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桜井潔とコンチネンタル・タンゴ

長崎物語

第4章の補足。戦時下、桜井潔とその楽団(サクライ・イ・ス・オルケスタ)のステージを色川武大は幾度か見ている。その桜井潔といえば"タンゴ"だ、十八番は「ラ・クンパルシータ(La Cumparsita)」に「ジプシーの夢(Lamento gitano & Sierra madre)」、また「奥さまお手をどうぞ(I Kiss Your Hand,Madame)」など、が、代表曲&最大のヒットは「長崎物語」になるだろう。

ではその「長崎物語」、SP盤と蓄音機で。ルーツは1940年(昭和15年)の盤で、これは1947年の再発盤。

前年(1939年)、由利あけみポーカル版が先行(オリジナル)、しかしヒットに至らず。翌年、この桜井潔による大胆なアレンジが功を奏しブレイク(その違いは聴き比べていただければ)。

それにより改めて由利あけみ版にもスポットが当たったそうで、その唄というか、歌詞が有名。「あぁ・かぁいぃー・ハナなぁらぁ・曼珠沙華ぇえー...と、浮世亭雲心坊調で唄う小沢昭一の声が妙に記憶にあるのだけれど、それはともかく、このフレーズには聞き覚えがあると思う。

桜井潔に戻り、この方はタンゴ云々もだが、歌謡界に於いて特異な存在と思えるので少し説明したい。おおまかには、日本でのタンゴとはコンチネンタルで(欧州でソフィスティケートされたタンゴ)、そのパイオニア(勧進者)が目賀田綱美だ。1926年(大正15年)、約6年のフランス(パリ)滞在を経て目賀田綱美が帰国、その時、幾枚かのタンゴのレコードを持ち帰る。ここに日本のタンゴの歴史が始まる。そしてサロンを設け社交ダンスとしての波及に努め、またレコードの普及に尽力(=音楽鑑賞)、それにより1928年(昭和3年)には日本ビクターからタンゴのレコードが発売される運びに。ただ、実家は爵位もある名家(勝海舟の孫)=当初、端的には、社交界御用達かのように広まったようだ。

(これは生明俊雄著「タンゴと日本人(集英社新書)」に詳しい経緯が)

エンターテインメントなヴァイオリン

さて、その6年後、1934年(昭和9年)に、日本タンゴ界に一人のヴァイオリニストがデビューする、そう、桜井潔だ。当初、帝都モンパルナス・タンゴでヴァイオリニストとして頭角を現し、翌年には自分の楽団(サクライ・イ・ス・オルケスタ)を編成した。そこで桜井潔が行ったのは、それまでの、端的には、いわば富裕層の文化を、庶民が慣れ親しんだ楽曲&アレンジにより、また演出により、要は、タンゴをわかりやすくした=その裾野を広げた、そこに功績がある。

幾つかのファクターが、まず自分の見せ方(売り方)を知っていたと思しい、編曲の才能に秀でた、そして時局は戦時体制へと急展開を遂げた。ダンスホールは閉鎖&敵性音楽禁止、が、ドイツなど同盟国の音楽でもあるタンゴの演奏は許された。でもホールは閉鎖、そこで例えば軽演劇の箱に出演=ここで色川武大との接点が。軽演劇の箱=聴かせる&見せるに特化なタンゴである必要が(いわゆる庶民層は、芸術性にソフィスティケート云々よりも、娯楽としてのステージを欲した)、俗に例えて、エンターテインメントとしての音楽が求められた。

(旧来のダンスバンドのように、例えばピットに収まるのでなく、ヴァイオリンと共にステージに飛び出しパフォーマンスとしてのヴァイオリンを演奏、おまけにMCも務めた由。この、おしゃべりが出来るという点も希少で、これは今もMCも兼ねる演者は重宝される=意外と少ない)

そこで、まさに才能が開花したのだろうが、ただ、そのようなスキルをいつどこで学んだ&身に付けたのか? と、履歴に謎な点が(特に帝都モンパルナス・タンゴ以前が不明)、天性の物だろうか? アレンジに関しては杉井幸一と坂本政一という二人の協力者を得たことが大きいそうだ(ともに桜井のバンドに在籍、後に杉井幸一は編曲家に、坂本政一は坂本政一楽団を率いる)。それで、パフォーマンス云々はともかく(誰にでも出来るものではない&ヴァイオリニストとしては初だが)、それ以上に「長崎物語」でのようなアレンジ(編曲)に注目したい。

民謡また歌謡曲など日本のポピュラー曲を、例えばタンゴ調に、またジャズとして演奏するなど、つまりは邦楽の洋楽化にトライし続けていた。そこに独創性があり、そこが凄い。以前に紹介の、1928年(昭和3年)の「君恋し(井田一郎アレンジ版、国産初のジャズ)」の井田一郎と並び、この、洋楽化というジャンルでのパイオニアだと思う。そしていわゆるムード歌謡=一種のラウンジ・ミュージックなのだけれど、そのインスト版に於いては、この方が(この曲が)元祖といっても過言ではないはず。

(紹介のSP盤動画に関しては隣接権が消滅であろうと思われる、また権利が消滅もしくはJASRACまたはNexTone管理下に置かれている曲です)

第10回[ディスカバージャパンと日本のうた(色川武大のジャズ)]
第12回[橘薫と三浦時子 (エッチン・タッチン) 色川武大のジャズ]