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IPOをあきらめかけたことがある、という話

2022年3月1日で、Chatworkは11周年を迎えることができました。

この流れの速いインターネット業界において、10年以上続くサービスというのもあまりなく、Chatworkが社内システムからはじまったことを思えば感慨深いものがあります。

Chatworkは約11年前の2011年3月1日に正式リリースされ、2015年4月27日にはじめて外部の資金調達を実施しスタートアップの道へ。そこから2019年9月24日に東証マザーズへとIPOを果たしました。

リリースしてから8年半でのIPO、というのはスタートアップとしては遅い方?なんですかね。

VCのファンド償還期限が一般的には10年ですから、もしChatworkにプロダクトローンチ前のシード期から投資していたら、ギリギリ間に合ったかなというぐらいでしょうか。

Chatworkは外から見ると、とても順調にIPOまで行ったように見えると言われたことがあります。

確かに、B2B SaaSでサブスクリプションな手堅いモデルであり、ビジネスチャットという大きなトレンドに早くから乗って、サービス開始から安定して成長し続けているように見えるかもしれません。

実態はどうだったか。

まあ、大学生から兄弟で学生起業し、まともな社会人経験などほとんどなかったものですから、それはそれはハードシングス(=大変なこと)だらけでした。今のようにスタートアップ向けの情報もコミュニティもほとんどなかったですしね。

そんな生々しいハードシングスもこれからnoteで少しずつ書いていければと思いますが、今回はその1つ、「IPOをあきらめかけたことがある」という話を書いてみようと思います。

そういえばこれ、まだどこのメディアでも出してないネタで、社内でも知らない人がほとんどですね。まあ、今となってはIPOも出来てるし大丈夫でしょう!(笑)ということで書いてみます。

順調に進んだアーリーステージ

Chatworkの企画を社内で通し事業化するまでがまず大変だったのですが、正式に事業化しリリースしてからはとても順調にサービスとして成長することができました。(ローンチ前の話は「Chatworkを企画した時、頭の中にあった計算」という記事で詳しく書いています)

SkypeやWindows Messengerなど個人向けメッセンジャーで仕事をしている人がアーリーアダプターとなり、「こういうものが欲しかった!」と大きな話題に。ブログやSNSに書いていただいたりして、口コミで急速な勢いで広がっていきました。

フリープランから活用が進むと制限にかかり有料化するフリーミアムモデルを採用したので、本当に有料で利用していただけるかを心配していましたが、高い比率ではなかったものの少しずつ課金ユーザーが増えていきビジネスとしての可能性も見えてきました。

解約率も十分に低く、2年ぐらいでいわゆるPMF(Product Market Fit)が見えてきたような状態になり、大きく勝負をかけようと、はじめての資金調達を決断します。

ミドルステージで取り組んだ、3つのチャレンジ

一定の手堅い成長のトラクションがあり、サービスの知名度もそれなりにあったこと、全社で見ればずっと黒字だったことなどからか、資金調達はとてもうまくいきました。

シリーズA、Bと2回に分け半年ぐらいの間で計18億円を調達。当時(2015-16年)としては珍しい大型調達ということで、大きな話題となりました。

18億円調達して、何に使ったかというと大きく3つ。

  1. セールス&マーケティング組織の立ち上げ

  2. システムアーキテクチャの刷新

  3. グローバルマーケットへのチャレンジ

この3つの領域に、それぞれ3分の1ずつ使った感覚があります。

セールス&マーケティング組織の立ち上げ

資金調達前のChatworkでは、セールスおよびマーケティングの専任人員はゼロでした。顧客と会わず、電話サポートすらないオンライン特化でビジネスすることにこだわった、トガった会社だったのです。

それまでは、エンタープライズ案件などでどうしてもと営業リクエストされる場合は、私が営業に行ってました。今思えば、一回目の商談からCTOが営業に来るというのは相手からすると逆に不安になりますね(汗)

成長のほとんどはフリーミアムモデルとなっており、セールスなしで勝手に伸びていくのは素晴らしいことなのですが、逆に言うとコストをかけて成長を加速させるということもできていませんでした。

