雷迷テラ ワンマンイベント「1stBlitz」感想(あるいは反省)【前編】
この記事を書くにあたり、テラさんのマネージャーであるマツさんに、記事を書くことの是非を確認しました。悪口でなければ良いという許可をいただきましたので、自由に振り返り記事を綴ります。
プロローグ
生まれながらにして懐古趣味をもっている私は、好むものがことごとく過去のもの――全盛期を過ぎているものばかりだった。何事においても未来を見据えていない私は、物事の始まりを目撃したためしがない。そのことに特に不満を抱いているわけではないが、何か一つでもムーヴメントの発生と発展を見届けることができたらどんなに良いことだろうとも思うのだった。そんな時にYouTubeのホーム画面に現れたのが、雷迷テラのデビュー配信だった。画面に映るVTuberを一年後も応援することになるとは、配信を見ていた時の私にはわからなかった。ただ物事の始まる瞬間を見た気がしただけだった。正確には雷迷テラ(以下、テラさん)はYouTubeより前にIRIAMというところで活動していたのだということを後に知るのだが、それはもう私にとっては問題ないことだった。
私は「欄干代表」という名前でインターネット人間をやっている。それはここ「欄干公式見解」をご覧の方なら大抵知っていることだろう。そんな私のYouTubeアカウントの名前は「ghjk」だ。なぜそんな名前なのかと問われても困る。十年前にアカウントをつくった時、名前を考えるのが面倒でキーボードの「g」から右にずらしながら入力しただけのことだ。テラさんの配信でコメントした時は、通りすがりの視聴者の域を越えないだろうと思っており、名前を憶えてもらうことは一切考えていなかった。しかし三回くらい配信に訪れるとすっかり「gh」という呼び名が定着しており、今さら名前を変えるのは遅すぎるという事態になった。私としても悪い気はしていないため、テラさんやテラリス(雷迷テラのファンを指す総称)から「ghさん」と呼ばれ続けている。
テラさんは事務所に所属していない個人勢だが、VTuberとしての躍進には目を瞠るものがある。やや虚弱体質で活動が滞ることもあるが、基本的にやると決めたことはやり遂げる芯の強さをもつ。その精神で、春にはリアルイベントを成功させている。2024年3月17日に開催された「もぐトーク」なるものがそれだ。私は残念ながら都合により参加できなかった。その日は日曜日で、私はYouTubeで配信の真似事をするのが習慣だった。そうして一人で誰にも構わず喋っていたところ、いきなりテラさん本人がチャット欄に現れたものだから私の肝は大いに冷えた。テラさんはテラリス監視を名目としたサブアカウントをTwitterでつくっており、私を含む多くのファンと相互フォローになっている。だから配信開始を知らせる私のツイートを見ることもできたのだろう。結果として、数人のテラリスまで私の配信に現れ、てんやわんやの一夜となった。普段は一時間で閉じる配信は、一時間半延長される始末だった。舞い上がった私は、次にイベントが開かれることがあれば、必ず参加すると約束したのだった。あの時の私は冷静ではなかったが、イベントのことについては嘘ではなかった。
果たしてテラさんはついに本格的なリアルイベントの開催を告知した。その名は「1stBlitz」。前回は複数のVTuberによる合同イベントだったのに対して、今回はワンマンイベントだ。つまり主役はテラさんのみで、来る客もテラリスのみだ(実は前回もほぼ全員テラリスだったという話だが)。これは行くしかない。イベント開催の告知がなされたのは深夜で、チケット販売は配信終了直後に開始された。人数限定でグッズとサイン色紙がつくチケットもあり、私は即座にそれを仕留めたのだった。
テラリス(実写版)との出会い
