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【4/19】グレードの違う美女、現る

この日は1日かけて、リトアニアの首都ビルニュスを観光した。そして、バルト三国に滞在する最後の日でもあった。明日の朝には別の国に移動してしまう。

朝は9時くらいに起床し、10時くらいに宿泊していたアパートメントから徒歩3分くらいのカフェで朝食兼昼食をとろうとする。しかし、開店が11時だった…! しょうがないので予定を変更し、さらに徒歩2分くらい歩いてビルニュス大聖堂に着く。徒歩5分圏内に観光スポットと有名レストランが並ぶ旧市街の中心地、つまり私が宿泊していたのは最高の立地のアパートメントだったのです!

ビルニュス大聖堂の第一印象は…白い!!!(そのまま) きれいだが、バルト三国、教会や大聖堂は正直「ほぉ」という感じで終わることが多い。よく見るとじんわり味があるし、質実剛健だし、普段礼拝に行くならこういうほうがいいのかもしれないなんて思いもするが、パッと見はやはりイタリアの派手派手教会やスペインのイスラムっぽさも混ざったエキゾチックな教会のほうに心惹かれてしまうのが人の性というものです。

奥の建物がビルニュス大聖堂
中はこんな感じ。白い!
うーん、白い
アーチの装飾が美しいですね

さっとビルニュス大聖堂を見学し終え、今度こそ朝食兼昼食のためカフェへ。私はもう9年くらい1日2食生活をやっていて朝ごはん食べない派なのだが、やっぱりこれが自分に合っていると感じる。1日3食も食べるとお腹いっぱいすぎて動けなくなってしまう。今後は加齢にともなって、1日1食で十分だなとなるフェーズも訪れるだろうと思う。

じゃがいものパンケーキ、ベーコン入り

食べたのはBulviniai blynai/ブルビネイ ブリナイ(じゃがいものパンケーキ)。あとカフェラテを飲んだ気がする。早くも忘れている。私はiPhoneに店などでかかっている曲を判別させるアプリを入れており、旅行中何度も「この曲は何かな〜」をやっているんだがこれがなかなか面白かった。当たり前だがリトアニアにはリトアニアのアーティストがいて、歌詞は全然わからんが、たぶん恋愛系のなんだかんだを歌っているんだろう。世界はどこだって恋愛のなんだかんだを歌っているので。

朝食兼昼食を食べ終わったあと、「Museum of Occupations and Freedom Fights(KGB博物館)」へ行く。ここは、エストニアのタリン、ラトビアのリガとKGB関連のミュージアムを訪れてきた中で、いちばん見応えがあったというか、気分が暗くなった。

まず、リガの旧KGB本部はガイドさん付きじゃないと奥まで見学させてもらえないので、必然的に10人以上でぞろぞろと行く形になり、その時点で怖さが半減される。しかし、ビルニュスのKGB博物館は普通に1人でまわるので、じっくり、ゆっくり見ることができてしまう。そして暗い気持ちになる。

KGBに関しては、日本に帰ったらまたゆっくりブログを書きたいと思っている。チェコ映画を勉強していた身として、東欧の小国が戦中にナチスドイツの支配下で痛い目にあったこと、また戦後もソ連の支配下で痛い目にあったこと、つまりずっとずっと大国に翻弄され暗い歴史を歩んできたことは人よりも知っているつもりだ。しかしチェコ映画史を勉強している間は、KGB関連はあまり触れなかった。なので今回は集中的に、KGB関連の博物館をまわり歴史を(帰国後に)勉強する。

KGB博物館は地下1階、地上2階からなっていて、まずは地上1階の展示を見る。諜報室やKGBの制服など。ここはまあ「ふむふむ」という感じ(私の英語力が低く解説文を十分に読み解けないせいもあるが)。 

諜報室の再現らしき展示

 陰惨な気持ちになるのは、監房として実際に使用されていた地下1階の部分だ。何気ない気持ちで降りていくと、私以外に見学者が2人しかいない。つまり、広いフロアに、私を含めて計3人しかいない。他の2人の姿はちょっと離れるとすぐに見えなくなってしまうので、実質1人で見学している状態に近い。

座ると目の前にすぐ壁がある、トイレより狭い独房。光は差さない。ベッドが一応はある監房。トイレ。「地球の歩き方」によると、実際に使われていた施設なので拷問や処刑の際の血痕があるとのことだったが、私はどれが血痕なのかよくわからなかった。ただ、異様な空気がこの地下のフロアを支配しており、戸が軋む音が響くたびにいちいちびっくりしてしまう。

