生徒手帳のシーウィー 5
「ねえ、遅いんだけど」
そう言って東海林さんは町田くんの目の前にしゃがみこみ、ワイシャツの両襟を持って思いっきり引っ張った。ボタンがまるでポップコーンのように弾け飛んだ。町田くんは自らの服を壊されたことがショックなようで呆然とした表情をしていた。東海林さんはそのことに構わず、
「あんたがちんたらしてるからいけないのよ。ほら下もさっさと脱ぐ」
と言いベルトに手をかけた。
東海林さんはまるで幼稚園児を着替えさせるように手際よく脱がせていく。とても同い年とは思えないほどの思い切りの良さだった。わたしが異性に触れた最後は小学四年生のときの宿泊行事の肝試しレクリエーションの時に手を繋ぎながら歩かされたことが最後だ。それからというもの異性と触れ合ったことはないのに東海林さんは事もなげに男の子の服を脱がせている。そんなことがたやすくできてしまう東海林さんが恐ろしかった。どうしてそんなことができるんだ? まるで母親が幼稚園児をあやすように、
「ほら、ばんじゃーい、脱ぎ脱ぎしましょーね」
と言ってとうとう下着まで脱がせてしまった。
そうして裸になった町田くんは人間のようで人間のようには見えない。普段見慣れている人間が普段見慣れている場所で服を着ていないというのはとても奇異に見える。惨めで気持ち悪い。
東海林さんは、
「お座りっ」
と町田くんに言いつける。町田くんは羞恥心からなのか膝を抱えて丸くうずくまっていると裸の背中に定規をすぱこーんと当てた。町田くんの背中は弓なりにしなった。あまりの痛さにもだえ苦しんでいるらしい。東海林さんはその姿を見て薄笑いを浮かべ、「お座り」と再び言った。
町田くんは観念したようにその場にしゃがんで東海林さんの方を向く。「ほら、犬はなんて鳴くんだっけ?」とえりさが優しい声を出して言った。
「……わん」
町田くんは東海林さんを見上げて、犬の鳴き真似をした。このとき、町田くんは東海林さんの手によって堕ちたのだ。いじめを受ける人間は初めのうちは必死に抵抗をする。ただいじめが進行していくうちに彼らは自分の身の危険を考え始めるのだ。次第にこの状況を乗り切ることだけを考え、できるだけ無事に済むように行動を始める。町田くんはそういう段階にきていた。つまり東海林さんの勝ちだ。
しかし、東海林さんはここで攻撃の手を緩めるほど中途半端ではなかった。東海林さんの攻撃性と想像力はさらに陰惨なものだった。
「ふふふ、じゃあ、こんどは犬には芸を教え込まなくちゃね」
そう言って定規を振って風を切りながら言った。町田くんはその風を切り裂く音に怯えて身を縮めた。東海林さんは自身の気まぐれ一つで肌を切り裂くような痛みを与えることもあると暗に示しているのかもしれない。
「そうね、じゃあまずはお手を覚えてもらおうかしら。お手、できるかしら?」
ビュインッ。風を切り裂く音が聞こえた。東海林さんが前かがみになって町田くんの顔の前に右手を差し出した。町田くんは項垂れながら自身の手を東海林さんの手に置いた。
「お~よしよしよし~~、一回でできるなんて偉いじゃない」
喜びに満ちた声でそう褒め、町田くんの頭をわしわしと撫でた。
「じゃあ、今度はちょっと難しいぞ。おかわりだ。おかわり、知ってる?」
町田くんは、膝の上に置いていた反対側の手を東海林さんの手に置いた。
「すごいすごい! できるじゃない」
東海林さんは町田くんに抱きつき頬ずりしながら褒めた。なんということだ。先ほどまであれほど痛めつけていた町田くんに抱きつくなんて。
わたしは不満だった。どうして。あれだけ打ちのめした男を抱きとめるのだ。もっと、徹底的に打ちのめせ。わたしにできないことを東海林さんはするはずだった。いや、してくれると思っていたのだ。わたしは男というものが生まれてこの方嫌いだった。優しさも思いやりの欠片も持たない男など滅びてしまえばいいと思っていた。どんな男だって女の股ぐらからおぎゃあおぎゃあと泣いてひりでてきたというのにその恩を忘れて女を踏みにじる。男にとって女は取るに足らない存在としか思われてない。だからこうして男性性をぐしゃぐしゃにしてぺしゃんこにする東海林さんをいつの間にか応援していた。女性でありながら男性の上に立つ東海林さんこそがこの世界の頂点にいるのだ。優しくするな、もっと、罰だけを与えるべきなのだ。
「じゃあ、今度はもうちょっと難しいよ。できるかな」
そう言って東海林さんは町田くんから離れる。
「チンチン」
と言った。
「ほら、チンチンだよ? わかんない? こうやってやるの?」
そう言って東海林さんは町田くんの前に爪先立ちでしゃがんだ。かかとにお尻をどかっと置いて、
「ほら、こうっ」
と言って股を割った。
「それで手を胸の前にやるの」
東海林さんの体勢は力士の蹲踞を思わせる座り方だった。その姿勢だと町田くんの陰部が丸見えになってしまう。町田くんは動こうとはしなかった。東海林さんの笑顔が瞬間冷凍される。そしてまた一切の躊躇なく町田くんに定規を振り下ろした。手加減なしの腰の入った見事な振りだった。突然の音の大きさにわたしはびっくりして身体が震えた。東海林さんは何も言わず、ただ町田くんに定規を振り下ろした。まるでサーカス団の調教師のように一切の容赦なく彼女は無言で彼を叩き続けた。
「わかっ、ごめっ、いだいって! やる! やるから! やめっ」
一糸纏わぬ裸の町田くんはものすごい勢いで体勢を直し東海林さんの見本通りの体勢になった。その間も東海林さんの責めの手は休まることなく定規の雷が彼を撃つ。彼の動きにもはや迷いはなかった。一刻も早くこの苦痛から逃れたい一心だった。そこに羞恥の心などなかった。
「あの、もう、やったから、やめて」
彼の白い肌はあちこちが赤く腫れあがりみみずばれができていた。その身体を震わせながら精一杯チンチンのポーズを取り続けた。数多の折檻によって節々が痛むだろうし、この体勢を維持するのは楽ではない。東海林さんは彼にそう言われて責めの手をやめて腕を組み見下ろしていた。彼はてっきり先ほどのように彼女の寵愛を受けることができるのだろうと思っていたようで期待外れと言った顔をしていた。
「ねえ、あなた、わたしの言ったこと、覚えてられないの?馬鹿なの?」
「え……」
「ほら、ねえ、あなた犬でしょ? 犬なのに人間の言葉を喋っちゃいけないとわたしは言ったはずよ?どうしてわたしの言ったことすら守れないの?」
町田くんは東海林さんに少し優しくされ気が緩んでしまい人間の言葉が出てしまっていた。彼の顔は再び青ざめた。
「お仕置きが必要だよね」