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非営利研究コミュニティを10年継続させる - 10 years of cvpaper.challenge

まず最近頂いたご質問をベースに研究コミュニティのリアルをお話させてください。

勉強会/コミュニティが継続せず、簡単に破綻してしまいますがどうすればよいでしょうか?

勉強会/コミュニティは十中八九破綻します。もしずっと継続しているのであれば、誰かが後ろで尋常じゃない努力をしています。これは cvpaper.challenge も例外ではないです。

当たり前のように大量の論文サーベイや特定トピックの調査資料が上がってきているとしたら、誰かが論文を探して、論文を開いて、アブストラクトから読み始めて気になった部分をメモして...(それを数十〜数百本繰り返して)...という、膨大な労力が発生(※1)しています。

また、その前に考えてみてください!みんなが論文を読むための環境、締め切りを決めてアウトプットする場を提供する研究コミュニティを成立させるための運営も人が行っています。

「人を集めて読ませるだけでしょう?」と思われるかもしれませんが、研究コミュニティにおける論文サーベイは常に数十人以上の規模で数ヶ月に渡り文献調査を行うので、統率が取れず「何も出ませんでした」では研究コミュニティが成り立ちません。そのため、運営は事前準備から計画立案、進行管理、最終的なアウトプットの取りまとめまで、綿密な戦略を立てています。

その上、イベント(cvpaper.challenge conference; CCC, 全体ミーティングなど)、研究活動(アイディア考案、テーマ設定、ミーティング、実験計画、論文執筆など)、外部連携(MIRUメンターシッププログラムなど)が同時・連続で入るため、これら全てのタスクに対して運営メンバーは活躍してくれています。

このように、cvpaper.challenge では運営するメンバーも、サーベイや研究を実施するメンバーも統率を取ってくれて、その上で質の高い調査資料や研究成果を出してくれる、素晴らしい人材が在籍しています。


※1 現状は実験的にLLM(大規模言語モデル)を使って論文サマリを作成することもありますが、研究するという文脈において結局は人間が良し悪しを判断して論文を読み込んでいるので、自動生成された日本語論文サマリから効率よく良い論文を探索する方法として検討しています。


当記事は少し長め(20,000文字超)になっており、サマリとして目次も配置させてください。


はじめに

cvpaper.challenge PI 片岡裕雄です。cvpaper.challenge は2025年5月でちょうど10年間、ということでその直前2024年12月のアドベントカレンダーではこれまでの約10年分を振り返ることで「なぜ研究コミュニティはここまで続いたのか?」「約10年経つがそのBefore / Afterは?」など、良い機会なので振り返りたいと思います。

冒頭、いきなり研究コミュニティのリアルから始まりましたが、これは一部に過ぎませんし、内情なんて文章で書いただけではほんの少しも伝わりません。ただ、なるべく当記事では多くを伝えたいことと、皆さんが知りたい情報について回答したいと思ったので、なるべく多く研究メンバーの皆さんからご質問を集め質問回答形式で進めます。

QA

なぜ設立したのか?

「なぜ設立したのか?」やそこからの拡がりについては、一部こちらの資料[Link]のp.6-9に記載のとおりです。ここでは「世界に⼀⾜⾶びに追いつきたかった(前年に独国・TUM滞在)」「⾝の回りにCVPR網羅勢がいた(この4⽉から産総研ポスドク開始)」と記載されています。前者はミュンヘン工科大学(TUM)という欧州でもトップクラスの大学において、同世代の大学院生が圧倒的な能力を以て世界レベルの業績を重ねていたことが挙げられます。後者について、2013〜2014年の独国滞在当時は深層学習が劇的にコンピュータビジョン分野に浸透していったことがあり、「正直どうなのか?」と議論している間にCVPR / ICCVのトップ国際会議の場面ではどんどん先に行ってしまい絶望感を覚えた(※2)ことも少なからず影響しています。産総研入所後の同グループにCVPR完全読破する先輩研究員がいたこともあり「自分も同じようなレベルに到達するにはそれ以上のことを考えなくては」と思い、当時連携していた東京電機大学の学生さんと思い切ってCVPR 2015 完全読破チャレンジを敢行した、というわけでその後の話はやはりこちら [Link]にまとめられています。

