レコード・プレイヤー
「雨が降ったらどうする?タープが必要だ」彼はそう言うと「電源が近いところに」ともうひとつの理由を見つけてプレイヤーを軒下にセッティングした。
本当は木の下にあるベンチに置きたかったのだ。その方が絵になると彼も思っていたようだ。
ハービー・ハンコックのLPが辺りに流れると誰もが「ああ、軒下でよかったのだ」と納得した顔で水に流した。
この黒い円盤と機械類が置かれていたのは間違いなく室内であった。
いや、室内に「見えた」のである。
ただし、今ここで鳴っている音はもしかしたら外で聴くために作られたのかもしれない、いや、きっとそうだ。
いつから眠っていたか想像がつかないその機械は、意外にも倉庫の真ん中より扉側に佇んでいた。
「プレイヤー」の兄弟分でもある「アンプ」と「スピーカー」もその横で手を繋ぐように眠っていたのを、ここにいる全員が確認している。
彼らに覆いかぶさっていた埃と、他のよくわからない汚れは拭くだけですぐ綺麗になった。
数時間前のことだ。
「ちょっとレコードを持ってきてはみないか、いい景色が見られるかもしれない」
電話なのか小型PCなのか定義のわからないそれの画面から友人に打ち込んだ。
「ああ、なら今日。今日というか、今だ」
友人はあっという間に、おそらく小型PCの画面をトントンと叩いたようであった。
僕は持っていた筆とパレット代わりのボトルを予定より早く片付けねばならないことを悟り、14:30までのスケジュールを頭の中に並べた。
「わかった、駐車場についたら連絡を」
僕はいくつかの作業をやめられることを歓迎するようにした。
予定はいつだって急に変わる。
「予定なんて立てなければいいのよ、会いたい時に会って眠りたい時に眠るのが人間だわ」彼女の目はそう言っているようだった。いつもどおり4本足でそこに佇む彼女の目はおそらく夕食のメニューを考えている目だ。
軽く尻尾を振ると、いつもの動作で草むらに駆け込んでいった。
「君は頭が通ればどこにでもいけるだろう。僕らは違うんだ」と言い返す間も無く、姿は見えなくなっていた。
やれやれ、連絡をしなければならない。あまり急なことをお願いするのは得意ではない。
プレイヤーのありかを知っているのは誰か?心当たりの2人に当てた書簡を小型PCから郵送してみる。
外では梅雨の切れ間を思わせる太陽が早々と南中しているような顔で木陰の濃くしている。
ほどなく友人はその友人を連れてやってきたようだった。
「ようだった」というのは、直接感覚器から認識したわけではないからで、それが真実かどうかを判断するのはまだ早いからだ。
どこかで信じていない僕の脳は、掌の小型PCを覗きながら駐車場へ向かった。
「それで」と言いながら彼らはプレイヤーの場所を知りたがった。
当然だ、僕だって知りたい。「ああ」と言いながらポケットに忍ばせた小型PCに目をやると、送った書簡に返信が届いている。
「あの教室の、ああ、あれだよ。あの部屋だ」今知ったことを悟られても問題はないが、なぜか悟られまいとした。
なんの意味のない行動だ、どうもこういうところは直したい。
エアコンのない部屋はそれなりの広さがあっても、やはり暑い。
3人で汗だくになりながらプレイヤーの配線をいくつかのパターンで試してみると、またスケジュール変更を迫られることを覚悟した。
「夜のジムは諦めなければならないな」と考えながら「それ以前に今日まで送らねばならない講演会のタイトル」を考え始めながら配線を試してみたのだ。
「これは鳴らないな」20分もした後の2人の頭はおそらく同じだったろうと思うが、それが作業をやめる理由になるかどうかはまだわからない。
「ここまでだ」友人かその友人が言うのを聞いた瞬間に棚の奥に隠れていたコードを見つけるということは、インディ・ジョーンズの仕掛けの表情で作業の継続を意味している。
「好意的に捉えよう」
僕は「無責任だな、友人はこんな作業をしようと思ってはいなかった」と思いながら口にした言葉が風化するのを待った。
プレイヤーは回った。「Play Bach」と書かれたレコードに針を落とすと、棚から見つかったコードが綺麗にスピーカーまで電気を通した。
僕らにはまだこの機械の塊を外まで(おそらく泥と、坂と、好奇の目で群がるこども達と草むらを通って)運ぶといういう過酷な作業が待っている。
「さあ」友人が言いながら坂を登るとやっと設置場所にたどり着いた。
レコードプレイヤーが鳴ると、誰が変えたのかレコードはバッハからジャズになっている。
本を並べると、ここにコーヒースタンドがないことが不思議に思えるのだ。
どうすればスタンドを作れるか。
レコード・プレイヤーがくれた宿題を「少し重いな」と受け取りながら友人とその友人を見送った。
「どうも」カフェに入りホットコーヒーを頼もうとしたところで止まった。
「ここで気を抜くと片付けが不便だな」だけで済ませておきたい、下手をすると
「自分のやっていることに意味があるのか」まで突き抜けてしまう。
アイスコーヒーを飲んで窓から文庫を眺めると…