【価値】事例2. 内部監査でお客様が求めていたもの
本記事は、実際に筆者が経験したプロジェクトについて、特に「トラブル」の内容と、「PMBOK第7版 の観点を踏まえた対応内容」や「解説」を記載しています。
PMBOK 第7版を知らなくても、何となく理解できるように書いていますが、言葉が分からなくなったり、もっと詳しく知りたいという方は、必要に応じて下記の2つの記事を参照しながら読んでみてください。
PMBOKの中で、「価値」というテーマは、最も難しいところだと思います。
なぜならば、個人の価値、上長の価値、組織の価値、会社の価値、それぞれ異なる場合があるからです。
今回の記事は、まさにこの違いを体現するかのような内容です。
ちなみに、「顧客が本当に必要だったもの」の風刺画を見たことがある方も多くいらっしゃるのではないでしょぅか。
今回はのお話は、それに近い観点もあります。
1.案件の概要
今回の事例は、海外グループ会社の内部監査の話です。
私はベンダー側の立場のPMとして、このプロジェクトを受注しました。
お客様によると、
これまで内部監査は、本社事業部門や国内のグループ会社を中心に実施してきたが、海外のグループ会社に対しても、内部監査の対象範囲とする
というものでした。
実際に中国、シンガポール、ロサンゼルス、ロンドンへお客様と出張し、監査項目についてヒアリングや、現地調査を行うことが予定されていました。
なお、初期段階で想定される「価値」については、一般的に下記の内容が考えられました。
なお、PMBOK第7版における「価値」の考え方については、下記の記事で補足していますので、気になる方はぜひ、ご一読ください。
監査を未経験の読者向けに少しだけ補足しますと、
社内規定や法律、各種公的なガイドラインなど守るべき基準に対して、順守・未順守の判定("〇" or "×")を行う。
判定は、監査員の主観や感覚に依存しないよう、準備段階で確認方法や、"〇" "×" の判定基準を定め、「監査手続き書」としてまとめる。
現地訪問し、「監査手続き書」をもとにヒアリングや目視での確認等を行った上で、その結果を「監査レポート」としてまとめ、提出する。
といった流れになります。監査に慣れている立場からすると、社内規定などの要件を見れば、機械的に「監査手続き書」は作成できますし、現地訪問時は準備した「監査手続き書」をもとに実施するので、一部のイレギュラーなシチュエーションを除けば、淡々と終わるプロジェクトです。
しかし、監査未経験にとっては、お作法や王道とも言える確認方法など知る由もありません。1つの例を下記に示します。
さて、このような状況で、どのように"〇" or "×" を判定すれば良いのでしょう? 慣れていない人にとっては、きっと頭を抱えるはずです。
意外と、知らない人にとっては、簡単に行き詰まるのが監査なのです。
今日のお話は、監査技法の深堀りではないので、例の話はここで止めますが、最初に"監査"というお題目で提案依頼が来ると、"やり方が分からないのかな?"とか、"外部専門家の名前を借りたい(権威性を使いたい)のかな?"という観点で、価値を提供しようと考えがちなのです。
2.プロジェクト開始後に見える価値
実際にプロジェクトを進めていくと、各ステークホルダーの新たな「価値」に気付くことがあります。また、逆に言えば、私は常に探り続けています。
さて、このプロジェクトの場合は、「監査手続き書」の作成や、現地訪問の準備などが進んでいきます。キックオフや準備段階のお打ち合わせで、早々に別の「価値」が見えてきました。
まず私が、監査の担当者とお話ししたときに気づいたのは、「英語力」です。
海外では多くの場合において、英語でコミュニケーションを取る必要があります。日本語では簡単にできることであっても、言語の壁がそれを阻んでしまうのです。
また、専門用語になればなるほど、適切な英単語を使わないとコミュニケーションが取れないことも多々あります。もちろん、「監査レポート」も、英語で海外グループ会社に提出する必要がありました。
また、監査部門のマネージャーのニーズとして、「安心・安全面」という観点がありました。
監査部門に所属するメンバーは、海外経験が少なく、マネージャーの目線からすると、自部門のメンバーを海外出張に送り出し、無事に帰ってきてくれるかが心配なのです。
海外に慣れている方は、あまり気にならないかもしれませんが、異国での滞在経験が少ないマネージャーは、下記のような不安や心配でいっぱいになっていたようでした。