※2 国際会議の状況を見て絶望した、という意味では最近CoRL2024後の絶望感(下記ポスト参照)というのを拝見しました。絶望感を感じた後が重要で、私はcvpaper.challengeを立ち上げる原動力になり今もなお世界に追いつくため模索中ですが、読者の皆さんならその後に何を考え実行に移しますか?なお、「そこまで悲観的ではない」という議論も見られますが、おそらく論文を通すレベルにおいては日本からでも十分対抗できる。ただし、世界トップレベルに追いつくためには、気づいた時点で絶望的な差が生じてしまっているというところだと個人的には思います。このような絶望的な差というのは必ずしも打開できないものではなく、長期に戦略を立てて進めれば部分的には追いつくことは可能(全体的に追いつくことは相当困難だが不可能ではない)と思っています。

なぜ、cvpaper.challenge は10年近くも続いているのでしょうか?

なぜ、この体制で10年も続いているのはよく分かりません。敢えてあげるとすると、おそらく下記の2つが大きな理由だと思います。

  • どんな状況でも「一人で研究コミュニティを成立させる覚悟」があったから。

  • 人数が増えて軌道に乗ってくると必ず「スターが誕生する」から。

それぞれについて、簡単に解説します。

「一人で研究コミュニティを成立させる覚悟」

研究コミュニティの初期(2015〜2020年頃まで)は運営作業を私が担当していました。もちろん、お手伝いして頂いたことは数知れずですが、それでも主要部分はほとんど考えていましたし、この時期に私が諦めていたら研究コミュニティはたちまち崩れて無くなっていたかな、と客観的に見てもそう思っています。

最初のチャレンジである「CVPR 2015 完全読破」は宮下くんのアナザーストーリー[Link] でも取り上げられていたように、ポスドク時代の片岡と終了時5名の学生さんが残りました。「最悪、学生さんが授業・研究等で忙しく、読めなくても一人で600論文読んでまとめればOK」と言っていたくらいで、まずは学生さんも巻き込んで気軽に始めましたが、最後は自分ひとりになっても頑張る、くらいの覚悟を持って始めています。結果的には、宮下くんや当時最後まで残ってくれた学部生メンバーはその後劇的に成長を遂げてくれていたので、私としては最高の結果で最初の挑戦を終えることができました。

2016年の研究体制構築後も「自分にできないことは学生さんには要求しない」を基本に、誰よりも多く論文を読む、研究ブレストも主体的に行う、研究テーマも設定していましたし、自分でメインのテーマも持っていて実験結果も出していました。研究コミュニティにおいてはその基本構造も考えるし、ミーティング調整もドキュメント整理もクラウド管理も行っていました。最初から他人に任せず、最初の5年は研究メンバーの動向などを全て把握して、どのような時にどんな問題が起こりうるのか、という事象を一気通貫で把握できたからこそ、問題発生時に即座に対応できるようになったのかな、と思っています。

「スターが誕生する」

スターというのは、私にとって凄く助けになったということですね。それは、研究のみでなく、サーベイ・運営側でも非常に助けられることが多かったと言うことです。事細かに説明するとキリがないのですが、

  • 学部生がある時、先輩研究メンバーに感化されて月50〜100論文サーベイしてその後研究で大きく成長した

  • ふと面白いアイディアを思いつき、そのまま継続して業績を出せるようになった

  • 片岡が実施したある講演がきっかけでコンピュータビジョン分野で世界的に活躍する研究者になることを志した [Link]

  • 企業から無償で研究コミュニティに参画して事務局機能を立ち上げてくれた [Link]

  • サーベイやイベント配信のためのシステムをお手製で仕上げてくれた

なんかが一部でしょうか。研究コミュニティにいると、ドラマティックな瞬間をいくつも目撃することができます。自分自身の経験としても、ACCV 2020 Awardを受賞したこと [Link] をはじめ、いくつもの研究プロジェクト・チームやイベントをリードする経験、または研究メンバーに対してリードして頂くことをサポートする経験は、何にも変え難い能力を獲得したと思っております。

