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【4/21】セドレツに「チェコ」は健在

私は学生時代、ヤン・シュヴァンクマイエルという、知っている人は知っているが知らない人には3回くらい言っても名前をさっぱり覚えてもらえない映画監督の作品について研究していた。シュヴァンクマイエル自体はかなり好みが分かれる映画なのでここでは特に言及しないが、その映画監督の作品に、『コストニツェ』がある。『コストニツェ』に登場するのがチェコのクトナーホラにある、セドレツ納骨堂だ。

15年前、大学4年生のときに私はチェコを訪れているが、そのときはこのクトナーホラに行くことができなかった。当時の私にとっては旅行会社が決めてくれたルートに友達とついていくのが精一杯、たとえクトナーホラがプラハから電車でわずか1時間の距離だったとしても、宿泊地を離れた日帰り旅行なんてハードルが高くてできなかったのである。というか、そもそもクトナーホラがプラハから電車で1時間で行けることを当時は知らなかった気がする。インターネットはすでにあったけどそこに今ほど情報はなく、「クトナーホラ」って検索しても詳しいことは出てこなかった…と記憶している。ここ、プラハからすぐ行けるんじゃん!と気づいたのは社会人になってからだ。

そういうわけで、チェコのプラハを再訪した私は翌日まずクトナーホラを目指した。朝、レンタルWi-Fiを充電し忘れていたことに気づきホテルを出るのがかなり遅くなったが、まあ電車で1時間だし…とのんびり行く。まずは朝食兼昼食。昨日、予約いっぱいのため入店を断られたチェコ料理屋にリベンジで入ってみる。昼のちょっと早い時間だったこともあり、この日はお店に入ることができた。

注文したのはグラーシュ。牛肉と玉ねぎを煮込んだスープの中に、クネドーリキというパンと、あとはブランボラークというじゃがいものパンケーキが入っている。

唐揚げみたいに見えるのがブランボラーク

私は長年、このブランボラークが超〜苦手だった。初めて食べたのはそれこそ15年前、今はなき渋谷のチェコ料理屋だったのだが、じゃがいもで腹が膨れるわ、サワークリームに食べ慣れないわで、舌が未発達の21歳のお嬢ちゃんにはすごく食べづらかったのだ。ここで「チェコの文化は好きだけど料理には全然興味ない、ビール飲めないし」というスタイルも確立されてしまう。しかしあれから15年、今食べたら印象が違くなったりしないかなー、などと思い、せっかくなので挑戦してみたのである。

結果、まあ、普通だった。超苦手というほどではなかった。すっごく美味しい!とは思わないが、まあ完食はできるかなー、みたいな。潰れてしまった渋谷の店の料理がまずかったとは思わない。単純に、私の味覚が変わったのだろう。自分で金を稼ぐようになって、そんなにいいものを食べてきたわけでもないけれど、20代の頃より「許せる」味の範囲が広がった気がする。今回の東欧旅行では私にしては珍しくわりとちゃんと東欧料理にチャレンジしており、おかげで「東欧のメシ=まずい」という15年引きずったイメージを払拭できそうだ。しかしまあ、ビール飲む人はいいのかもしれないけど、やっぱり酒を飲まない人間にとってはそれほど…という感じではありますね、東欧料理。

かくして、グラーシュとレモンティーの朝食兼昼食を終えてお会計。ここまでずっとユーロだったので、チェコの通貨コルナの感覚がまだ掴めない。金額を提示されても「で、それは高いの?安いの?」と思ってしまう。しかしあとでちゃんと換算してみると、め、め、め、めちゃ高い〜〜!!! チェコってこんなに物価高かったっけ? 観光客価格? 円安のせい? バルト三国も決して物価が安いわけではないのだが、1食にかけていたお金がだいたい1500円以内だった。ところが、昨日のペペロンチーノもだけど、チェコに来てからはどうしても1食2000円を超えてしまう。たっか!!!