私はこの手(どの手?)のイベントに行ったことが本当にないため、どのように行動したものか迷った。テラリスとは主にYouTube上で知り合っているとはいえ、リアルな世界で会うとなると話が変わる。結局のところ初めて会う人ばかりだ。チケットを購入してからの私は、ずっと入学式の気分だった。ちょうどイベントの開催場所は東京アニメ・声優&eスポーツ専門学校という学校なので、なおさら学生気分が抜けない。
それだけではない。テラさんは今回のイベントのために、席次を決めていた。その模様は、メンバー限定の配信で公開されていた。誰でも見られる配信ではないので詳しくは書かないが、「このgとかいう奴をどう処理したものか」という問題提起がなされていた。ついに私は「g」一文字で呼ばれる始末になったらしい。曰く、gという怪異を真っ当な人間の近くに座らせてはいけない。同じくらいパワーのある人間を傍に置くことで封じなければならない。このような対策がたてられていたのだ。
なぜこんな扱いを受けなければいけないかというと、すべては私の行いのせいだろう。テラ様降臨の配信で妄言を一時間以上喋り続けたことは、テラさんに強い印象を与えたに違いない。以来、ghjkにマイクを持たせたら永遠に返ってこないだろうという説が広まることになった。過去に「テラさんへのラブレター選手権」という配信企画で、オリジナル曲を投稿するルール違反(疑惑)に及んだのも私だ。こういったことが重なり、ghjkは何をするかわからないという印象が定着しているらしい。
私から申せば、それは買いかぶりだ。私がなぜ配信であんなに喋り続けているのかといえば、喋る人が私以外にいないからだ。自分が喋らなかったら話にならないからマイクに向かい続けているのだ。他に誰か盛り上がっている人がいれば、私は安心して何もしなくなるだろう。
どのような態度で臨めばよいのだろう。私の迷いは解かれないまま、当日の9月14日が来た。遅れるつもりはなかったが、東京駅という広大な迷路で迷っているうちに開場時刻の13時が迫ってきた。
目的地までの道のりは、前もって把握していたので迷うことはなかった。
あきらかにこれだろうとわかる建物をみつけて、階段をのぼると自動ドアの向こうに立っている人が私を見つけた。もう臨戦態勢に及んでいる。今回のイベントに協力してくださる学生なのだろう(これで先生とかだったら申し訳ない)。
イベント会場に入るためには、チケットのかわりにステッカーが必要だ。前もって購入者には発送されたステッカーを、見てわかりやすい場所に貼ることで、入場許可証の役割を果たす。学校に入った時点での私は、あろうことかステッカーを用意していなかった。忘れたわけではなく、未だに発送用の封筒の中にしまったまま持ち歩いていたのだ。謎のもったいない精神を発揮して、シール貼りもできない情けない私だが、受付の方たちは私の姿を見るなりテラリスだとわかったらしい。いかにもなテラリス・オーラが放たれていたのかもしれない。すみやかに五階へ案内され、リサーチ通りの道を通ると、そこには紛れもなくイベント会場があった。そこにいる人たちは、スタッフの方々と、そしてテラリスだった。
テラリス……実在したのか……やべえ、全員人間だ。これが私の率直な感想だった。猫とか謎の生き物とかが動いているわけがない。これがリアルイベントなのだった。
茫然と立ち尽くしていると、まだグッズを受け取っていない人はいないかというスタッフからの問いかけがあった。それは明らかに私のことだった。これを受け取らなくては、わざわざグッズ&サインつきチケットを買った意味がない。
会場に最後に入った者は私であることは、学校に入った瞬間からなんとなく察していた。テラリスたちの環は既に温まっており、賑やかに会話が繰り広げられている。イベントが開始される前に、テラリスの皆様と親睦が深められるのではないかという考えもあったが、甘かった。なんといっても、前回のリアルイベントに参加した者もいるわけで、既に仲間が形成されている。二回目かつ遅れて参加してきた私は、テラリスが人の形をして実在している事実に当惑して、どう切り出したものかまるでわからなかった。そうこうしているうちにイベントは本格的に開始されようとしていた。テラさんのマネージャーであるマツさんが、もうすぐ始まることのお知らせをしたのだ。我々は居住まいを正して、やけに緊張しているマツさんをなぶりつつ、テラさんの出現を待機するのだった。