簡易ベッドがある

骨が軋むほど体を強く締め付けたという囚人服も展示されていたが、そこは怖すぎて写真に撮れなかった。他、片足でやっと立てる程度のスペースが中央にある部屋。ここは、まわりを冷水で浸す拷問部屋だったという。ここも怖くて写真など撮れなかった。というかそもそも1人で入れなくて、周囲に他の見学者の気配がするまで待って、うしろに知的そうな黒人男性の気配を感じられたところでやっと入った。地上階にけっこう人がいたのでそこそこ混んでるかなと思いきや、なぜ地下には人がいない! 空気が重すぎてみんな早々に去っていってしまうのかもしれない。

その後、リガの旧KGB本部と同じく、屋外スペースもあったので出てみる。雪が降ったときの写真が展示されていて、なぜかとても悲しくなった。扉の中をのぞくと、天井に網が張られている。リガと同じだ。屋外に出られても逃げられるわけではない。

屋外の監房。上を見上げると隙間なく網がかかっている。

屋外を通ってさらに進むと、あら、なんだか見覚えのある映像が…リガで見たのとまったく同じ映画のまったく同じシーンがここでも流れていた。リガで英語ガイドさんの話を聞き取れず「で、この作品のタイトルはなんだ」とめちゃくちゃ気になっていたのだが、ビルニュスではちゃんと書いてありました。アンジェイ・ワイダの『カティンの森』だそうです! なんだ、アンジェイ・ワイダか〜! とモヤモヤすっきり解消。アンジェイ・ワイダは『灰とダイヤモンド』と『地下水道』しか観たことがないので、『カティンの森』も日本に帰ったら観ようと思った。

その後、地上階に戻ったらやっぱりそこそこ人がおり、「地下に来てくれよ…ゆっくりじっくり見たいけど1人は嫌なんだよ…」とわがままをこぼしつつ、KGB博物館を出た。

次はホロコートの展示がある、グリーンハウスを目指す。重い観光が続く。KGB博物館からグリーンハウスへ向かう間、ウクライナの国旗が街中で目についた。

1階部分の入り口?窓?にウクライナの国旗🇺🇦がある

おそらくエストニアにもラトビアにもあったにはあったのだろうが、私の目ではリトアニアがいちばん街中でウクライナの国旗を見た気がする。たまたまかな? バスの行き先表示にまで「ウクライナ♡ビルニュス」と出ていた。

そんな感じでウクライナの国旗をたくさん発見しつつ、ちょっと道に迷いながらグリーンハウスに到着。鍵がかかっていたので休館なのかと思いきや、「インターホンを鳴らせ」とある。インターホンらしきもの、3つくらいありますけどどれ…? 3つ全部押したら(超迷惑だった可能性がある)、中から人の良さそうなふっくらしたおばさまが出てきた。チケットを買うと「どこから来たの?」「上の屋根裏も見ていってね」などと話しかけられる。こういうとき「日本です」「どうもどうも」みたいなことしか言えない自分の英語力が憎い。

ホロコートの展示があるグリーンハウス

グリーンハウスは写真展示がメインで、「この丸太みたいなのなんだろーなー?」とぼんやり眺めていたらそれは丸太ではなく人間の死体だった。丸太みたいに雑に積み上げられていたたくさんの死体だった。ようやく主旨を理解し、しっかり写真を見ると、ここでもまた陰惨な光景が続く。ただ、ここは写真展示なのでわりと冷静に見る。 KGB博物館はやっぱり、実際に拷問などに使われていただけあって建物自体に染み付いた念みたいなものがあったが、ここは虐殺が行われた現場そのものではないので1人で見られないことはない。

展示を見たあとに、おばさまに言われた屋根裏部屋まで階段を上がる。ここはユダヤ人がナチスドイツから隠れるためにこういうスペースを使ったんですよということの再現らしく、通称「Marina」。『アンネの日記』のアンネも隠れ家に身を隠して暮らしていたが、つまりあれのリトアニアバージョンの再現だ。うちの親がどうして私の名前をマリナにしたのか聞いても曖昧で未だによくわからないのだが、とりあえずなんかすみません…と思う。屋根裏部屋は薄暗く、決して明るい気分になれる場所ではなかった。

ユダヤ人が隠れて暮らしていた屋根裏のスペース(の再現)

この日はこのあと、カフェでアイスクリームを食べ、アパートメントに戻って1時間くらい休憩したあと、20分くらい歩いて聖ペテロ&パウロ教会を見て観光を終える。明日は5時半起きで、6時半にアパートメントの前まで来てくれるタクシーに乗って移動しなければならないので、あまり夜更かしはできない。

