ウェールズ代表のタレント育成
僅か四国ほどの面積しかないウェールズ。人口は310万人程で静岡県の人口よりも少ない。人の数よりも羊の方が多いという田舎だが、ウェールズにはサッカー文化が根付いている。
カタールW杯ではグループ予選で姿を消したものの、強豪揃いの欧州予選を勝ち抜いてW杯への切符を手にした。ウェールズは欧州の中ではちょうど中央値に当たるような実力で、ロブ・ペイジ監督の下、堅実的なサッカーを貫いている。
黄金期はベイルやラムジーなどを擁して戦ったユーロベスト4であり、黄金世代の衰えとともに世代交代が求められている。ユーロ2024年大会出場に向けて、プレーオフに回っている現場だ。
ただし、ベイルのような目立ったスター選手はいないものの、多くの選手がプレミアリーグやチャンピオンシップでプレーしている選手が多く傭兵揃いのメンバーとなっている。その中でもトッテナムでプレーするブレナン・ジョンソンとベン・デイビスはウェールズ代表の中心選手だ。
W杯2026に向けて
ウェールズサッカー協会(FAW)は2026年のW杯に標準を向けている。カタールW杯のグループ予選敗退を受けて「どのように国際大会で結果を残せるか」という議論が進められている。その中でもウェールズ代表の平均年齢がカタールW杯からの改善点だとRichard Williams氏(ウェールズ代表育成統括)は語っていた。
カタールW杯でのウェールズ代表は全盛期を過ぎたベイルやラムジーといった選手たちが中心選手だった。特に灼熱のカタールでは相性が悪くチームとしても個人としてもパフォーマンスは低調だった。従って、次回のW杯までにメンバーの若返りをする必要がある。
ウェールズ代表は代表レベルになる選手のプロファイルを進めている。その一つに世代別代表を経てA代表にデビューする逸材は世代別代表で28〜34試合以上の出場しているというベンチマークが確認されている。
逆にその基準に満たない選手はその後代表レベルの選手にはなれなかったり、そのまま大成しないケースがほとんどだということだ。やはり、代表としてプレーするには国際試合や様々な環境的影響(プレッシャー、短期集中型、普段と異なる環境下でのストレス)があるということなのだろう。
更には、ほとんどのA代表の選手たちは若くから頭角を表しており、十分な出場機会を獲得してA代表まで上り詰めていることがわかる。従って、代表の環境でさえも、育成年代からタレントの選手の育成は必要不可欠だということだ。
タレントとは
では、どのような選手が『タレント』を持っているのだろうか。現在のウェールズ代表の選手たちやそれよりも下の世代別代表の選手たちを見てみると、遅くともU-10までにプロのアカデミーでプレーしているというデータがある。
また、サッカーのタレント育成に関する研究でもプロになれる割合のデータが紹介されており、プロとして契約できる選手の割合はU-9までにプロアカデミーに所属している選手のうち0.5%程だという。これはイギリスでの研究のため、日本とは多少数値が異なってくるとは思うが、基本的に幼い頃からプロになる、代表レベルになる選手は高い将来性を見せていることがわかる。プロアカデミーもダイヤの原石を見逃すまいとジュニア年代の選手には頻繁にスカウトして練習生としてトライアル期間を与えている。そのためユース・ジュニアユースに比べてジュニアの方が比較的簡単にプロアカデミーのトライアルなどを受けられる傾向にある。
ウェールズの世代別代表では下の画像のような評価基準で選手のタレント性を評価している。
縦軸を将来性、横軸を現在のパフォーマンスで選手のタレント性を評価。
下の画像のように右上のA1の選手は今後A代表デビューするのは確実という選手。逆に左上のA3はポテンシャルはあるがまだ粗削りでパフォーマンスが低調な選手。右下のC3はパフォーマンスは悪くないが、今後の伸び代が少なく、A代表での活躍は厳しい選手。左下はポテンシャルとパフォーマンス共に苦しく、今後は現在の世代別代表の中でも招集が微妙な選手となる。
ただし、いくら将来性があり、現在良いパフォーマンス見せていても大成するかどうかはこれからの育成次第である。また、選手が大怪我をしたり、様々な原因から思うように成長しないケースもあるためしっかりと選手1人ひとりをモニタリングしていくことが重要である。
ウェールズの世代別代表では約1ヶ月に一度程度選手の所属先クラブと提携しながら選手の成長を管理。クラブの方針と共に代表でのフィロソフィーや原則なども落とし込んでいく。特に海外でプレーする選手に関しては頻繁に連絡を取り合いながら、代表での活動期間外ではオンラインでのミーティングなどで調整をしている。
