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MSX総選挙・本体編 12機種一挙紹介

MSX40周年を記念してイベントofficial様がMSX総選挙を行ってくれました。統一規格だったMSXは世界的に見ても極めて多くの機種が発売されています。パソコンが超個性的だった時代を振り返り、その偉大なる軌跡を追ってみたいと思います。



第1位 FS-A1(松下電器)1986年10月


80年代の狂気を感じさせる広告。

やはりトップはパナソニックA1。MSX2大ヒットの立役者としてMSX中興の祖とも言える存在でした。とにかく29,800円という低価格は破壊的で、MSXのみならず当時のホビーパソコンの概念を覆すインパクトがありました。
当時を知る人ならばあのアシュギーネの強烈なCMを見た方も多いと思います。
僕はMSX勢力拡大をもくろんでいた時期で、松下の営業マン張りにファミコン連中に猛烈に売り込みをかけていました。
多くの人々の想い出に残るMSXを象徴するマシンだと思います。

FS-A1 MKⅡのCM。剣を振り回し暴れまくる爬虫人類アシュギーネのインパクトは絶大でした。


1986年末商戦の台風の目となったのでした。



多くの雑誌に掲載された広告。


このボックスが家電量販店に山積みに。
アシュギーネとMSXの関係はいったい何だったのか?それは僕にも解りません🤣


僕も友達から譲ってもらって現在も所有してます。

第2位 FS-A1GT(松下電器)1991年11月


最後を飾ったMSXの最高峰。メインメモリ512KB、MIDIインターフェイスを標準搭載したMSXの集大成とも言えるturboRマシンです。
この時期になるとMSXをゲーム用途で購入する人は皆無で、何かしらの創作活動をするのが目的でした。僕の周りでもMSXturboRを入手した人は全員各方面のプロになっています。


第3位 FS-A1F(松下電器)1987年11月


1987年当時フロッピーディスクドライブはまだまだ高価な存在でした。しかし他機種ユーザーからしてみれば「FDDの無いMSXはおもちゃ」と揶揄される格好のネタだったと思います。実際CGや音楽、プログラミングをするのにテープ保存では限界に来ていたことも事実でした。
FDDを標準搭載して54,800円という価格は、MSXが真の意味で日本のホビーパソコンの標準機になった革命的機種だと思います。テンキーを追加、キー配列が50音順からJIS、漢字ROMを内蔵など多くの点でゲーム主体だった初代A1からの脱却を図っています。


マニュアルも充実していました。しかし表紙を見るとPCの説明書に見えません😁


僕所有の FS-A1F。前面左にFDDが搭載されています

第4位 FS-A1WSX(松下電器) 1989年10月


マスコットキャラはスパーキー君。1988年にパナソニックがMSXマスコットに起用したジョージ・ルーカス監修のロボットキャラクター。通称メカ波平。

MSXturboRはかなり特殊な機種だったので、MSXの完成形として多くの人に愛されたマシンです。ゲーム、プログラム、ワープロとバランス良く楽しむことが出来ました。5.37MHz高速モードも魅力です。
定価は69.800円でしたが実態価格は5万円台でコストパフォーマンスは抜群でした。


黒を基調とした落ち着いたデザイン。

第5位 HB-F1XD(ソニー) 1987年10月


これでもかというイース広告

ライバルのFS-A1Fと対照的にゲームマシンとしてのFDD搭載機として人気だった機種です。FDD部分が赤くカラーリングされたデザインは、16bitのエンブレムが光るメガドライブと通じるものがありましたね。スピコンや連射機能はゲーマーに嬉しい装備でした。
CMや広告では『イース』プレゼントキャンペーンが猛烈に打ち出されていました。僕は友達をそそのかしてHB-F1XDを購入して貰ったら、僕の松下のMSXだと「SONY ONLY!!」と表示されて止まってしまうという鬼畜仕様!そりゃないよソニーさん。

「あなたはイースが欲しくなる」という煽りが凄いCM。悪友FM7君が「じゃあPC88でいいじゃん」と突っ込んでましたが、こまけぇことはいいんだよ!!🤣


FDDが強調されたカラーリング




イースキャンペーンの非売品。なぜか持ってます。


ムカついたのでエミュで強引に起動してやりました😁

第6位 FS-A1ST(松下電器)1990年10月


MSXturboR第一弾。僕は当時この進化についていけず、購入を断念した苦い記憶があります。しかしMSXturboRは販売数の少なさにも関わらずMSX総選挙の上位に2機種も食い込んでいます。これはturboRがユーザーに深く愛されていた証明とも言えるのではないでしょうか。