資金調達するということは、調達したお金を投資して成長角度をさらに上げるということ。自然増ではなく、意図した成長を実現させるため、会社の歴史上はじめてセールス&マーケティングという組織をつくってみることにしました。

システムアーキテクチャの刷新

社内システムからスタートしたChatworkは、この時点でアーキテクチャの限界に直面していました。当時は50万ユーザーぐらいでしたが、そんな大規模なサービスになるとは開発当時まったく想定していなかったのです。

機能追加のリリースを優先しすぎた結果、いわゆる技術的負債が蓄積され続け、開発プロジェクトの納期が遅れることが常態化。サービスの根本を触らなくてすむようなUI面での機能改修をするのが精一杯でした。

そして、何よりまずかったのがサービス障害です。資金調達前の2014年当時、Chatworkは障害だらけでした。どれぐらいひどかったかというと、3ヶ月に1回、1時間以上のサービスダウンが発生していました。

ビジネスチャットのサービスは、ユーザーのコミュニケーションというビジネスの根本を担っていますので、サービスダウンするとユーザーのビジネスそのものが進まなくなります。

はじめこそ、「復旧がんばれ〜」と応援いただく声もありましたが、ここまで障害が多いと「いい加減にしろ!」という声をたくさんいただくことも増え、本当に本当に胃が痛い日々が続きました。

何より危険だったのは、データベースです。当時はMySQLというメジャーなデータベースを採用していましたが、チャットのメッセージを記録するテーブルのデータ量が10億レコードを越え、さらに加速度的に増え続けて、いつ破綻するかわからないという状態でした。

この状況を打破するため、システムアーキテクチャの刷新を決断。プログラム言語をPHPからScalaへと変えてすべて作り直し、データベースも大規模なデータに対応できる分散データベースを採用することにしました。

グローバルマーケットへのチャレンジ

日本発でグローバルスタンダードなサービスをつくろう、というのが当時強く目指していたこと。

どれぐらい本気だったかというと、Chatworkがリリースされた1年後の2012年に、シリコンバレーに米国子会社を設立しました。そして、そこに当時CEOだった兄が家族ごと移住し、本気でトライしていたのです。

進出した2012年ごろはビジネスチャットの競合もほぼおらず、現地のピッチコンテストで賞をもらうなど、高い評価を受けることができました。

しかし、2014年頃からビジネスチャットの競争環境が激化。Slackをはじめとした、多数のビジネスチャットサービスが次々と生まれることになったのです。

2013年ぐらいまでは、1年に1つぐらいビジネスチャットの競合サービスが出てきていたことを覚えています。競合サービスが出るたびに、社内で大騒ぎになってどんなサービスかみんなで調べていました。

それが、2014年になるとビジネスチャットというカテゴリがシリコンバレーでホットに。

世界中から人が集まりスタートアップがつくられ、VCが資金をつけてサービスが次々と立ち上がっていきます。一番激しかったときは、1週間に1つ(!)競合サービスが生まれていました。しかも、リリース当初からクオリティ高いんですよ・・・。

そんな急激にレッドオーシャンになっていくビジネスチャット市場に対し、資金調達せずに自己資金だけでのチャレンジはさすがに無謀すぎました。

大きな資金調達に成功したことで、競争が激しくなっていたグローバルマーケットへのチャレンジを一気に加速させようとしました。

チャレンジした、結果

そんな風に鼻息粗く、3つの大きなチャレンジをミドルステージで取り組みました。

今まで自己資金だけでも我慢に我慢を重ねながらここまで成長させてきたのだから、18億円もの資金があれば大変だろうけど今回もなんとかやりきれるに違いない、そう思っていました。

しかし現実は厳しく、その3つのチャレンジはことごとく、大失敗していくことになるのです。

「セールス&マーケティング組織の立ち上げ」では、いままで会社の歴史上やったことがない、セールスという業務に大苦戦。訪問営業、電話営業、代理店など、様々な手法のどれがいいのかがわからず、全部やろうとしたら、全部失敗していったのです。

