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宇宙任務

船内の隊員たちの胸は躍っていた。カウンタ-に表示される残日数を見ると、三か月前に地球圏内に突入し地球到着まであと一ヵ月と迫った日だった。
今まで太陽系には存在しない、様々なサンプルやデーターを収集することができた。ある化石を調査した結果、地球外生命の存在についても確信的証拠を押さえることができた。
隊員たちは当初の目的以上の成果を得ることができた、というミッションの完遂に心から酔いしれていた。

地球圏内とは、地球を中心とした月と火星を含む5000万キロ四方のエリアのことである。このときすでにある特定の分野の人達は、月と火星には定住し始めていたのである。
人類は、太陽系内の惑星の有人探査をほぼ成し遂げ、その技術の蓄積によって別の太陽系探査という一大プロジェクトを敢行したのだ。宇宙生活に慣れ親しんで育ったきた隊員たちも今度のプロジェクトは未知の領域であり、失敗すれば自分たちの命もない、という覚悟で臨んでいた。

「僕たちのこの素晴らしい成果により人類は更に発展する。この功績が称えられ、僕たちは人類を代表する英雄になるんだ!」隊員の中の一人がそう叫んだ。すると、残りの9人がその言葉に歓喜するように同調した。
そしてもう一つ、隊員たちの心を高ぶらせていたのが、地球に帰還するのは50年ぶりになる、ということだった。
三か月前に火星を通過した時、生命維持装置から解放された隊員たちは、10年間眠り続けた身体を地球環境に適合させるため、船内で訓練を開始していた。目的地までの到着に10年間の時を要し、現地で20年間活動した。そしてまた10年間かけて帰路に就いたのだ。当時最新の生命維持装置は、その中で仮死状態を保てれば、二分の一の速度まで生命活動を制御できるというものであった。隊員たちの殆どが、初老を迎える年齢に達していた。隊長は既に75歳である。全ての隊員たちにとって、文字通り生涯をかけて成し遂げたやりがいのある仕事であったのだ。

突然、船内に大きな揺れを感じた。
隊員たちはデータ上にはない隕石か何かに衝突したのかと思い、船内には緊張感が走った。しかし、その一瞬の揺れだけであとは元の状態に戻っているように感じた。落ち着きを取り戻したある隊員が計器をチェックし始めた。「航行してない!本船は停止している!」
隊員が叫んだ。
誰もが耳を疑った。
真空の中を飛行している状態は、空気抵抗をほぼ受けないので、乗組員達にとっても船体の振動を殆ど感じることはなかったのである。感じるのは推進機構の微かな音だけだった。
暫くすると、ハッチが開く音がし、何人かの人間が船内に入り込んできた。「我々は、危険物回収船である。ここは超高速船の航路上にあたる。そこにある隕石、宇宙船の残骸、その他高速船の航行に妨げとなるものは、全て排除する任務にあったている。貴船はその航路上に存在していた。よって貴船を危険物として回収させていただいた。この船の船長は?」
乗り込んできた人物はいきなりそう切り出した。船長が名乗りを上げた。
「私たちは、50年前人類の期待を一身に……」「分かっている!貴船のデーターはギリギリで抹消されるところだった。一か月後には貴船の存在はなかったことになっていた」
船長の説明を遮るように、その回収船の乗組員は説明した。
「どういうことなのだ?」
船長は、回収船の乗組員に説明を求めた。
「貴船が任務に当たったのが、確か2105年の…、」
タブレットの最終欄に登録されている記録を見ながら回収船の乗組員は説明し始めた。「確かに、当時は貴船の任務は人類挙げての一大イベントだったようだ。しかし、貴船が出発した後、人類の宇宙技術は目覚ましい発展を遂げた。新たな推進力の開発により宇宙船の航続距離もスピードも桁外れに躍進したのだ。それにより、あなた達の負ったような任務は一か月もあればできるようになり、それも宇宙機構が直接手を下すようなものではなくなってしまったのだ。そんな船は数えきれないほどある。貴船はデーターが残っていただけ運がいい方だ。データがない人工物は、その場で溶かされてしまうところだったよ。それに……」
「いや、もういい分かった」
船長は口の中をカラカラにし、声とも唸りともつかない言葉をやっとの思いで発した。「じゃぁ、我々の処遇は今後どうなるのかね?」
最後の力をふり絞るように船長は訊いた。

「そんなことは分からんよ。我々だって単なる回収船なんだし…、それに当局からの孫請けの孫請けなのだから…。回収したものを目的地まで運ぶ、ただそれだけなのだよ。それが我々のこの宇宙での任務なのだよ」

「了」

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