昨日の夕食と今の朝食兼昼食が思いのほか高くついたことに微妙にショックを受けつつ、プラハ本駅へ向かう。時刻表を確認し、チケット売り場へ。クトナーホラへ行くためには途中の「コリーンKolín」という駅で乗り換えるやつもあるが、乗り換えなんて難しいことできないので、直通で!と窓口の人に言いまくってチケットを買う。そしてチケットも、事前情報よりもちょっと高かった。まあしょうがない。日本だって、卵の価格が上がっているような状況なのだから。バルト三国も含めて今回旅したところは、だいたい事前情報より価格が上がっていた。

チケットを買ったら、時刻表で発車するホームを確かめる。が、この発車ホームがなかなか表示されない。20分前くらいになってようやく出る。

14:06発に乗りました

そして鉄道に乗る。15年前はこのプラハ本駅から鉄道で、チェスキークルムロフというおとぎ話みたいな街に行ったのだった。

チェコ鉄道は、外見の無骨さがなかなか好みだ。ただし乗り口がかなり急なので、お年寄りや足腰の悪い人、荷物が多い人、ベビーカーなどをお持ちの方はすごく怖いと思う…。ホームとの隙間が広すぎて怖い。それと、座席が指定されているのかいないのかよくわからんのが困りものだった。とりあえずテキトーな席に座ってみたが、あとから人が来たのでどく。どこに座席書いてあるの!? いまだにどういう法則性なのかよくわからないのだが、たぶん予約してある席は「予約済み」という紙がはさまっているか、もしくは座席上の青く光っているところが「予約済み」になっているのかもしれません。わからね〜! 満席だったため、仕方ないので立ってクトナーホラまで行く。1時間でよかった。

無骨な見た目のチェコ鉄道
紙が挟まってると予約席。しかしそれ以外がわからん

そしてたどり着いたのが念願のクトナーホラである。セドレツ納骨堂までは駅から徒歩10分程度。あまり人通りがなかったが、治安の悪さは特に感じない。今回の旅は、治安の悪いエリアとは本当に無縁だ。

クトナーホラ本駅

事前に調べていてなんとなくわかっていたけど、クトナーホラは現在、すっかり観光地化されている。セドレツ納骨堂の200mくらい手前には、できたばかりの綺麗なインフォメーションセンターがある。チケットはそこで買う。インフォメーションセンターにはなんと日本語のパンフレットまであった。Tシャツもマグカップも売っている。無事にチケットを入手し、セドレツ納骨堂へ。と、ここまでセドレツ納骨堂について何の説明もしていませんが…。

セドレツ納骨堂とは、この骸骨だらけの教会のことであります。神聖な場所なので内部の撮影禁止。自分で撮ったものがないのでいまいち伝えづらいが、なかなかすごかった。見渡す限りの骸骨! 私はこの骸骨教会の類が大好きで、ローマのサンタ・マリア・デッラ・コンチェッチオーネも行ったし、シチリアのミイラ8000体教会・カプチン修道会の地下墓地も行った。ヨーロッパの骸骨教会シリーズを制覇するのが人生の目標です。ローマよりクトナーホラのほうが装飾が凝ってるというか、芸術性が高いと思った。ローマも凄いんだけど、装飾の方向性的に、万人受けするのがローマで、凝り性の人はクトナーホラ派かな、みたいな(いや、万人受けはしないだろう)。

しかし一方で、「そっかー、こんな感じなんだ」とどこか気が抜けてしまったのも事実だ。私にとってクトナーホラのセドレツといえば、旅偏差値が75くらいの人が行く超絶秘境で、数々の試練を乗り越えてやっと辿り着ける最果ての地であった。でもそれはもちろん15年前のイメージで、実際のクトナーホラは旅偏差値55くらいで十分行けるし、秘境じゃないし、近くのインフォメーションセンターで日本語のパンフレット置いてあるし、入り口にQRコードがあって解説までしてくれるのだ。15年前は確かにもうちょっと秘境感があったかもしれないけど、今は「クトナーホラ」で検索すればプラハ本駅でのチケットの買い方からクトナーホラ本駅からの道順まで丁寧に解説してくれるサイトが複数ヒットする。まったく秘境ではない。

そう思ったら、胸の中にじわじわと「ここは本当にチェコなんだろうか」という違和感が頭をもたげてきてしまった。

私にとってのチェコといえば、まずはシュヴァンクマイエルの国だ。人々は無愛想で、英語が通じず、街を三歩歩くとぎょっとするような「何か」に出会ってしまう。だけど15年ぶりに来たチェコは、人々は親切でクレバーで、英語はどこだって通じて、どこもかしこも整備され、スマホがあれば道に迷うことなんてない。私が15年前に出会った「驚異の国」はもうどこにもないのかな、と少し切なくなる…なっていた。