雷迷テラとの対話
会場に入ってから、私はずっと無言だった。他のテラリスから声をかけられることもなかった。そのことが問題だとは思わない。実際、テラリスにとっては私の姿は異様なものであったに違いない。まだ夏が去らない日にジャケットを着ているのは私だけだった。簡単に言えば(幾分カジュアルな)スーツを着ていたことになる。そんな人間が渋面をつくって足や腕を組んでいたら、人が寄り付くわけもない。
私としては、いつもふざけてばかりいる自分とは打って変わっての、冷静沈着、深窓の令嬢といった、シックなghjkを演出したかった節がある。新機軸をここで打ち立てようという心構えだ。
というのは嘘で、ガチガチに緊張していたというのが正しい。テラリス全員を前にして座っていたマツさんや、ヴァーチャル画面越しに私の姿を捉えたテラさんなら見ていてもおかしくないが、私は震える手でいろはすを飲んでいたのだ。ボトルを見ると、飲み切らないうちからくしゃくしゃになっており、早すぎたエコロジーを採り入れていた。
画面に登場したテラさんを見て、私は昂揚というよりも安心した。生身のテラリスに囲まれるより、いつもと変わらないテラさんが環境は違えど同じ形式で現れた方がよっぽどリアルで、日常的だったからだ。変な話だが、良い意味で感動がなかった。そのことに感動している。
しかしそれは束の間のこと、さすがリアルイベントというだけあって、テラさんは直接的にこちらに絡みにくる。テラさんが最初に語りかけた相手は、ぺこぺこさんだった。前回のイベントでお菓子の差し入れとともにやってきた経験をもつ剛の者だが、今回は食事禁止という規則により同じ効果は発揮できなかったものの、もちまえの覇気で存在感を周囲に放っていた。相手がテラさんでも構わず、「俺を最初に話しかけて来るの前回とおんなじやん」などとズッ友調で応じる態度には、驚くしかなかった。私以上の怪異だと思った。このghjk以上の怪異が私の左隣にいるのだ。さっきから会場で一番盛り上がっているのは、ぺこぺこさん周辺の一帯であり、この人さえいれば空気が冷えることはあり得ないだろうことがわかるのだった。
ぺこぺこさんとのやりとりを終えたテラさんは、「この人大丈夫かな、マイクを握ったら離さない人がいる」というので、今までの記憶からいくと私のことかと思ったが、「黒メガネをかけている」という追加情報が私の傍を勢いよくすり抜けた。ほな違うか……
これは、テラさんが「俺かと思わせといて全然違うところを指す」という高度なユーモアを意図していた可能性が5%くらいある気がするし、だとすると私は膝から崩れ落ちる演出くらいするべきだったのかもしれない。
実際にスタッフの方からマイクが渡されたのはアマギソウマさんだった。テラさんからは直球で「おじさん(イケイケの)」と呼ばれていた。ソウマさんは、がっしりと鍛え上げられた体格をもち、受け答えもはっきりしており、ぺこぺこさんとは違う意味での覇気をもっていた。ソウマさんは私の右隣にいる。テラさんはghjkという難物を封じるために、同じくらい威力のある人間を投じるという策を講じたわけだが、そのエージェントがぺこぺこさんとソウマさんだったことになる。ソウマさんは「キャラが濃いテラリスがいて勝てるのかとドキドキしている」と言っていたが、後に大健闘を果たすことになるので、今となっては謙遜にしか聞こえない。
結局、私はソウマさんの次にマイクが手渡された。テラさんは、はじめに私の格好についてふれた。暑い日にたったひとり長袖を着ていることについて言及してきたので、私は「デジタルタトゥーがあるので(肌を見せられない)」と答えた。ちなみにこの日、私が着て来た衣服はすべてイベントのために新調したものだった。
