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買うは捨てるのはじまり

✳︎今日のひとこと

若い頃はなにも知らなかったし、未来は無限にあると思っていたし、ものを買うくらいしか娯楽がないほど仕事が忙しかったから、いろんなものを買って、使い倒して捨てたり売ったりあげたりしていました。
私のもの持ちの良さは異常で、30年前のマフラーとか平気で今も巻いてます。穴をつくろってまで。
スタイリストさんや外商さんには決して頼らなかったから、その経験は決してむだになっていないのです。センスはちゃんとそこそこ育ったし(しょせんそこそこですけれど、なにせ服のことを何も知らなくて冬に夏服を平気で着ているような人間だったから。前も書いたけれど、当時の仲良しの女だって大学生にもなって平気で真冬の大通りをタオル地の超ショートパンツとどてらを着て歩いているような状況だったから)、今も合わせを考えるのは大好きだし、自分以上に、人に似合うものがよくわかります。

でも人生折り返したらさすがにわかるのです。
買うということは、いつか手放すということです。
だから慎重に大切に買おう、と思うのです。
これを死ぬときまで持っていられるか、死んだ後に処分されるか人がもらうまで、大切に使えるか。
そういうことを考えて、ものを買うようになったのです。
もちろん心の半分は「うっせーな、今買いたいから買うんだよ!どーだっていいよ」と思ってます。そんな買い物をする日ももちろんあります。これも、ある意味人生にはとっても大事なことなように思います。
その両方を心から体験して、やっと中庸が生まれるのです。
この場合の中庸は落としどころと言ってもいいかもしれません。
「これは5年くらい使えたらもとが取れるな。これはもしかしたら10年使えるかもしれないな」そういう目が育つのです。
そして人にいただいたものでも、少し使って「これは違うな」と思ったら、素直に人に譲ることができるようにもなります。
そんな全てが、生きるっていうことだなと大げさですが思います。

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吉本ばななです。やがて書籍になるときにはカットされる記事も含めています。どくだみちゃんは散文、ふしばなはブログ風です。コメントはオフですが…