「一日の終わりに気付く、あれは関西弁だった」
朝一で、台所に立っていたら、人生って何であるんだろ?と不安になった。
11月の底冷えのする廊下で。
そこで寒い=死ぬかもしれない。と思っていた。
もう春を見られないかも。そんなはずないのに、遠い過去の洞窟にいた人類の記憶が残っているのか?
遺伝子に凍死への畏れが残っているのかも。
どちらにしてもそんな気持ちにかまっていられなくて、いつものように毎日食べる冷凍ブルーベリーを溶かす為の牛乳を電子レンジで温めたのだが。
昼間。
商店街で、「生きているだけで丸儲け」と聞こえてきた。
ふと振り向いていた。
そこには、寒々しいアーケードをスーツ姿で歩いているおじさんがいた。
スマートフォンに向かって関西弁で喋っている。
「そや、生きているだけで丸儲けやで。ハハハハ」と。
どうやら朝方まで残業をしていた過去を自慢しているらしい。
死ぬかもしれないと思っていたぼくは、しばらく聞き耳を立てていた。
だが、結局ただの苦労自慢だった。
「ほんましんどかったのー」
冬の日差しの届く本通り商店街を歩くその後ろ姿をこっそり見守っていたが、その平凡な姿には、完全に行き交う通行人の一人でしかなかった。
夜になってぼくは執筆をしているけど、やっぱり死ぬ可能性は現代にて一ミリもなくて、「死にそう」という気持ちは消えている。
目の前にコーヒーが置いてあって、一年中生き長らえている。
おじさんは消えて、冬の寂しさも無くなったけど、人生ってなにがあるんだろう?という問いは残っていふ。
「生きているだけで丸儲け」
って本当なのだろうか?
そういうことにしたいと思う。
さんまさんは明るくそう言うのだし。
それを証明する術はないが。
でも「人生ってなんであるんだろ?」と思って始まった一日も、こうして執筆をしていると、悪くなかったと思えるんだ。生きているだけで満足な気がする。
信じるか、信じないか、の話しだがまぁ、これが少しでも誰かの役に立つものになってほしいな。