さらに「追いはぎ厳禁です、温泉もNGです」などとも言おうとしたが、埒が明かないと察したであろうテラさんは次の話題に切り替えた。
「ghさんは配信には来てくれるけど、気づいたらぽっと出てきますよね。こんテラとも言わずに。だから雷迷テラへの想いが他のみんなより少ないんじゃないかと思って……」
いつのまにかテラさんは私の罪を数えだした。ええ? 処されるのか? チケットに八千円払って? 確かに人間一人を処するのに一万円程度は安いかなどと考えているうちに、テラさんは質問をするのだった。「雷迷テラのどんなところが好きか、答えてもらってもいいですか」
私は咄嗟に「声が良い」と答えた。「私の意識の中には形而上の一本のラインが厳然とある。これは人の声の高低を指す物差しであり、テラさんの声は一つのラインの下に存在する。これが私の好むところの音色であることは言うまでもない。下回ることによってこそ上回るという逆説がここにはある」といったことを私は言ったようだ。
なるほど、それは正しい(テラさんからは「わけがわからない」と思われたようだが)。実際テラさんが優れた声をもつとはテラリスの中で定説になっているからだ。高音ではない声を好みやすい私のような人間にとって、テラさんは待ちに待った存在だ。
しかし私は、上記の意見を言った直後に、自分の回答は間違えていたのではないかと思った。それはテラさんの声は実は良くないと言いたいのではない。そうではなく、声が良いなんてテラさんは今までに何度言われているかわからないだろうという話がしたいのだ。ghjkはひどく無難な回答をして誤魔化したのではないか? ならばそこをどけ! この私に任せろ。その場面ではこう答えるものなのだよ。
私にとってテラさんの好きなところ、それはテラさんが「清楚系」であることだ。テラさんのヴィジュアルを見ていると、色合いが暗めで、さわやかとは逆の印象を抱く。声も低音だと本人が言っていることも加味すると、どうしてもクールな人だと感じる。ところが実際にテラさんの言動を見ると、想像よりもはるかに気さくだということがわかる。これは関西弁を話していることで大きな効果を与えているのだろう。テラさんをASMRで知った人は、ASMRでの声の調子と、地声でのしゃべり声とで小さくはないギャップを抱く人もいるようだ。明朗な口調、笑い声を聞いていると、人柄や繰り出す話題も粗野になるのかと思える。ところがテラさんはどこまでも品性を保つ人だ。これが雷迷テラ清楚説のゆえんだ。ただおしとやかなのではない。最初の印象から二転三転するギャップが、鮮やかな効果を生み出しているのだ。
テラさんのことを思うと、髪色が天然の茶髪で、目つきも鋭く、どう見てもヤンキーにしか見えないのに性格は滅茶苦茶まじめだった土井君のようだと思う。ということはテラさんも土井君のように、交差点の信号が点滅する段階で渡ってはいけないと家族を牽制するのだろう。テラさんを見ていると、土井君を思い出して、懐かしい。そして、私のような清廉潔白な人間とも波長が合う。テラリスの皆様も、実に分別ある人だ。なんだかんだいって、上品なあつまりだと思う。それはテラさんという本尊がなせるわざであり、とても居心地がいい。
どうせわけがわからないことを言ったくらいだから、上のようなことを言ったところで、私の権威は失墜しないだろう。いかんせん説明が長すぎるようだが。
テラさんから追及された罪状に関しても、私はなにかと弁明したい。
要するに「出席率が謎」「コメントの仕方が急」「明確に好意を伝えない」といった三本の矢が投げかけられたわけだが、「ち、違うんです!」と弁明をしなければならない。決して磔刑を望んでなどいないのだから。脱獄などいくらでもできたのに敢えて毒をあおったソークラテースのように、私はなれない。
なぜ私の出現率が悪いかといえば、それは近頃のテラさんがASMRを主軸とした活動をしているからだ。ご存じないかもしれないがASMRはリラックスするためのものだ。少なくとも私はASMRをリラックス用途として聴いている。そんな時にコメントを入力していたら、落ち着かないだろうがというのが私の主張だ。「野菜はおいしいから食べるんだ」と主張するホリエモンの気分はこれかと思う。
