時間に追い越されていく島村氏
昨日、唐突にメガネを失くしたんだ。草むらの中だったと思う。横になって、じっとしていたら、雲が太陽を隠すようにしてメガネは失くなった。それからずっとぼやけた靄(モヤ)の中の景色を過ごしている……困った、困った。
通りすがりに、お姉さんがすっとハンカチをくれて、それで自分が泣いてるってことに気が付いたんだ。どうしてかって、多分だけど、いつもはメガネ越しに浴びる車道のヘッドライトとかを、裸眼で浴びてしまったからだと思っている。だって悲しいことなんか特に無い人生だし、思い出はいつも笑いが起こった時のことばかり。
ꉂ🤣w𐤔
知り合いが、山の上の方の家に住んでて。なんか薄暗い竹林道?を歩いて抜けた奥に、崖を削ったような広場があって、そんで少し敷地が広いようなだけの、なんかみすぼらしい家。なんかガランとしてる。見えないけど普通の住居には満ち満ちているような、生活感?活気?的なのが無いって感じで、好きじゃない。やっぱり、どうせ住むなら、山奥よりは海辺かな。だって、朝起きて、窓開けて、海が見えたらサイコーじゃん。山なんか陰気だし虫もいるし、臭いし。
そういう訳で、ずっと念願だった海に、今度行くことにした。でも行くって決めた途端に面倒臭くなって。本当にもうヤダって、全身から嫌気が差してきちゃってもう辞めた。大体海だって臭いんだし。ねえ、カーバンクル?「クルックー❓」ダメだこいつバカだからわかんねーや。何時になったら僕はちゃんとした召喚士になれるんだろうか?つい最近なんか、リヴァイアサンを召喚したつもりが、水波風南(みなみかなん、少女漫画家。代表作に「今日、恋をはじめます」(単行本累計発行部数800万部突破、2012年に武井咲・松坂桃李主演で実写映画化)など)を召喚してしまったし、大人たちにすごく怒られた。怒髪天を衝くとは、まさにあのことだろう。そんな訳で、僕は今日も召喚術を成功させるために術塾(じゅつじゅく)へと通うところであった。昼になると、弁当箱の中に小さな電車を発見!あーらら。
( o̴̶̷᷄﹏o̴̶̷̥᷅ )˙˚
カーバンクルは、ポケットの中に入れたままだったメガネをすっと取り出した。周囲には何か香辛料のような匂いが立ち込めていて、エキゾチックな雰囲気を醸し出している。カーバンクルがもう1人、老いさらばえたような足取りでやってくると、肘を打ち合わせ湿った木琴のような音を鳴らし出す。共感覚の持ち主であればその音色は「青緑色の味噌田楽味」と表現するであろう、そんな感じのトーン。
カーバンクルがもう1人、今度は痩せこけたイモリのような、人型の何かを持って厳かに現れた。何かが始まろうとしている。いつになく緊迫感に包まれる場内。その空気はさながら、紅白歌合戦でトリを飾った歌手が、サビの歌詞を忘れてしまい固まってしまったかのような。
儀式は2部構成で行われるため、盛り上がりそうな所で休憩が挟まれることになった。場内は一斉に照明が焚かれ、内部の構造がつぶさに観察できるようになったのだが、とはいえ特筆すべき要素もなく。なんとなくボーッと座っていると、後ろから急に声をかけられた。目と目の間が異様に離れている、イヨーダ星人のアチャコ、松茂だった。
「Hey Boy 退屈なの。I Need A Thrill、刺激的なヤツ頂戴?」
「アチャコがこんな辺鄙な所まで何の用だ」
「いやぁね、私はもうアチャコじゃない。シンベーよ」
何だって?
「シンベー……って言ったのか?」
「そうよ。もうアチャコとしての実習過程は終わらしたの。だからシンベー」
「そんなわけない。アチャコの次はジオ審議官か、その副官ぐらいしか選べないはずだ」
「そうよ。フツーはね」
松茂は両肩をすくめ、胸ポケットからしおれたドライフラワーのような物体を取り出した。
「偽章……じゃねーな。あのチンケな神殿の焼毒房の臭いがするぜ」
「あそこの老師からかっぱらったのよ。御遣い済ませてね」
松茂は天祖議会公認の紋章を次々と取り出し、空中に出したエア・コルクボードの上に並べていく。見物人が少しづつその様子を見に集まりだしていた。一般庶民にはまずお目にかかれない品物だ、当然であろう。その中に、ハッカクのような形をした、中心に青い渦巻きとカエルの4本指の意匠が施された紋章は、乱立卿ウィロンの興したビリー・アンドロット国がアチャコとして名を立てた者に授与するものだったはずだ。
やがて儀式再開のブザーが鳴り、着席を促すアナウンスが流される中、松茂は僕の肩に顎を載せこう囁いた。
「慈しみに唇を寄せて。Mellow Kiss」
暗転。
僕がこうしている間に、世界は一刻一刻と姿を変えていく。川はうねり、大地は漣に削られ、海底火山は隆起して新たな島々を地図に書き加えていく。名付けられるよりも早く。島と対応して星座も増えていく。いつしか夜空は人類の総数よりももっと沢山の星座で賑わうことだろう。そして、本当に生きているのは僕たちの方じゃないんだという事に気付き始める日がやって来た。間もなく、天と地は逆転する。深い眠りから醒めた化石は未来の神話へと蒸発し、星々はシナプスや関節から、暮らしの中の煩雑な感情の混載を示すのだろう。
🦋✨🦋𝓐𝓴𝓲𝓷𝓪🦋✨🦋
病院の帰りにトマトを買って、バス停前の郵便局で所得税を納めた。夏が終わろうとしている、なんて嘯くのは、どこからか流れてきた知らない歌。汗で湿ったTシャツを玄関で脱いで洗濯カゴに放り投げたら、なんだか眠くなってきちゃった。この部屋に時計なんか無くて、ただ冷蔵庫の不機嫌な唸り声が響くだけ。時々それも途切れ、完璧な静寂がその虚ろな顔を覗かせる。もう、やめにしよう。どうせ耳は寝ていても忙しいんだし。それより儀式はどうなったの?カーバンクル達は、一体ぜんたい何を目論んでいるんだい?
間抜けなブザーが鳴ると、カーバンクルの着ぐるみの中から大学生らしき男女が3人、首だけ出して浅くお辞儀。安いフリー素材のジングルが鳴り終わると、真ん中の茶髪の男性がマイクを持ち、朴訥と話し始めた。
ぼくたちは、ぼんくらだった。
ぼくたちは、うすらとんかちでした。
はなげ。
じじいのちんかす。
なもなきあほの、ぼけもぐら。
そういうものだった。
きらわれものだったのです。
でも。
いまは、ちがいます。
カーバンクルたちは
静かに両手を挙げて
安寧の日々を祈った
𝓜
鍾乳洞の中へと小型ドローンは侵入していく。秘密の暗号のようなものが、壁に刻み込まれている。尚もドローンは進んでゆく。