これからも研究コミュニティにおけるスターはもちろん、日本・世界的に見てもスター研究者をこの中から輩出していけるように整えていきます。

cvpaper.challenge 設立当初と現在を比較して、コミュニティはどう変化したかに興味があります。メンバー、影響力、運営体制の面からご教示ください。

【メンバー】
まず参画するメンバーの数が変わりました。2015年当時は完全読破終了時で6名(片岡+学生5名)でしたが、2024年12月現在でサーベイメンバーは1700名超、研究メンバーは100名超となり、少しは大きな組織になったと思います。実質的なアクティブメンバーとなると、サーベイメンバーは1〜2割ほど、研究メンバーも3〜4割ほどかな、と思っております。全体の数よりはこのアクティブなメンバーが重要と感じておりますし、「狂ってる」レベルで超アクティブなメンバーが何人もいるのは、我々研究コミュニティにとってとても大きな財産となっております。

【影響力】
影響力はあまり大きいとは自覚しておりませんが、統計で確認できるところですと、Xアカウント[Link]のフォロワーは2024年12月現在で8,000超を数えます。もっと多いコミュニティなんていくらでもありますが、国内CV分野に限ったコミュニティとしては多い方です。おかげで、毎回のポストは数千〜数万のインプレッションがあることは統計からも確認できています。

コラボレーションが増えている、ということも影響のひとつには挙げられます。MIRU / SSII / ViEWといった国内シンポジウムには継続的に運営委員を送り出していますし、特にMIRU2023 [Link] では明示的に大型連携を組んで、チュートリアル・メンターシッププログラム・若手プログラムの委員長を研究コミュニティから選出したくらいです。その前後においてもMIRUメンターシッププログラムの重要な役割は研究コミュニティ内で担っておりますし、若手プログラムの半分前後は研究メンバーが担当するくらい、密に連携を続けております。

その他、年々研究コミュニティが広がりを見せていると言うのはそうだと思います。研究メンバーを経て学術界や産業界に出ていった方は数多く、いつの間にかエコシステムが形成できていると言えます。先の国内シンポジウムでは数多くのアルムナイを見かけると言うこともあり、運営メンバーの福原くんにより cvpaper.challenge ALUMNI [Link] が誕生していることもあり、今後の大集合が楽しみです。また、書ききれないくらいあるのですが、その一部は今年のアドベントカレンダー2024 [Link] にも記載されているので、もしよかったら他の記事もご確認ください。

【運営体制】
2015年は何もかもが定まっていない状況で、片岡と学生さんの中でまずは実行して困ったら立ち止まって整える、の繰り返しでした。

2024年12月時点の運営体制はもうすでに「いつ片岡がいなくなっても問題ない」という段階まで強化されています!実はこの時点においても、常に手探りの状態が続けられており、逆を言うといつでも柔軟に組み替えることができるとも言えます。コアとなるHQメンバーは何があっても崩れないように、全体構造はいつでも柔軟に組み替えられるように、を意識して設定しています。現時点における主な構造は下記のとおりです。

  • Headquarter(HQ):トップとなる運営組織。

  • 事務局:研究機関におけるスタッフ的な役割を担う。

  • 研究グループ統括:MIRUメンターシッププログラムなども内包。

  • イベント統括:サーベイ・イベントなどイベントを管理するためのメンバーで、バックエンドのシステムも管理。

設立当初の苦労話は?また、研究コミュニティなんて立てない方が研究時間確保できて成果も出たのではないですか?

実はこの10年間ずっと考え続けています。初期の方の研究メンバーも手探りで集めてきましたし、cvpaper.challenge の知名度も今ほどはないので「そんなに論文読んで何になるの?」「トレンド創出なんて目指さなくても論文は通るよね?」みたいな感じでした。過去記事を調べてみると、やはり2021年のアドベントカレンダー [Link] でも下記のように記載があります。