ろくに挨拶をせずに、いつのまにかチャット欄にいるのも、会話の流れをぶったぎりたくないからだ。ほかの人がやってはいけないということは言わないが、私は「こんてらー」などと挨拶せず、今テラさんが話している話題に自然に乗りたい。
かててくわえて、小生は直接な言葉で伝えることがあまり得意ではないのであり、言葉の不確実を感じるというポストモダンの風を受け継いだために、ゆくゆくは群像新人賞を受賞することは必須というものでございましてな……
このようにテラさんと話している間に、私は頭の中でいろいろなことを思ったのだが、それをすべて言葉にすればとても終わるものではなかっただろう。どうやらテラさんが言うマイクを持たせたら時間が無限になるという説は嘘ではなかったらしい。
続いてテラさんは物販コーナーから何か買えたかという質問もしたが、私は遅刻寸前でやって来たばかりなので「何も買えませんでした」と言うしかない情けない展開もあった。
なんとか致命傷で済んだ私に、テラさんは最後の言葉として、主に服装からの判断で、私を政治家のようだと捉えた。私は「汚職をしないよう頑張ります」と言った。混乱の淵に迷う私にしては、まずまずの回答だったのではないだろうか。テラさんとの対話が終わっても、私の緊張はほぐれなかった。テラリスと対話する時間を終えて、テラさんは、「皆さん、テラリスと仲良くやっていけそうですか?」と問うていたが、私は激しく首を振りそうになった。いや多分振っていたと思う。
ぺこぺこさん、ソウマさん、私は、会場の座席のほぼ真ん中にいた。我々への問いかけを終えると、テラさんは前列の端から順に語りかけた。簡単に言えば目立つ奴を一通り狙ってから、通常のモードに切り替わったということだ。そうなると自ずと最後にテラさんと話す人も決まるわけで、「え、俺が最後になるの……?」という絶望の声も私の右斜め後ろから聞こえた気がしたが、まあ良いではないか良いではないか。谷村新司の歌にも「恋に落ちた女はいつも最後の女になろうとする」という節があるではないかいやでもこれ女性視点だったな。
前もって聞いた説明だと、ここらへんでテラさんへの質問コーナーがあるという話だった。だからテラリスは何かしらテラさんにお伺いしたいことを考えたまえということだったはずだ。しかし、会場に着いたばかりの人もいることを考慮して、グッズを見れなかった人もいるから、早めにいったん休憩に入るということになり、質問コーナーはなかったことになった。僕のせいなのか。僕が槍を抜いたから……(碇シンジ)
「最初はghちゃん呼びだったのに、さん付けになったのはなぜか」とか、考えていたのにネ。
阿諛追従
休憩になったからといって、どうしたら良いのだろう。テラリスの動きを見ると、見慣れないテラさんのお写真が飾られている方へと吸い込まれている。ここに寄せ書きを書いても良いとは、前もって聞いていたことだ。というか、テラリスなのに書かないとは薄情者だろう。もちろん私も書くことにした。
テラリスがテラさんへ贈る寄せ書きはこれが最初ではない。有志によって寄せ書きメンバーが集められ、登録者数一万人記念だとか一周年記念だとか、めでたい局面に合わせてメッセージを書く出来事が三回くらいあった。私はほとんどのテラリスと没交渉なため、寄せ書きを書いたことはない。だからこれが初だ。さて、どう書いたものだろう。先述の通り、混乱のさなかにある私は以下のメッセージを記した。
「移りゆく時の中で私は変らざるを得ないものもありましたが、その中でもテラさんは今日も輝いていたのだった。あゝ素晴らしき日々。続く/ghjkl;::]」
途中まで丁寧語だったのに文末がだ体になっているのが奇妙だ。これも即興の面白みだろうか。ジャズに関心があるので。いや普通に失敗したと思っている。