しかし。このセドレツ納骨堂内で、補修作業の映像が流れていたのでそれを見ていると…作業員の方々が、満面の笑みをカメラ目線でこちらに投げかけている。ピースサインこそしていないものの、この神聖かつ不気味な教会の補修作業において、曇りなき満面の笑み。みんなにっこにこだった。この国には「不謹慎」という言葉は存在しないんだろうか…と思ってしまうくらいの、にっこにこの笑みだった。

それを見て、私は「ここはチェコだ。間違いなくチェコだ!」と安堵する。いや、「ここはチェコだ」はかなり語弊があるのだが、私の知る「シュヴァンクマイエルのチェコ」は15年経ってもやはり健在だった。そもそも映画『コストニツェ』はギャグ映画で、社会見学でセドレツを訪れている子供たちとそれをまとめ上げて「骨に触っちゃダメ!」と注意しまくる案内人のおばさんや、やたらと罰金を取ろうとする人を見て失笑する作品なのである。万単位の人骨や8000体のミイラを見て、神聖な気持ちと同時にどこか馬鹿馬鹿しい気持ちが同時に起き、不気味なのにちょっと笑っちゃう、というのがヨーロッパ各地にある「骸骨寺」なのだ。笑っちゃうのに、未来に確実にある自分の死を思う。肉体がなくなれば、今がどんなに辛くたって、幸せだって、他と変わらないただの骨だ。

あと、その補修作業の映像が流れている横で、係員らしき中年の女性が大量に積まれたダンボールの中から、白くて細長いものをたくさん取り出しては別の場所に移すという作業をガサゴソガサゴソとずっとやっていたのも気になった。女性は白くて細長いものを素手でつかみ、無表情で、手際よくさっさっさっと作業していた。その白くて細長いものが私には人骨に見えたのだが、まさか本物じゃないよな…? 私にもう少し語学力と勇気があれば「それって本物の人骨ですかぁ〜?」などとフレンドリーに聞けたのかもしれないが、語学力と勇気が不足していたため、ただ女性の作業を無言で眺めるのみとなった。女性とは一度だけ目が合ったが、互いにすぐに視線を逸らした。

あの白くて細長いものが本物の人骨だったのかどうかはたいした問題ではない。私は素手で人骨らしきものを「めんどくさいなあ」といった感じで掴みさっさっさっと作業する女性を見て、「よかった、ここはチェコだ」と本当に本当に安堵したのだ。集められた骨に敬意を払うことと、神聖な気持ちになることと、仕事がめんどくせえ気持ちはすべて両立し、矛盾しない。

セドレツ納骨堂の外観。この中が骨!骨!骨!

セドレツ納骨堂を出てからは、聖母マリア大聖堂を見学。ここは、内部よりも屋根裏部分に入れるのが面白かった。教会の中のアーチの部分は、屋根裏から見ると当たり前だけど丸くぼこぼこしている。このスペースを見せてもらえることってあんまりないんじゃないだろうか。

聖母マリア聖堂
この丸いアーチ部分を…
屋根裏から見ると、ただひたすらにぼこぼこしています

最後に、歩き疲れたのでセドレツ納骨堂方面に戻り、近くにあった地元感のあるカフェで紅茶を飲んだ。店でレジを打ってくれたのは、頭髪が真っ白ロングの魔女みたいなおばあさんだった。『ONE PIECE』のDr.くれはみたいなおばあさん。おばあさんは私に紅茶を売ると外に出て煙草を吸っていた。私はその後ろで角田光代の『いつも旅のなか』の続きを読んだ。この店には閉店ギリギリまでいた。閉店が近くなった頃、おばあさんが私のそばにあった窓をわざとらしくつついたので、「はいはいはい」という感じで店を出た。

まだ全然明るいクトナーホラ本駅

こうしてチェコ観光2日目は終わった。帰りにプラハ本駅でバーガーキングに寄る。ワッパーでさえ超高い。

15年経ち、世界は変わり、街も変わり、私自身だっていろいろ変わってしまった。それでも、「チェコ」はずっとそこにあったみたいだ。

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