"海外グループ会社" という言葉がある時点で、上記のようなニーズに驚きはありませんでした。
メンバーも海外経験豊富な要員で固めていましたし、正直なところ、"そんなこともある" くらいの感覚です。
むしろ、「英語力」や「安心や安全」というニーズを早期に探れたことで、雑談のネタが生まれ、会話が盛り上がりました。
(中国は普通にやってもGoogleで検索できない、Google Map もまともに使えない、朝タクシーを呼んでも来ない、歩道は音のないスクーターに気をつけて、ホテルはこのグループにしたらインターネットが・・・などなど・・・日本と違うことは多々ありますね。)
さて、準備段階までの「価値」を改めて整理すると、下記のとおりです。
この時点までは、正直、何の面白みもない、ただの監査案件のお話に見えてしまうかも知れません。
私も準備段階までは、何の変哲もない、淡々と消化する案件と思っていました。
3.出発当日、ラウンジでお酒を入れた瞬間
さて、出発当日。
私は、とある航空会社の上級会員であったため、お客様を航空会社のラウンジに招待しました。航空会社のラウンジでは、お料理やお酒が無料で提供されています。
出発は日曜日でしたし、せっかくなのでお酒を飲もうということになりまして、乾杯して雑談が始まりました。
そして、数十分、何気ない会話が続いた後、お客様からポツリと、こんな発言がありました。
今の仕事はつまんないし、履歴書にも書けないんだよね
よくあるお仕事の愚痴です。
プロジェクトの中でお客様と会話していると、このようなネガティブな発言が出てくることがあります。
一緒にお酒を飲む中での、何気ない会話です。
皆さんはいつも、このような発言にどのように対応していますか?
このまま会話を流してしまっても、お客様の満足度は、きっと下がる事はなかったと思います。まして、今回の監査レポートの品質についても影響与えるものだとは考えにくいです。
ですが、こういった何気ない発言、特にネガティブな発言については、お客様の潜在的なニーズを呼び覚まし、新しい価値やバリューを届けるチャンスでもあります。
私は、お客様の何気ない "ぼやき" から、状況を詳細に聞いてみることにしました。
そうなんですね。つまらないって、今のお仕事、どんな状況なんですか?
たったこれだけの質問です。
そこから、お客様の長い愚痴が続くことになります。全ての内容をここに書きはしませんが、要約すると、下記の通りです。
・ 今の監査業務は、効率化されすぎてしまい、機械的かつ単純業務である。
・ スキルアップにつながるとは考えにくい。
・ いつも同じ業務でつまらない。
私は、少し驚きました。
"業務効率化" と言うキーワードは、読者の皆様も良く聞いたことあると思います。
基本的にこのキーワードは、生産性を高めるものとして、ポジティブに受け止められるべき言葉です。
それにも関わらず、今回の担当者は、業務効率化によって自身の業務に意味を見出せず、モチベーションを失っている状態だったのです。
私は、この会話の展開になって、気になったことが出てきました。
それは、海外グループ会社の内部監査をするという話になった背景や経緯です。
表向きは、「海外グループ会社に対してガバナンスを効かせる」と言う話を聞いていました。当時の大企業の流れからすると、全く不自然な点はなく、私にとっては非常に納得感のある内容で、特に深掘りしていなかったところです。
ところが、プロジェクトには、表向きの目的に加えて、裏の目的がある場合があります。
もしかして、今回のプロジェクトの裏目的は、「普段と異なる業務を経験させ、スキルアップや、モチベーションを高める意図もあるのかな?」と考えました。
もちろん、これは仮説であり、日曜日の航空会社のラウンジの中では、検証する余地もありません。
この段階では、仮説として私の心の中に留めつつも、「いかにお客様を楽しませるか?」と言うことを考えながら、中国に飛びました。
4.監査の始まり
さて、何事もなくホテルに到着し、翌日から1週間の内部監査が始まります。
初日、日系の会社なので、海外グループ会社側の担当者も、少しは日本語を話すことができます。
基本的には、英語を中心に、時折、日本語を交えながら、淡々と監査を進めていきました。
そして、特に問題なく初日が終わり、夕方、ホテルに戻ってのこと。
観光したい
というお客様の一言。
私は心の中で、
あ、やっぱり?
と思いました。
飛行機の中で、この質問は予想していましたし、回答も決めていました。
行きましょう!
