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火の川

小谷美紗子を、ご存知だろうか。

1996年、高校を卒業してデビューする、
シンガー・ソングライターだ。

ピアノの弾き語りが中心だったが、
2005年からドラムとベースのトリオで、
今も活動を続けている。

1999年、彼女の3枚目のアルバムから、
先行カットされた7枚目のシングルが、
「火の川」だった。

イントロから不穏な伴奏。
彼女の心の悲鳴が被さる。

そして、彼女は唄う。

赤い目をした子ウサギが
横たわる私を恐れず
私から抜けて行くものを
じっと赤い目の中で動かしてる
「火の川」より〜

僕は踊りを再開していた。
男性のジャズダンサーは貴重だった。

すぐにいろいろなオファー、
出演依頼が来るのだが、
自分が踊りたい舞台に、
早々出逢えるものではない。

とはいえ、あの本番を控えた緊張感は、
何物にも代え難いことを忘れたくなかった。

ダンサー仲間の縁で、
ある舞台で踊ることにした。
そこで僕はまた、
幸運にもこの曲に出遭うのである。

この曲を見つけ、振付をしたのが、
コンテンポラリー・ダンスを、
大学卒業後も続けていた後輩だった。

衣装から照明から構成、演出まで、
彼女は完璧にディテクションしていた。

小谷美紗子の名前も、唄も、
それまで聴いたことはなかった。

それが嬉しかった。
彼女を心底信頼できた。

演出家、振付師、舞踏家の関係は、
そうして生まれるのかもしれない。

所詮みんな、素人の集まりだった。
そんな売れる前までが、楽しいのだ。

もちろん抜ける人も、入る人もいる。
スケジュールだったり、考え方だったり。

みんな個性が強く、ギャラが貰えるわけでもない。

どこまで、自分を粉々にできるか。
まさに、火の川だった。

燃えるような赤い照明の中、
オレンジの衣装で、舞台上を駆け巡った。

僕たちは、火の川になった。

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