2025年のデフリンピックに向け、音を可視化するデジタル技術が集結――音がみえる「みるカフェ」
2025年の11月に開催が予定されている「東京2025デフリンピック」まで丸2年となるのに合わせて、東京都が11月16~26日の期間限定で「みるカフェ」を開設した。聴覚障害のあるスタッフと客とのコミュニケーションにデジタル技術をフル活用したコンセプトカフェで、入店から注文、スタッフとの交流、会計までにおいてさまざまな技術が使われている。本稿では、それらの技術に注目した。
聴覚障害者とのコミュニケーションを円滑にするデジタル技術
デフとは英語で「耳が聞こえない」を意味する。国際ろう者スポーツ委員会が主催する「デフリンピック」は聴覚に障害のあるアスリートが参加する世界規模の競技大会で、1924年にフランスで始まり、4年に1度開催されている。2025年に開催される「東京デフリンピック」は日本で初めての開催となる。
「みるカフェ」のコンセプトは、音声などの言語を文字に変えて“見える”化する技術を活用し、聞こえる・聞こえないにかかわらず、誰もが快適にコミュニケーションできる環境づくり、そしてその体験を通して共生社会への理解を促すことを目的としている。
同カフェで活用されるデジタル技術を次に紹介する。
フォトリアルな手話CGアバター「KIKI(きき)」
手話CGアバターの「KIKI」が、同大会の応援アンバサダーの一人として選ばれている。NHKエンタープライズがプロデュースし、アタリが制作に携わる。現在は、事前に入力された7000語に基づいて手話表現されており、将来的にはAIを使って自動応答が可能になるように開発が進んでいるという。2025年の大会期間中には、観客誘導や選手への情報発信などでの活用が検討されている。
対面での円滑な多言語コミュニケーションを実現する「VoiceBiz UCDisplay」
TOPPANグループの開発による音声翻訳表示ディスプレー「VoiceBiz UCDisplay」は、透明ディスプレーに話した言葉の翻訳結果を表示することで、対面での円滑な多言語コミュニケーションを実現する。
同グループでは、情報通信研究機構(NICT)が研究・開発したニューラル翻訳エンジンを採用した音声翻訳「VoiceBiz」を2018年から展開してきた。当初は、インバウンド需要を発端に進められた技術開発だが、翻訳エンジンを透明ディスプレーと組み合わせることで、窓口業務での「音が聞こえにくい人には会話を字幕で伝達」「発話が難しい人にはキーボード入力のサポート」など、外国人だけでなく日本人同士においての活用にも幅が広がっている。
聴覚障害者と健聴者との会話をサポートするアプリ「こえとら」「SpeechCanvas(スピーチキャンバス)」
フィートによる「こえとら」「SpeechCanvas」は、音声認識技術や音声合成技術を活用することにより、手話や筆談を用いることなく聴覚障害者と健聴者との会話をサポートするアプリである。こちらもNICTが開発元となっている。
こえとらは、聴覚障害者が持ち歩いて街中で健聴者と会話するときに利用するアプリであり、一方、SpeechCanvasは、公的機関の窓口などで音声と筆談で会話を支援するアプリとなっている。なお、こえとらは電気通信分野における障害者支援を目的としたアプリとして、総務省の協力と通信事業者6社※からの協賛を得てサービスを提供する。アプリは無償でダウンロードできる。
※NTTドコモ、KDDI、ソフトバンク、楽天モバイル、NTT東日本、NTT西日本
SpeechCanvas:話した言葉が次々と画面上に、ふりがな付きで文字となり、画面を指でなぞれば絵や字がかける。法人向け「SpeechCanvas for Biz」は、すでに市役所、町役場、大学医学部、省庁、雇用企業、銀行などで利用されている。
SpeechCanvas紹介動画(出所:NICT公式YouTube)
手話と音声による双方向コミュニケーションシステム「SureTalk(シュワトーク)」
「SureTalk」は、電気通信大学とソフトバンクが開発した、手話と音声による双方向コミュニケーションシステムである。端末(パソコン、タブレット、スマートフォン)のカメラを通して、AIが身体動作を追跡し、手話の特徴を抽出することで、手話で話した内容をリアルタイムにテキストに変換する。
手話の動作は人によって違いがあるが、これをAIに学習させることで手話認識精度の向上へとつながるため、手話動画データを収集することで会話がよりスムーズになる。インターネット環境があれば、自分のペースで、話したい相手と会話することができるのが特徴となっている。
音の大きさを振動や光の強さに変換する「OnTenna(オンテナ)」
富士通による「Ontenna」は、音の大きさをリアルタイムに振動と光の強さに変換し、伝達するアクセサリ型の装置。髪の毛や耳たぶ、えり元、そで口などに付けることで、リズムやパターン、大きさといった音の特徴を知覚することができる。
ろう学校をはじめ、スポーツ観戦やコンサート、タップダンス鑑賞などさまざま様な環境での実証を経て、2019年より商品化されている。現在、全国のろう学校の8割に導入され、音楽や体育の授業で使われているという。
音楽を振動として体感する触覚デバイス「Hapbeat(ハップビート)」
「Hapbeat」は、音の振動を体に直接伝えることで、ライブ会場やクラブハウスで感じるような迫力と臨場感を体感できるネックレス型のウェアラブルデバイスだ。東京工業大学発ベンチャーのHapbeatが開発を手掛ける。同大学で発明した張力式振動生成機構を利用し、従来の振動子では実現が困難だった、小型かつ強力な低周波振動を身体広範囲に伝えることが可能だという。
音楽やゲーム、VRなどのデジタルコンテンツをよりリアルに体験すするための新しい触覚デバイスとしての活用が期待される。また、“視聴覚障がい者も楽しめる花火“の新たな取組みとしてこれまでに、日本橋丸玉屋様との共同プロジェクトによる「触覚花火体験」も実施されている。各種活用事例は同社サイトで確認できる。
紹介した各デジタル技術は、他の場所で活用されているものや商品として販売されているもの、また、アプリは無料でダウンロードして個人で利用できるものである。今回の「みるカフェ」は期間限定のため訪れることが難しいという人も、それぞれの技術に興味を持たれた方は各サイトより詳細をチェックしていただければと思う。
文:遠竹智寿子
フリーランスライター/インプレス・サステナブルラボ 研究員
トップ画像:東京都
編集:タテグミ
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