そして、1週間にわたる、お客様との観光生活が始まったのです。
もちろん、朝から監査業務がありますが、言語面を除けば、元々は充分なスキルを有しており、充分に監査ができるお客様でした。
このため、2人で監査業務を手分けして効率的に終わらせ、ホテルに戻ったら王道の観光名所、現地のスーパーマーケット、ローカルレストランでのお食事と、様々な場所を巡りました。
ちなみに、"遊べる" というモチベーションを手に入れたお客様のパフォーマンスはとても高く、私の専門性はほぼ不要だったと言えます。
言語面だけは、相変わらず私がサポートしていましたが、その程度で充分だったのでしょう。
日中は監査員というよりも通訳、夕方から観光ガイド、そこに愚痴を聞くカウンセラーのお仕事をしていたようなものですが、元々、私も観光は好きですし、楽しい1週間となりました。
正直に申し上げて、私が苦にせず夜の観光までお付き合いできたという点は、偶然であり、結果論でしかありません。
また、お客様と業務後にどこまでの行動が許容されるのか、コンプライアンス観点の確認も欠かせないことを合わせて補足しておきます。
さて、この段階までの「価値」を改めて整理すると、下記のとおりです。
1週間でしたが、充分に楽しんで帰国することはできたでしょう。
この個人的な「価値」を届けたことが、この先の何に繋がるかについては、報告以降のお話に続いていきます。
5.帰国後の報告
中国で何を食べた、どこに観光した、などは今回のお話からは割愛しますが、無事に監査を終えて、どのような報告が行われたのかをお話します。
お客様の担当者としては、「監査レポート」の作成以外にも、実際に海外出張してどうだった?などのお話を部門に報告する必要がありました。
まず、帰国のフライト直前に、担当者から上長にお電話で報告した内容を要約すると、下記のとおりです。
上長と電話がつながって、「どうだった?」と聞かれたのでしょう。
その報告内容の最初の一言が「楽しかった」です。
最初は、「この会話、大丈夫かな?」と少し心配しましたが、上長との会話の流れを聞いていると、「良かったね!!」と言う声も聞こえ、安心しました。
帰国後は、社内で下記のような報告が行われたそうです。
なお、監査の結果、たまたま重大な指摘が無かったことから、その他の報告内容が全面に目立つ報告となったようです。
なお、本質的には、組織の成果を追求すべきです。
内部監査は、ある程度、形式が確立されていることもあり、それに加えてお客様のスキルの高さにも恵まれ、特にトラブルなく、内容についても完璧なプロジェクトだったということは補足しておきます。
ですが、お客様の報告内容において、本質的な「監査」の部分が二の次のように扱われていることがこの事例のポイントです。
そして翌年度以降も、海外グループ会社への内部監査は発注され続け、コロナによるロックダウンの時まで、継続した長いお付き合いが続きました。
次年度に聞いたお話ですが、「監査」の結果、重大な指摘事項が無かったにも関わらず、この取り組みを継続することに決めた理由の1つとして、
現場のモチベーションやスキルの問題に気づき、それに対するソリューションとして、海外グループ会社への内部監査は適切と判断した
とのお話を聞きました。
もちろん、これが全ての理由だとは思っていませんが、それほどお客様の社内を動かすことのできる、意味のある活動だったということです。
なお、次年度以降のプロジェクト内容の一部に、監査を受ける被監査側の担当者のモチベーションやスキルアップにつながる観点も組み込まれ、監査の活動も成熟していきました。
(被監査側から、"監査に来ていただいてありがとうございます!" と言われるお話は、また別の機会にしたいと思います。監査経験のある方は感じるかと思いますが、とても珍しいシチュエーションです。)
6.まとめ お客様が求めていたもの
お客様が求めていたのは何だったのか?
今回の事例は、プロジェクトを進める中でお客様の新しいニーズが見えてくるものでした。
PMP第6版の考え方であれば、成果物として「監査レポート」であったり、監査の準備段階で作成する、「監査手続き書」といったものを作成するプロジェクトになったことでしょう。
実際に、次年度以降の提案依頼書には、上記の2点の成果物が定義されていました。
また、今回のお客様は、発注プロセス上、必ず複数社コンペが必要となっていました。
そのような展開の中で、次年度以降もお客様から選ばれ続けることができたのは、成果"物"を届けるプロジェクトマネジメントではなく、お客様の個々のニーズに沿った成果、価値を提供するプロジェクトを続けたことにあります。
もちろん、提案書に書けないこともたくさんありましたが、そこは、一度、信頼関係を築いたお客様との阿吽の呼吸としか言いようがありません。
なお、最終的に今回のプロジェクトのニーズは下記のとおりです。
繰り返しになりますが、最初は、組織としてのニーズしか見えていませんでした。
しかし、プロジェクトを進める中で、何気ない会話の中から、英語力、海外での生活への不安、上長の立場からメンバーへの心配など、一個人として様々なニーズを抱えていたことに気づきます。
PMBOK第7版の中で、
価値はステークホルダー毎に違うことがある
という旨の記述がありますが、今回の事例はまさに、その言葉を代表するようなものでした。
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