調達した資金で採用した優秀人材も、結果が出ないことやギクシャクした組織にフラストレーションを抱え、嫌になって辞めていくというサイクルが続きました。特定の部署がまるごとほぼ辞めてしまうといったような、組織崩壊に近い状態も何度か経験しました。

「システムアーキテクチャの刷新」では、1年半かけた刷新プロジェクトが大失敗。なんとかリリースはしたもののパフォーマンスが出ず、また稼働させるととんでもないサーバーコストがかかることがわかり、即日切り戻すことに。アーキテクチャそのものの考え方がまずかったことがわかり、コードはすべて破棄となりました。

つくるからにはいままでの問題をすべて解決しようと、理想を追求しすぎた結果、あまりに壮大過ぎるプロジェクトとなってしまい開発が長大化。延期に延期を重ね、終わりが見えないことが経営的に許容できないレベルとなってしまい、途中からスコープ(開発内容)を大きく切り直して無理やりリリースしたのが破綻の原因でした。

「グローバルマーケットへのチャレンジ」では、現地の優秀人材の採用を進めてグローバルなチームをつくるとともに、同時にヨーロッパ、アジアなども同時並行でグローバル戦略を進めました。日本企業のグローバル進出はほとんど情報がなく、言語の壁、文化の壁、法律や税制の壁に大きくぶつかりながらのチャレンジでした。

最も重視したのは前CEOが移住してまでトライしたシリコンバレーでしたが、とにかく競合環境がすさまじく、圧倒的な資金量とネットワーク、スピードの差をまざまざと見せつけられることとなりました。大きくコストばかりかかってしまい、結果が出ない日々が続きました。

IPOをあきらめ、バイアウトを模索

そのような形で、ミドルステージでのチャレンジはことごとくうまくいかず、経営陣の中では大きな挫折感が広がっていきました。

そんな時に飛び込んできたのが、海外競合の日本への本格参入のニュース。

今までは英語版のみだったところが日本語版の開発を行い、日本支社を立ち上げるというのです。また、他の超大手企業の参入のニュースも、複数社で入ってきました。

これは、もう日本でも勝てないかもしれない・・・。

私たちの頭の中には、Chatworkの前に立ち上げた社運をかけてつくったサービスが、海外テックジャイアントに全く勝てずにサービス終了した苦い記憶がありました。

このままIPOすることができるのだろうか。そう不安になっていたタイミングで、シリコンバレーのつながりで大きな話が舞い込んできたのです。

日本での進出に苦戦している、某世界的ビジネスSNSサービスの会社からChatworkに興味があると連絡がありました。先方の部門はCorporate Development、いわゆる経営企画部門でM&Aなども担当する部門です。

私たちの夢は、Chatworkを日本発グローバルスタンダードにすること。単独では難しくても、グローバル企業の中に入って、そこで力をつけて学ばせてもらって、そこからチャレンジするのもアリなんじゃないか。IPOはあくまで手段のはず。

そういう気持ちもあり、その企業へのバイアウトの線を真剣に検討することとなりました。

先方に対して、Chatworkのプロフィールと御社サービスのプロフィールが連携するとこうなりますよ、というイメージ画像をつくって持っていったり、Chatworkの日本でのプレゼンスなどをアピールしたところ、まんざらでもない手応えを得ました。

また、Chatworkでの取締役会でもVCからの社外取締役の方にバイアウトの検討を頭出し。驚きの反応はあったものの、バリュエーション次第では検討してもよいのではと確認できました。

よし、その方向で進めてみよう!そういう気持ちを高めながら、先方とのコミュニケーションを進めていました。

そんなある日、とんでもないニュースが飛び込んできたのです。

その某世界的ビジネスSNSサービスの会社が、某世界的OSの会社に買収されたというのです・・・!

