アマゾンが“未来の高齢者”を囲い込み? 欧米で注目されるエイジテックとは
欧米では、高齢者を対象としたテクノロジーサービスやプロダクトを指す「エイジテック(Age Tech)」が次の成長分野のキーワードとして注目されてきた。エイジテックの定義とは? 市場規模は? ベストバイ、アマゾンのエイジテック企業買収事例と共に考察する。
デジタル化が可能にする“長寿経済”
エイジテックとは「高齢者×テクノロジー」を組み合わせて出てきた造語。IoT、クラウド、AI、ビッグデータ、VRなど最先端のIT技術を活用し、高齢者の生活や健康をサポートする仕組みを構築したり、高齢化社会におけるさまざまな課題解決を目指したりするものだ。ヘルスケアとテクノロジーという大きなテーマの中で特に注目されている分野である。
米国ニューヨークや英国ロンドンで活動するベンチャーキャピタリストで、早くからこの分野の投資や起業に関わってきたドミニク・エンディコット氏は、エイジテックを“デジタル化による長寿経済の実現”と位置づける*1。
エイジテックの対象となるのは、高齢者本人以外にも家族やコミュニティ、医療や介護の現場、行政などさまざまな層の人たちや組織・機関が想定される。
【エイジテック4つのカテゴリー】*1
1. 高齢者本人が利用するサービス
2. 高齢者のためのサービス(医療機関、介護施設、自治体向けなど)
3. 高齢者と若年者の間で利用されるサービス
4. 将来の高齢者(若者や中高年)に向けたサービス
同氏は、エイジテックの市場規模が、2025年には2.7兆ドル(約295兆円)へ成長すると予測する。
ベストバイ、アマゾンによるエイジテック企業買収
当初スタートアップとして立ち上がったエイジテック企業を大手企業が買収し、ビジネス展開する事例を紹介する。
【大手家電量販店ベストバイによる「グレートコール」買収】
2018年に米家電量販大手ベストバイに8億ドルで買収されたグレートコール(現ライブリー)は2005年の創業で、スマートフォンやウエアラブルデバイスやアプリの開発、高齢者の安否確認や健康状態の遠隔監視システム、緊急時通報サービスなどを提供する。また、専門相談員による24時間体制で応じるコールセンターを運営、1人暮らしの高齢者を中心に90万人以上の定額会員(買収当時)を持つ。
出所:bestbuy.com
- アクティブシニア向けブランド「Lively」
ベストバイによる買収後、グレートコールのサービスやプロダクトは「Lively」ブランドとして一新し、シンプルな操作を売りにしたスマホ「Lively Smart」や高齢者の転倒を検知し24時間体制で見守るウエアラブルデバイス「Lively Wearable」をリリースしている。
- モバイル事業×配車サービス「Lively Ride」
配車サービスのウーバーの競合として知られるリフトと提携し、高齢者が難しいスマホの操作や専用アプリのダウンロードなしに簡単に利用できる配車サービス「Lively Ride」を提供。
操作は至ってシンプルだ。モバイルデバイス上で "0"ボタンを押し、オペレーターを介して配車を予約、料金を確認後、利用する。支払いは月々の携帯電話料金に加算されるため現金やクレジットカードを持ち歩く必要がない。
【アマゾンによる処方箋デリバリーサービス「ピルパック」買収】
同じく2018年、アマゾンが処方箋デリバリーサービスを手掛けるピルパック(2013年創業)の買収を発表(買収金額は7億5300万ドル*2)。ピルパックは、薬剤師とエンジニアが立ち上げたスタートアップで、慢性疾患がある薬の服用者向けに、1回分ずつ服用日時が記載された小分けのパックを配送するサービスを展開していた。 アマゾンのピルパック買収の目的の一つとされているのが、その顧客層。 正式な数は発表されていないものの、40〜50代を中心に数万人規模での顧客登録があるといわれている。
買収ニュースの直後には、米国内の大手ドラッグストアチェーンや大手医薬品企業の株価が軒並み下落したことも話題となった。
出所:https://pharmacy.amazon.com/
-オンライン薬局「Amazon Pharmacy」
買収から2年後となる2020年の11月、アマゾンは、オンライン薬局「Amazon Pharmacy」を立ち上げた*3。保険適用を含む医薬品のオンライン注文ができ、処方箋の管理をはじめ保険やアレルギーなどの登録もプラットフォーム上で行える。さらに、薬剤師による24時間のサポートも受けられるほか、プライム会員は特典として、2日以内の無料配送サービスや保険適用外の場合でも最大80%の割引などを受けられることとなっている。
また、買収当時には想定のなかった状況としてあるのが、コロナ禍における生活環境の変化だ。この間、これまでにないほどのスピードでさまざまな分野でのオンライン化が加速した。オンライン診療の普及も進む中、「Amazon Pharmacy」が今後どう展開されていくかが注目される。
デジタルデバイトの解消がカギ
スマホ/パソコンの活用やインターネット利用ができる人たちにとっては当たり前となっているさまざまなサービスを見渡してみると、アクセスさえできれば高齢者にも役立つものが多い。
高齢者がデジタル化の恩恵を受けることは、家族やコミュニティ、社会全体の課題解決へとつながっていくことは容易に想像できるが、そこには“デジタルデバイト”という大きな壁が立ちはだかっている。
配車サービスの事例に見られるように、エイジテック促進には斬新なアイディアやビジネスモデルよりも、“デジタルデバイトをどう解消するか”といった視点が必要になりそうだ。
文:遠竹智寿子
フリーランスライター/インプレス・サステナブルラボ 研究員
参考文献
*1 ’Age-Tech’: The Next Frontier Market For Technology Disruption