彫刻がすごいんです

夜は、前日と同じ店でソーセージを食べる。主食になるようなものを注文しなかったが、「付け合わせでどうせじゃがいもあるでしょ」と思っていたら本当にあった。たんぱく質・主食・野菜をワンプレートで取れたのでこれでOKとする。他、リトアニアの店でやたら推されているところが多かった(気がする)のでラズベリーティーなるものを飲む。ラズベリーのぷちぷちが美味しい。なお、このとき注文を聞いてくれたり料理を運んで来てくれたりしたお店のお姉さんがすごく可愛かった。この人は素人なんです? アイドルじゃなく? などと思った。昨今の情勢ではあまりルッキズム的なことを言ったらいけないのかもしれませんが、東欧とかロシアの美女、ちょっと「美女」のグレードが違うんだよな。天使かな? もしかして人間じゃないのかな?と思うくらい可愛い。前にそう思ったのは、アエロフロート(ロシアの航空会社)のお姉さん。アエロフロート、ヨーロッパ経由の安い飛行機をたくさん飛ばしてくれていて、機体やロゴもかっこよかったし、シェレメーチエヴォ国際空港っていうモスクワの空港の名前が何度聞いても覚えられなくて「シェレ…なんだっけほら、シェレ…」とか言って笑っていたのに、もう乗れないのかなあ。そう考えたら悲しくなってしまった。

ラズベリーティー
マッシュポテト=主食

という感じで、約10日間で、バルト三国をエストニア→ラトビア→リトアニアと観光し終えた。

心残りはいくつかある。まず、エストニアにはもっと「何か」がありそうな気がする。タリンとタルトゥの表層を撫でただけではわからない、もっと深くて得体の知れない「何か」の気配を確かに感じた。ただしそれが何なのかはわからない。勘だけど、おそらくそれを知るためにはエストニアのいくつかの島を回らなければならないだろう。ヒーウマー島、サーレマー島などに行くと、またエストニアの見方が全然変わりそうである。島は、本土とはまた違う独自の生態系を築いていることがある。生態系とは、そのまま生き物の生態系という種別の話であることもあるし、私の中では独自の文化・宗教・習慣・空気みたいな意味でもある。もしまたエストニアに行く機会があったら、私はこの2つの島と、あとはロシアとの国境に隣接している街、ナルバを訪れてみたい。

また今回はすっぱり諦めたが、バルト三国はサウナ文化が栄えているところである。北欧サウナの旅などはたまにやっている人がいますよね。あれと同じ感じで、バルト三国サウナの旅を組むこともできる。今回は大都市をメインにまわってしまったので、サウナ文化をよりディープに体験できる地方都市などに行って、もっと深くて怖い自然の世界に触れてみたい。「森」のほうまで深く入らないと、バルト三国がなんたるかはきっとわからないのだろう。今回、直感的にそう思った。

以上2点が、大きな心残りといえば心残り。

今回私が旅したバルト三国は、良くも悪くも、旅行していてあっと驚くような体験ができるワンダーランドではなかった。

まず、これはポジティブなことではあるんだけど、治安が抜群にいい。女性1人で旅していても一切不安を感じなかった。地図を見ながらつい歩きスマホしてしまうくらいに治安がよかった(歩きスマホは日本でもしてはいけません!)。ただ、モロッコで客引きに絡まれたりシチリアで物乞いのおばさんにべたべた触られたりするのも(そのときは嫌だが)振り返ってみるといい思い出になったりする。治安がよすぎてつまらん、とか言うのは馬鹿げているし贅沢だろう。わかっちゃいるが、あの生きるか死ぬかのスリルを味わいたいんだよ!みたいなのもどうしても、ちょっとあるんですよねえ。

それから、何度か書いているが、教会なども「こんな世界が存在するなんて!」とひっくり返るような代物はない。ローマだったりフィレンツェだったりグラナダだったりコルドバだったりの大聖堂は「人間って…すごい!」とひっくり返るほどの凄まじいパワーがあるけど、バルト三国の教会にはそれほどのパワーはない(と、少なくとも私は思った)。もちろん「いい教会だなあ」とじんわりした気持ちにはなるんだけど、全身の鳥肌が立つような衝撃はない。「ほぉ」という感じ。これは、私が数々の名所を訪れすぎて慣れてしまったのもちょっとあるかもしれない。

ただ、エストニアからバルト三国を南下する、という体験は人生で一度やってみてよかったなと思う。日本から見ているとどうしても「同じような国が3つあるんでしょ」という程度にしか思えない三国が、まったく別の特色を持ったそれぞれの国として浮かび上がってくる。エストニアには東欧ではなくほとんど北欧であり、ラトビアとリトアニアとは雰囲気がまったく異なること。エストニアからラトビアに来ると一気に「ヨーロッパに来たぞ!」という感じがしてドキドキすること。リトアニアまで来ると完全に東欧で、こちらはポーランドやチェコに雰囲気が近いこと。街の雰囲気、人の流れ、飲食店のメニューなどで、三つの国の違いを感じ取ることができる。

という感じで、この旅はまだ続くが、バルト三国の章はこれにて終了。稲垣えみ子さんの『人生はどこでもドア』、角田光代さんの『いつも旅のなか』を読む。帰ったら何を書こうかなあ、などと考えながら。

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