私が言いたかったのは、インターネットという空間において、継続して活動を追い続けることができているのはテラさんくらいだということだ。これは本当のことであり、今後もそうでありたいと思っている。
相変わらずどうしてよいかわからない状態で、いったん席に落ち着こうとした。そこで思わぬ人が私に声をかけてくれた。今回のイベントでの紅一点となった、っっっさんだった(全部が促音になっているからといって発音不可ということはなく、普通に「つ」を三回言えばいいだけのことらしい)。テラさんとの対話でも言われていたことだが、っっっさんはテラさんと同じく後ろ髪が黄色く染まっていた。テラさんが容姿を絶賛していたのもその通りだが、っっっさんは今、世界で最も雷迷テラに近い人物として我々の前に君臨している。
っっっさんは今回のイベントのために、テラリス全員に手描きイラスト・カードを配布していたのだった。私に向けてババ抜きの如く複数のカードを差し出した。私は最も隠れている一枚を抜き出した。幸いにしてハズレではなく、ちゃんとテラさんのお姿が描かれていた。
っっっさんはテラリスの中でも圧倒的に絵心があり、イベント直前に迎えた雷迷テラ一周年記念の際に、愛嬌あるテラさんの微笑みをアニメーションで表現してみせ、多くのテラリスとテラさん本人を驚かせた。その感動は私にも響いており、っっっさん本人に「あのすごいアニメが、すごくて……私は、すごいと思って……つまり、すごかったでしたなんですよね」などと供述させていただいた。
慈悲深いっっっさんに人間扱いされたことで安心したのかというと、自分でもよくわからない。一つ確かなのは、最初に受け取ったグッズを改めて確認する余裕ができたことだ。
半透明のビニール袋の取っ手には、ひもが巻かれ、そこには紙に書かれたメッセージが添えられていた。もちろんテラさんによる直筆だ(ゴーストライターだったら泣く)。短文で、およそこんなことが書かれていた。
「今日のイベントでは一番さわいでね!」
なるほど、そっちのモードで行けということか。少なくとも冷静沈着なghjkの出番は最初からなかったようだ。これは期待に応えなくてはならない。主命とあらば──
ただし、さわぐにしても方法が大事だ。今から急に大声を出しても、命令通りにはなるだろう。しかしそれでは唐突すぎる。道や駅でいきなり奇声を発すれば異常者にしかならない。私はそういう人間になりかねない。正当にやかましい人間になるためには、仲間が必要だ。それにしても、イベント初参加であり、しかも実質遅刻した身である以上、既にできあがっている環の中に入るのは容易ではない。私が会場に入った時点でもう賑やかなグループは形成されていたのだから、これ以上なにを加える必要があるのかという話だ。
それでも、私は無遠慮にやる気でいた。私にはわかっていた。今から「さわぐ人」になるためには、「タカぺこ」コンビを攻めるのが最優先だと。私が会場に入った時から続く喧噪は、主にこの二人が発生源だった。自分の方向性に応じた人脈と打ち解けた仲になること。これが政治家としての手腕だ。
幸いにして、二人とは何も接点がないわけではなかった。
「タカぺこ」の「タカ」の部分は、タカたかさんを指す。本稿では初登場だが、テラリスを語る上では欠かせない人物だ。それはテラリスの中でも群を抜いての高身長だとか、唐突な激務でグロッキー状態になっていたとかいろいろある。それはともかく、私とも個人的な交流があった。タカたかは私がやっていた妄言配信にて盛んにコメントをしてくれており、どれくらい助かったかわからない。とにかく恩義があるのだ。
ぺこぺこさんとは直接の関係はないが、感謝しなければならない局面が一度あった。後述の通り、私の代わりに誕生日を祝われたという出来事があったからだ。
イベントで最も賑やかな会話が繰り広げられていたのは、主にタカぺこコンビだった。二人の仲は前回のイベントで固められたものらしい。この二人と私は何らかの形で関係があったのだから、話しかけやすい。