当然、私たちのバイアウトの話も立ち消えとなりました。

「お前が買収されとんのかい!」😫

と、思わず出身の大阪弁で突っ込んでしまったのでした。

(先方のCorporate Developmentの人も、きっと知らなかったんでしょうね・・・)

バイアウトをあきらめ、IPOを模索

というわけで、バイアウトの線が立ち消え、会社には苦しい状況だけが残りました。

幸い、足元での事業成長は問題なかったので、まずは日本でのIPOに集中しようということで、シリコンバレーの米国法人は撤退し前CEOが5年ぶりに日本に本帰国することとなりました。

大きな変化としては、グローバルへのチャレンジというところに一つの区切りがつき、体調の問題もあわさって、「もうお前がCEOをやった方がいいんじゃないか」という流れとなり、実質それまで日本支社長をやっていた私がCEOを引き継ぐことになったのです。

それから、1年たち、2年たち。

恐れていたニュース通り、強力な海外サービスが次々と日本市場へと本格参入してきました。

しかし、フタを開けてみると、Chatworkはまったく負けることはなかったのです。

こちらはIRの決算説明資料で出しているものですが、Chatworkの登録ユーザー数のグラフに、競合の海外サービスの参入時期をプロットしています。

これを見てわかる通り、影響はまったくありませんし、他のKPI含めてむしろ成長は加速しているのです。

私がCEOになって、事業戦略を考える時に最初にしたことは「Chatworkがなぜ負けていないのか」を分析することでした。

その中で見出したChatworkの強みは、「日本の中小企業というマーケットにおいて、口コミで広がっていくネットワーク効果」であることがわかりました。

Chatworkが競合のビジネスチャットと大きく違うのは、オープンプラットフォーム型となっていること。Chatworkは1つのアカウントで、社内と社外のユーザーに対しシームレスにやりとりすることができます。他社ビジネスチャットでは、ゲストアカウントの払い出しや管理者による複雑な設定が必要でした。

中小企業は大企業と違い、自社だけでリソースが完結しません。大きなプロジェクトに対し、何社もの中小企業がタッグを組んで業務をすることが多いです。Chatworkはその構造にフィットし、口コミを通して中小企業へと広がり続けているのです。

この強みを自覚したことで、大きく戦略を中小企業にフォーカス。いままでは個人も中小も大企業も関係なくターゲットにしていましたが、中小企業No.1ビジネスチャットを目指すという中期ビジョンを掲げました。

詳しくはChatworkの決算説明資料の中期経営計画を見てみてもらえればと思いますが、この強みを活かした中期の事業戦略を策定しており、これを推進していくことで海外のテックジャイアントに対してもしっかりと差別化でき、戦略的に勝ちきれると確信しています。

課題だったセールス&マーケティング組織は、現CSOの福田さんが参画してくれたことにより大幅に強化されました。もともとの強みだったプロダクト組織とあわせてChatworkの両輪になったと、自信を持って呼べる組織となりました。

システムアーキテクチャの刷新は、現CTOの春日さんがプロジェクトを立て直し、まずはコア部分に絞ってですが刷新に成功。グローバルの有名カンファレンスで登壇するレベルでの分散データベースを構築しており、ここ数年、大きなサービス障害は発生していません。

IPOをあきらめるほど一時は厳しい状況に追い込まれましたが、その大きな失敗と苦難を糧にし、私たちはまた再び自信を持って全力で走れるようになりました。

最後に

シード・アーリー・ミドル・レイター。

スタートアップには様々なフェーズがあります。アーリーでアーリーアダプターにもてはやされたプロダクトであっても、ミドル・レイターともなればマーケットが拡大し、大手企業の参入やスケールの壁に阻まれ苦しくなることが出てくると思います。

大事なことは、過信しないこと、あきらめないこと

自分たちの実力以上に評価され、結果が出ていたとしても、しっかりと地に足のついた施策をたて続けることが大切です。

そして、環境が大きく変わり、たとえもう無理だと将来を信じられないような状況になったとしても、きっと何か解決策や、見えていない事実があるはずです。

2022年、Chatworkは上場して3期目に入りました。

ハードシングスだらけの不格好なスタートアップではありますが、その分、誰よりもその痛みから学んでいる自信があります。

でも、そろそろキレイな成長ができる会社になりたいなと思っています(笑)


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