さらに、そこからの数年間は「cvpaperってただ論文サーベイしてるだけですよね?」「片岡さんって何でも良いから適当に投稿してるんですか?」という激励のコメントを頂いたこともある。確かに、参加時ゼロからスタートする大学生・大学院生、しかも自らの研究室の学生という立ち位置でもないため、全ての時間を研究に割いてもらうわけにもいかない。昨今劇的に参加者数・投稿数が増加するAI分野の難関国際会議の査読を突破するのは至難の技であった。当時、完全読破や網羅的サーベイを実施する研究コミュニティとして分野内では知名度が上がりつつあったが、論文が通らない。自分は研究者として大成しないのか、TUMのような研究グループを構築するなんて夢のまた夢なのか。葛藤があった。そんな折に相談させて頂いたのが産総研の首席研究員 後藤真孝さんであった。実は私の産総研1年目研修中の座談会におけるメンターが後藤さんであった。実に11分の1の確率でたまたま引き当て、その時にcvpaper.challengeの設立当初の話も含め初めてお話させて頂いた。そこからの数年間、RAと書いた論文が全くといって良いほど通らないとの質問について「大丈夫!今の体制なら諦めなければ必ず結果はついてくる!!」と超激励された。研究コミュニティを諦めて自分の研究時間を増やすタイミングはいくらでもあったが、この分野において研究機関横断の組織化された集団による新しい研究体制を提案することは、自分たちにしかできない、との思いで続けた。後藤さんの激推しとともに。

上記の後藤さんとは、最近産総研において、上級首席研究員の任命第1号 [Link] でも取り上げられている、スーパー研究者です。上級首席研究員は常勤の研究職員約2,300名いる中で、首席研究員はたったの37名、さらにその中でたった1名が上級首席研究員であることから、文字通り産総研の第一位研究者です。この記事を執筆している時点においても、研究チームの枠を超えて、定期的に1-on-1して頂き定期的にパワーを頂いています。産総研における私のメンターの一人です。

ご質問に戻ると、自分のやりたいテーマを一番的確に体現できるのはやはり自分、みたいな話もあるので自分で研究してしまった方がインパクトのある研究には辿り着きやすいとも思いました。感覚的に、少なくとも最初の5年間は自分とメイン所属である産総研の枠組みを使って研究していたほうが効率良く論文を出せたかな、と思いますがその後の人脈やテーマの拡がり・伸びを振り返ってみると、断然研究コミュニティを形成して広げるメリットは大きいと思います。

何より自分が創設した研究コミュニティの中で自由に研究できることは楽しいです!!!どんなにスモールスタートでも良いので、まずは周囲の仲間をお誘い合わせの上で資料公開を前提とした論文読み会や、研究室内でも複数グループを形成して論文投稿を目指すところから始めてみると、その効果を実感できる時が来ると思います。

しかし、それでも研究コミュニティ設立してなかったらのifなんて分かりません。もしかしたら、何か糸口を掴んでもっと業績を出していたかもしれませんし、伸び悩んで研究者を諦めていたかもしれません。変化することが最善と信じて、常に改善していきます。

10年前の技術と今の技術の違いはなんでしょうか?

2014年と2024年で違うことといえば、やはりなんと言っても深層学習が劇的に浸透したことでしょうか。2014年当時も深層学習は進出してきたのですが、ほぼ全てと思えるほど使われています。この話題を今更出すこと自体、あまり得策ではないと思えるくらいです。また、Convolutional Neural Networks(CNN)が Transformer になったこと、その後で基盤モデルの概念が出てLarge Language Models(LLM)、画像モダリティと統合してVision Language Models(VLM)となり、なおもマルチモーダル基盤モデルになっていることです。モダリティ間の大統合が行われているのみならず、ロボットや自動車を代表例として実フィールドへの展開も流れが加速しています。

2022年当時の資料なので少し古くなっていますが、NVIDIA GTC 2022にてお話させて頂いた「2022年 コンピュータビジョン分野のトレンド」 [Link] は主に2012〜2022年と10年分の深層学習とコンピュータビジョン分野について触れている資料なので、ぜひご興味ある方はこちらもご覧ください。

10年前に比べると、研究の仕方は、こう変わった時な話

個人レベルではなく、チーム研究の重要性が年々増してきたと思っています。2015年研究コミュニティ設立当時でも、チーム研究の重要性はなんとなくみんなが感じていましたが、やはり日本国内のメジャーな研究の進め方は大学研究室方式で、メンターが付いて個人で進めることです。10年経った今、大学研究室レベルでも卒業論文という体裁は残るものの、研究的なインパクトを出すためには複数人チームで、また組織横断的に人材・データ・計算リソースを集約して大きなプロジェクトを進行して巨大データセット整備や大規模基盤モデル構築するという例は珍しく無くなってきました。

研究チームを如何に構成するか、についての一部はこちら[Link] にも記載されています。FDSLが論文として世に出た後、CVPR 2022[Link]や産総研プレス[Link]の研究を実施した際の話です。

片岡さんの業績的にはこの10年でどのように変わりましたか?

