におけるコンフリクトを解決する可能性を探ります。


4.4. 行動変容による影響の評価

・安部首相が緊急事態宣言に関する演説の中で、「これからの行動変容によって、2週間後にピークアウトを迎える」という発言をしましたが、行動を変えてから2週間の間に何が起こり、どれだけの被害が発生するのでしょうか? また行動を全く変えない場合と比べて、どの程度被害が抑えられるのでしょうか?

・この問題をより一般化した、「一人一人の行動ルールの変化によって全体の結果が変動する」という現象について、マルチエージェントシミュレーションと呼ばれる手段を使って確かめてみようと思います。(余裕があればpythonで実装を試みます)


4.5. 確率と不確定性のコミュニケーション

・国内での感染初期段階では、PCR検査の数が少ないこともさることながら、検査の精度が高くないことが何度か問題になりました。つまり、PCR検査を受けても、本当は罹患しているにも関わらず「罹っていない」と診断されてしまうケースがあるということです。さらにこのウイルスに感染した人は、仮に感染していても発症せずに、多くの場合無症状で済んでしまうという事例も報告されています。

・このように、なにひとつ100%と断言できない情報に対して、私たちはどう向き合えばいいのでしょうか? この問題に対して、「確率」と「不確定性」というキーワードから解説を試みます。

・そしてこれらの考察を活かして、最終的に「明日外に出るとどのくらいの確率で感染してしまうのか?」という情報を発信する試みを提案します。

4.6. Days-BeforeとDays-After【発展】

・今回のウイルス対策の課題として、感染から発症まで時間がかかり、そこからさらに検査結果の判明まで時間がかかるということがあります。

・つまり、今日感染が判明した人たちは、今日からさかのぼって数週間前に感染しており、また今日から行動を変えたとしても、その行動変化が感染者数に反映されるまで数週間かかるということです。このことが、私たち自身が自粛を判断することを難しくしています。

・これに対して、防災分野で提唱されている「Days-Before(被災以降の時点で、被災前の状況を語る)」と、「Days-After(被災前の時点で、被災後の状況を語る)」というアイデアを用いて、時間差のある行動と感染に関するコミュニケーションを円滑に行える可能性を探っていきます。

4.7. 待ち行列理論を用いた検査体制崩壊シナリオ、医療崩壊シナリオのシミュレーション【発展】

・4.2 で、考えられる最悪シナリオに「検査体制の崩壊」「医療体制の崩壊」があることを説明しました。一方で、いつ崩壊が起こるのか、数日以内に起こるのかという解像度で予測することはできないでしょうか?

・高速料金所やスーパーレジの待機時間を分析する手法に、「待ち行列」を用いた分析があります。これを用いて、検査体制や病院の医療制度のキャパシティや占有率を分析することを試みます。

5. 【毎日更新】リスクコミュニケーションの記録

・4.6.で考える「Days-Before」「Days-After」コミュニケーションのために、その日その日の報道、感染者数、危機意識などを記録して、さまざまな立場から見返すことができるようなページを作ろうと考えています。

・ある程度データがそろってきたら、タイムライン防災のようなチャートが見えてくるはずです。過去の対応を検証するにしても、今後の対応を考えるにしても、何かと有効に使えるはずです。

・上記の記事が全部作れなかったとしても、これだけはやりたいですね。

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