Late Development
また選手の評価基準も選手の誕生月を考慮して評価するようになってきている。どうしても早生まれの選手たちは他の選手たちに比べて身体や脳みその発達が遅れるため、パフォーマンスが後から上がる傾向にあるからだ。育成年代では誕生月によって四つのグループに分けて評価している。
Quartile 4に分類される選手たちは『Late Development』と呼ばれ、晩成型の選手であることが多い。従って、周りの選手たちに比べて成長度合いが低かったとしても、「育成年代では我慢して育てましょう」というような評価をすることがある。特にイギリスではクラブが選手を放出することは当たり前なので、選手への評価は非常に繊細なものになる。もし、放出してしまった選手が晩成型の選手でプロになれる素質があるが今は伸び悩んでいるだけだった場合、クラブはダイヤの原石を投げ捨ててしまうことになる。そういったことが起こらないように誕生月で分類をして、正当な評価をする努力がされている。
最近では世代別代表でも実力で選ばれたAチームとLate Developmentの選手だけを集めたチームの2つを作ったりもしている。ベルギーの世代別代表ではすでにこの取り組みが行われており、ウェールズでもLate Development用のチームを世代別代表で取り入れようとする流れが強い。
私が働いていたカーディフシティのアカデミーでも選手を評価する時には必ず、選手がどの誕生月なのかを考慮して評価が進められていた。ただし、クラブとして抱えることのできる選手の数も日本に比べて多くないことから、どうしても早生まれの選手は競争に勝ち残ることが難しいという背景もある。
下のグラフは2022/23シーズンのカーディフシティアカデミーの選手をQuartileごとに分類したもの。
グラフを見ればわかるようにQuartile1の選手が最も多く所属しており、そこからQ2、Q3、Q4という順番になっている。やはり1つの学年内で競争させた時にどうしても早生まれの選手は他の選手に比べて半年からほぼ1年の差があることを考えると、競争に勝ち残ることができずにクラブからリリースされてしまったり、逆にスカウトされずにクラブに入ることができないという現状があるということだ。
今後、日本でもセレクションやスカウト、選手を評価する際にはLate Developmentかどうかの見極めをすることはスタンダードになってくるだろう。
ユース→プロ
Ritchard Williams氏はタレント性のある選手がユースからプロの環境へカテゴリーを移す際に、プロの環境での出場機会がその後の選手の成長を左右すると言っていた。ここでは名前は出さないが2人のウェールズU-18代表選手を比較して説明した。プレイヤーAはローン移籍でリーグカテゴリーを下げた結果、多くの出場機会が与えられて、すぐにA代表にあげても順応することができると断言。しかし、プレイヤーBはチャンピオンシップのクラブに所属しながらもまだ出場機会は与えられず選手の身体的、メンタル的にA代表に呼べる存在ではないと語っていた。
レアルソシエダで活躍する久保建英はユースからトップチームに上がった際にFC東京U-23で出場機会を確保しており、ブライトンの三笘薫は川崎フロンターレユースから筑波大学でプロの環境に適応する準備をしていた。彼らの成長過程を見てみると、いかにユースからプロの環境への移り変わりが重要かがよくわかる。
当然プロの世界なので結果やパフォーマンスが求められる。それはユース上がりの選手にとってはシビアな環境と言えるだろう。しかし、代表レベルで見た時にプライムエイジと呼ばれるような26〜28歳では代表の中で主力になっている必要があるため、若くから厳しい環境の中で出場機会を獲得して、早くプロの環境に順応することが重要となる。
そういった意味では日本独特の大学サッカーを経由してプロの環境に出ていくのも納得である。18歳でプロに上がるもなかなか試合に絡めずに気づけば22、3歳になっている選手も少なからずいるわけで、大学サッカーで多くの出場機会を得て大卒1年目から結果を出していくというのも日本独自のタレント育成の強みになるはずだ。
「ユースとプロの環境のギャップをどのようにして埋めることができるか」というのは『タレント育成の仕上げ』として、もっと議論が深まっていくと更なる日本サッカーの繁栄に繋がるはずだ。