スカイラインGT(R30)
それは昔の話.年度末の繁忙期が終わり,年度初めの仕事も落ち着いてきたので,久し振りにドライブでもしようかと休暇を取りました.しかし,6月の今日の天気は小雨,池袋のビルの中の喫茶店を出て,エレベータ前のスペースに行くと,グラスウォール越しにサンシャイン60が見えました.その最上階は低い雨雲の中に隠れていました.何処に行くかは決めていませんでしたが,思いつきで富士山に行くことにしました.
その頃,私が乗っていた車はスカイラインGT(R30)で,6気筒のL20E型エンジンと,桜井眞一郎氏の設計によるシャーシが合わさって,高速道路での走行はとても快適でスムースに走れる車でした.FR(フロントエンジン・リアドライブ)で,雪道では少し弱い駆動形式でしたが,数え切れないくらい,この車でスキー場にも行きました.
最初は私もはじめは特に興味がなかったのですが,スカイラインのカタログにR30の「偏揺(かたゆれ)モーメント」がマイナス0.04(前作C210はプラス0.10)であることが,半ページほどのスペースを割いて記述されていました.車で高速道路を走行すれば,トンネルの出口や橋の上で強い横風を受けることがよくあります.そんな時,R30は,子犬のように顔を伏せるのではなく,風の方向に静かに顔を向けるような挙動が感じられました.ドライバーに空力特性の安定感が伝わり,とても乗りやすく感じました.このことを,カタログに書いても気にする人は少ないと思います.でも,開発した技術者たちの,武骨かもしれませんが熱い思いが伝わってきます.たったひとつの数字の裏に,何回も何回も流体実験をする技術者の顔が見えてくるような気がしました.
車はエンジン(モーター)とシャーシで出来ています.もし,EVが主流になったとしても,良質なシャーシの開発は重要です.形だけ真似ても同じ物は作れないでしょう.車のシートに隙間なく深くすわり,腰から伝わってくる路面の状況を感じながら運転するのは,とても楽しいことです.
さて,池袋から富士山に行くとしたら.首都高ではなく,環八で中央高速,あるいは東名高速に乗ればよいのですが,中央高速に乗るのは高井戸の入口が無いので少し面倒です.渋滞していないことにかけて首都高を利用することにしました.富士山に行くとしたら中央高速の河口湖で降りて,富士スバルラインで五合目まで車で行くことが出来ます.なんとなく東名高速を走りたくなって,高速4号への分岐点を通過して,高速3号・渋谷線に向かいました.御殿場で降りて富士山スカイラインを通り富士宮口富士山五合目に行くことになります.
御殿場インターを降りた時は小雨が降っていました.富士山スカイラインの道が曲がりくねり,少しきついカーブが連続する辺りに来ると,フロントグラスの雨粒がなくなり,空の雲は風に押され走り始めました.次の瞬間,雲の切れ間でき,青い空が見えました.さっきまで暗かった雲も,陽の光に照らされて白くなりました.神々しい陽射しもさしてきました.なんだか,天使がそこにいるような風景でした.その時,カメラを持っていなかったので,写真はありません.それでよかったと思っています.私の心象にその風景は確かに刻まれていますから.もう今は,気まぐれなドライブをすることは無いと思います.あの時,いろいろな偶然が重なって,とても良い刻(とき)を持つことが出来ました.
時は流れて,現行のスカイラインV37型は,当時「最強」と言われたR30からは考えられないくらい高性能な車になっています.全てAT設定でMT(マニュアル)設定が無くなってしまったことは少し残念です.カーブでギアを落とし,再びギアを上げてゆく動作は,自分で運転している気持ちになれて,とても楽しいことでした.
そして今.晴れた日曜の午後,道を渡ろうと横断歩道の前で待っていると,最新型のスカイラインが止まってくれました.低いエンジン音がとても良い感じです.軽く会釈をして渡ろうと...運転しているのは桜井さん?...そんなはずはないよね,だって...白昼夢? 走り去る車のエンジン音とともに,マキシン・ディクソンが聞こえてきたような気がしました.
それでは,また,何時か何処かで.
【R30】 愛のスカイライン The Best Way To Your Heart / Maxine Dixon
https://www.youtube.com/watch?v=8wpR4SVSqeg
松任谷由実,カンナ8号線
https://www.youtube.com/watch?v=K0V66aMa2_4