10年間何も業績が出ない、ということはないので研究コミュニティの経験がなかったらというのは分からないという前提で回答します。

2014年時、博士課程時からいわゆるトップ国際会議採択は毎年数回ずつ投稿していたものの、主著共著合わせてゼロ(どころかこんなひどい論文を学会に送りつけてくるな、というStrong Reject)でした。よく引用するこのポストですね。

IFが付いているジャーナルにもほぼ採択なしです。今の職業研究者の水準で言うと見込みなしです。実際、1回目修士課程時に産総研を受けた際(2011年)には書類落ち、2回目博士課程時に産総研の面接を受けた際(2013年)には「博士課程だとこんなレベルだよね(全然ダメだね)」と言われて、屈辱的な精神的ダメージを追った経験があります。産総研は結局、3回目ポスドク時(2015年)に受けて2016年入所です。

10年後の2024年は...というと、どうでしょうか。感覚的には10年前と変わらず必死に頑張っています。活動の幅は客観的にも拡がったと思っております。あまり外に出してこなかったですが、最近使用した資料の自己紹介スライド(下図参照)や定番のGoogle Scholar [Link] を引用します。まだまだ上を見たらキリがないですが、それでも学術的・産業的にもインパクトのある研究や技術展開ができるよう、日々尽力いたします。

2024年10月の講演からの自己紹介スライド

ただ「活動やイベントを行って終わり」ではなく「活動を行って成果を出し、その上で良いものを作っていく」ためのコツは何でしょうか? / 私が知らないだけかもしれないのですが、いろんな界隈で勉強会はよく開催されますが、論文まで書き上げるコミュニティは稀だと思っています。

cvpaper.challenge の大目標「コンピュータビジョン分野の今を映し、新しいトレンドを創り出す」に集約されています。従って、研究トレンドを創出するために「この研究テーマの先にトレンド創出は見込めるか?」「(研究メンバーに対して)長期でシリーズ研究を実施できるように教える/鍛えるためには?」「論文サーベイは分野に対して網羅的かつ特定トピックに関しては深くメタ部分にフォーカスできるように!」など、凡ゆる策を講じて考え続けてきました。

活動やイベントについても、開催後に研究メンバーが良い情報にアクセスでき、良い研究が成果として上げられるかということを常に考えています。また、研究コミュニティ内の我々のみが良い情報を得られるのみならず、日本語で発信する以上は日本のコンピュータビジョン分野全体(やまだ分野について知らない皆さん)に対して無料で情報提供を行いたいですし、それにより国内の分野全体の裾野が広がったり、日々の文献調査効率が向上したり、日本のCV分野全体の情報量が増えたり、と言うことを狙っています。「日本のコンピュータビジョン分野を強くしたい」と研究体制を作った2016年くらいから話しているのですが、我々は(少なくとも運営メンバーは)本気でそう思っています。

というわけで、2015年の設立当初はサーベイ終了したら解散するつもりでしたが、次第に網羅的かつメタな視点で研究テーマを考えられるようになった集合体で研究体制を整えれば絶対に次世代トレンド創出できる、と考えてからは論文サーベイだけで終わらない、研究によるアウトプットありきで研究コミュニティ運営をするようになりました。

しかし、ご質問にある「良いもの」が常時生み出せているかどうかは不明です。研究成果でいうと、10年を振り返るとその前半には3D ResNetを起点とする動画認識研究、後半にはFDSL(数式ドリブン教師あり学習)を起点とするSynthetic Data / 実データ不要の事前学習手法を提案して、論文が多数採択されるに至っていますが5年に1回の研究トレンドのようなものを創出するだけでは満足いく成果とは言えません(※3)。今後も良い研究コミュニティ / 研究チーム構築とは何か、を常に問い続けていきたいです。