第7位 HB-F1XV(ソニー) 1989年10月


創作ツールとしてのMSXを前面に押し出しています。

ソニーMSXの最終機種。HB-F1XDと対照的にゲームより創作ツールとしての充実を図ったマシンです。ワープロ、シンセサウルス、F1ツールディスク等、クリエイティブディスクが3枚付属していました。これはゲームマシンとしてのMSXが徐々に変化してきたことの表れだと思います。


HB-F1XDと対照的な落ち着いたデザイン。高校生あたりがターゲットだったのかな。

第8位 HB-101(ソニー)1984年10月


スタイリッシュMSXの筆頭格。パソコンはシャープな直線で構成されるという常識を覆し、欧州スポーツカーを思わせる優雅な曲線デザインを採用しています。カラーバリエーションとしてレッド・ブラック・アイボリーの3種類が用意されていました。僕は断然赤を推しますね。仲間内ではフェラーリMSXと呼ばれていました。

この広告も芸術的でした。

シド・ミードデザインのMEZZOのCM。凄すぎます。


この側面からの広告はイカしてますよね。


「オリベッティのタイプライタ」「ルイジ・コラーニばりの曲線」MSXマガジンも絶賛

第9位 HB-11(ソニー)1986年2月


ソニーのMSX1最終機種。ワープロと漢字ROM内蔵で、中三までの英和辞書が付属した中学生近辺をターゲットにした教育用MSXです。
HB-101も同形なんですがカーソルキーの中央部に開いた穴に付属のスティックを挿し込み、ジョイスティックのように使用するギミックを搭載しています。ただこのスティック部分がすぐどっか行ってしまって、僕の友人はガンプラのライナーで代用していました。


使う楽しさが伝わってくる広告。中学入学を機に買ってもらう人も多かったのでは。

第9位 PV-7(カシオ)1984年10月


やはり29,800円という価格が大きく記載されています。

MSX界におけるカシオの存在を決定付けた低価格マシン。他機種ユーザーがMSXをからかう格好のターゲットとなり「劣化ファミコン」「PC界の面汚し」「パソコンモドキ」と散々な言われようでした。しかし安売り家電店やおもちゃ屋、果てはパチンコの景品としても流通したPV-7は多くの人々の「初めてのパソコン」として愛されたのでした。意外にもその拡張性は高く、多くのアタッチメントが発売されていてこれも子供心をくすぐりましたね。
最大の欠点はコナミのSCCが鳴らないことで、グラディウス2発売時には多くの悲劇を生みました。この話はまたいずれ😁

1985年年PV-16のCM。佐倉しおりさんが無垢な少年を惑わす美少女を熱演。


佐倉しおりさんがイメージキャラクターに。




僕はカシオMX101とMX10、拡張ボックスのKB-10を持ってます。


カシオのこの路線はMX10に引き継がれていきます。

第9位 FS-A1WX(松下電器) )1988年10月


松下のMSX2+参入第一弾。A1シリーズではじめてワープロソフトを搭載していて使い勝手はかなり良好。後継機のFS-A1WSXはS端子を付けた代わりにカセットテープ端子を削除されているので、テープゲームを遊ぶときは重宝しますね。

販促ビデオMSX2+ パナソニックFS-A1WXのPV。PCショップで流れていました。

FS-A1WXも黒を主体とした落ち着いたデザイン。


僕は兄弟機のFS-A1FXが愛機です。FM音源が内蔵されていないタイプ。

第12位 HB-F900(ソニー)1986年10月


MSX唯一無二のプロ仕様マシン

148000円の最高価格を記録した、まさにMSXの帝王とも言える風格を持ったマシン。「HiTBiT PRO」の愛称は伊達じゃありません。
AV関連に強かったソニーが威信を賭けて設計したフラッグシップマシンで、MSXの中でも異彩を放っていました。
僕の学校の放送部で長年使用されていましたが、各所で編集機器専用のMSXとして活躍したのだと思います。
同型のHB-G900Pが欧州で販売され、ソ連の宇宙ステーション・ミールに搭載されるという伝説を残しています。きっと衛星軌道上の神々の統べる地から我々MSXユーザーを見守ってくれていることでしょう。


ソニーのフラッグシップマシンとしての貫禄十分です。


当時としてはかなりの性能のAV編集機能を持っていました

MSX総選挙・本体編 結果発表(20位まで)

今回の総選挙はMSX40周年記念イベントofficial様のご尽力があってのことでした。現在でもMSXユーザー同士が繋がれているのは、様々な人々の努力があってのことだと改めて感じました。一人のMSXユーザーとして心から感謝したいと思っています。


僕のコメントが採用されて感激😍


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