とはいえ、難儀なものだった。私は人の形を認識するのが苦手な傾向にあるため、近くに立っている人物が本当にぺこぺこさんなのかどうか最後まで疑わしかった。一応言っておくと、ぺこぺこさんは一度紹介されたら二度と忘れることができない存在感を放っているはずなのだが、私はどうも能力なしなので難しかった。「ぺこぺこさん……? あれ、違う?」という念のための確認をすることによって事なきを得た私は、早速感謝の意を伝えることにした。事のてんまつは以下の通りだ。
①テラさんの年越し配信(2023年12月31日)がはじまる。
②ビンゴ大会が開かれるまでの間、テラさんはテラリスとともに今後の配信企画を考えることに。
③特定のテラリスの誕生日を祝う配信をやろうという案が出る。
④名物リスナーであるかなめさんの口調を誰が一番似せられるかというコンクールを開こうという案も出る。
⑤いつの間にか二つの案が悪魔合体して、誕生日の祝いの言葉をかなめ構文で綴り、コンクールを兼ねることになった。
⑥誰の誕生日を祝うかは、ビンゴ大会で十番目にビンゴした者を対象とする。
⑦九番目で私(ghjk)がビンゴになったと思ったのも束の間、ぺこぺこさんも同時にビンゴになっており、先に名乗り上げられる。
⑧ghjkとぺこぺこさんのどちらを祝うかについて、誕生日が先の方を選ぶことに。
⑨結果、ぺこぺこさんの生誕祭が配信上で開かれることになる。
↑ビンゴ大会、または運命の分かれ目
↑ghjkが匿名で告白した真相(即バレた)
考え方次第では、私を差し置いて誕生日を祝われる権利を得たぺこぺこさんこそ、私に借りをつくっているとも言える。ところで、私はいつもの秘匿主義により、自分の誕生日すら言いたくないという癖が出たため、たとえ相手がテラさんだとしても明かしたくないし祝われたくないという心境があった。だから私とぺこぺこさんが同時にビンゴになった時、頼むからぺこぺこさんの方が祝われてくれと願ったことを憶えている。結果、ぺこぺこさんの方が圧倒的に早生まれだった(生年は不問とされた)ため、私はどうにか危機を回避することができた。だから私はぺこぺこさんに感謝の思いがあり、会った時には伝えたかった。
生誕祭配信はまだ2024年になって間もない時期で、早くも遠い日のことになっている。それでもぺこぺこさんは、「誕生日の縁が……」と私が言うだけですべて理解してくれた。そしてあの日々、起きたことを振り返ると、そのあまりに奇妙な企画の連続に、我々は途方に暮れるばかりだった。視聴者の誕生日を祝うためだけに枠を立てることだけでも奇妙だが、さらに名物視聴者の特徴ある口調を真似してお祝いのメッセージを送り、そこから最優秀賞を選考するなど、前代未聞だろう。「史上初やろうな」とぺこぺこさんも言っていた。あの時のテラさんは少々いかれていたのかもしれない。ただし、そのおかげで私はぺこぺこさんと繋がることができたのだ。
ほどなくして、タカたかさんとも話す機会が得られた。タカぺこコンビと言われるだけあって、二人はだいたいいつも近くにいた。
タカたかさんは以前から私と絡みたかったと言ってくれた。最近は予定が合わず私の配信を見に行けずにいると詫びるようだったが、私は私でパソコンの不調が募るなどしてまともな活動ができずにいるので、むしろ謝るべきはこっちなのだった。タカたかさんが日々職務に追われているとは普段から聞いているが、会ってみると嘘のように健康的な姿をしているのには驚いた。自分のことをでか物などと自嘲気味に言うタカたかさんだが、私にはとても笑うことができなかった。いたって好青年なのだから、巨人だとか揶揄することすらおこがましい気がする。
かくして私はタカぺこと正式に友好を結ぶことができた。人望ある二人の周辺には人が集まっており、ついでと言ってはなんだが、ghjkは害ある人間ではないということを知らしめることができたと思う。
そうこうしている内に休憩時間は終わり、第二部の幕開けとなった。そしてここからが本当の闘いなのだった。
(思った以上に長くなったので次回に続く)