※3 幸いにもFDSLについては研究が発展していて、医療・物流・生物・地質などの文脈にて実応用展開が進んでいます。国内でも取り組みがいくつかみられており、異常検知画像生成AI など社会実装が進みつつあります。事前学習の文脈において、人間を画像収集やラベル付作業の労働から解放すること、権利・倫理問題を完全にクリアにすることを追求してきた先にこのような取り組みが広がりつつあるのは研究コミュニティとしては幸いなことです。

研究コミュニティの目標設定についても非常に興味があります。

目標については、年間を通して研究コミュニティが成長する方向に進むことを意識して設定してきました。

2015年は何をおいても「CVPR 2015 完全読破」、研究体制構築後の2016〜2024年の中では主に「論文サーベイ:年間2回の網羅的サーベイ、年間1回のメタサーベイ」や「研究論文投稿:年間N本の論文を投稿する(Nは20〜40本まで推移)」ことを目標として設定しています。

2015年、創設初年の話は cvpaper.challenge 創設のアナザーストーリー [Link] をご確認ください。運営方針もやり方もポスドクの私と少数の学生さんのみで決め、我武者羅にやり切った記録がここにあります。

2016〜2024年現在についても手探り感があり、常に研究コミュニティのレギュレーションや、やり方などはハンドメイドで更新してきた経緯がありますが「改善を続ける状態が健全である」ことや「採択という目に見える評価はもちろん、研究メンバーの経験・成長・楽しさを大事に」研究体制を組み替えてきたかな、と思っています。

経験や成長という意味では論文を一本読む・一本投稿する過程の中で自らの成長を感じ取ってもらってもらえたら良いな、と思い場を提供しています。

(ご質問の内容からは逸れます)しかしながら、論文を「読む」と「投稿する」の間には、想像以上の違いがあるので、cvpaper.challenge の研究体制ではその高すぎる壁を如何に越えてもらうか(注:自分がやる分には研究者としての経験があるので良いのです!これを他の人にやって頂く、というところがやはり想像以上に難しいです)、という至難の業を行っています。

さらに、研究コミュニティという性質上、皆さん社会人であれば自らの本業や学生さんであれば授業や研究室活動の外でこの論文を読む・論文を投稿する、という活動をしています。普通にフルタイムで研究しても通すことが困難とされるトップ国際会議に、どうやればパートタイムで参画する研究コミュニティから論文が採択されるのでしょうか?そのため、2016〜2019年くらいまではトップ国際会議に投稿してもほとんど 'Borderline' 以上の判定すらもらえずに撃沈し続けていました。

現在では、目指す方向性をいくつかに絞っていて、ほぼフルタイムで活動してくれる方・複数人で連携しつつ効率化を考えているため、採択数は増えてきていますが、未経験から論文投稿までこぎつけること、さらにフルタイムではない研究メンバーが如何に投稿まで持っていくのか、は未解決課題として残っています。

人の集め方についても教えてください!

人の集め方は予測困難な部分が大いにあるので、狙い通りにいかないことも多いと思います。しかし、その上で対策している点と言えば「研究分野に対して徹底してGiveすること、Takeはあまり考えない」「研究コミュニティに入る際にはほんの少し障壁を設ける」ということでしょうか。

「研究分野に対して徹底してGiveすること、Takeはあまり考えない」については、上述の通り網羅的・メタ調査による論文サーベイのアウトプットを全て無償で可能な限りWEB上にアップロードしています。研究側においても、なるべく論文やコード、データセット、学習済みモデルなどをWEBにて公開します。これだけの分量(例えば網羅的サーベイなんかは1,000本以上の日本語論文サマリ有)やメタな知見(例えばメタサーベイについては、数百論文の論文サマリはもちろん専門家が集結、議論した内容を資料に書き起こし)をピックアップしているので、ある程度お金を取る仕組みは考えても良いのではないか、ということも頂いているのですが、現状においてはどこも有償化することなく、無償提供できています(※4)。

※4 状況などが変わり、将来的に一部有償化するなどあったら大変恐縮なのですが、私の気持ちとしては誰でもコンピュータビジョン分野の知見を日本語で得られて、分野への参入障壁を少しでも下げ、裾野を広げられたらという気持ちで取り組んでいます。

「研究コミュニティに入る際にはほんの少し障壁を設ける」について、研究コミュニティ参画には主にサーベイメンバー、さらに研究メンバーという分け方をしています。サーベイメンバーは文字通り論文サーベイを実施するメンバーで誰でも気軽に入れます。一方、研究メンバーはサーベイメンバーの中から一定の条件を満たす方に対して許可しています。

サーベイメンバーの場合(よく考えるとなんてことはないのですが)cvpaper.challenge と片岡のメールアドレス向けにメールを送ってもらうようにしています。昨今メールなのか、と思われるかもしれません(実際、Formなどを用意して半自動化しようと何度も思いました)が、この一手間を加えると言うことが結構重要なのだということに後々になって気づきました。

研究メンバーの場合には、継続的に研究体制に対して貢献し続けられることを前提に、誓約書提出の上で参加を許可しています。研究室に在籍する学生さんの場合には指導教員の許可をもらっています。「ほんの少しの障壁」と言いつつ、研究メンバーについては少しの齟齬から意図せず誤解を受けたこと、途中から学会等と連携する機会などが増えてきたこともあり、このような形になっています。今のところクリティカルなトラブルになっていないのは、運営メンバーや研究メンバーの皆さんによる理解や密なコミュニケーション、危機管理能力の高さなどであると思います。我々運営メンバーも、安心して研究に取り組んでもらえるような環境を整えていきたいです。

「あの時はこうすればよかった」等のコミュニティ運営における失敗はありますか?

失敗とも捉えられ、上手くいかないことが分かったとポジティブに解釈することもできるのですが、研究コミュニティの経験から方向転換をしたことはあります。

2度目の完全読破チャレンジ

2018年、2度目のCVPR 完全読破チャレンジを敢行しました。2015年当時はほぼ6名・4ヶ月で読み切ったので、30人いると5倍とは言わずとも半分以下の時間で読み終えることができるだろうと思っていました。CVPR論文がオープンになった5月頃から始め、8月途中までかかってしまいました。並行して研究テーマを考えることは進めていたのですが、やはり完全読破という性質上論文を読み切ることにエネルギーが使われてしまったので、そこから研究テーマ考え始めたので秋くらいに多く来る締め切りにはほぼ間に合いませんでした。

このあたりから研究コミュニティ内において「完全読破」と「網羅的サーベイ」は分けて使われるようになりました。完全読破は文字通り全ての論文に目を通して論文サマリを残す一方、網羅的サーベイは全てではないものの重要論文やトピックを網羅しつつ論文サマリを残す方法です。つまり、完全読破は諦めるものの、網羅的サーベイを実施して公開することで研究コミュニティ内外を叩き上げるものです。研究コミュニティ内部の情報量は増やし、議論ができる人材は育成しておきたいものの、研究時間確保とのトレードオフを特によく考えて運営するようになりました。

悪いことばかりではなく、2018年後半あたりから勢いが出て、2019年後半以降に業績が出てきました。この時期を経て、今も研究コミュニティに残っている方もいるのでそういう意味では部分的に成功と言えるかも知れません。

多すぎる研究グループ

研究コミュニティの人数が増えていくにつれ、一時期最大25研究グループが研究コミュニティ内にて構成されました。2019年くらいの頃です。当時確か約50名くらいの研究メンバーがいて、25種類もの研究テーマ(=研究グループ)を立てて動いていました。各研究グループに対してリーダーや実働担当者を配置して稼働したのですが、即席で研究リーダーが務まるほど甘い世界ではありませんでした。頑張って論文読んで研究テーマを考えたにも関わらず、ほぼ稼働することなくフェードアウトする研究グループも出て来て、やはり最終的に結果を残した研究グループは5分の1だったと思います。

「研究チームをリードできる人材は貴重」「プロジェクトが成功するのは20-25%」など、プロジェクト運営に関して示唆的な経験でした。この時の経験は今にも活きています。

設立当初から現在までの目的達成率は何%ぐらいなのでしょうか?

上述の通り、おそらく最初に設定した目標に対する達成率という意味では、今まで20%弱くらい(統計は取っていないので正確ではありません)だと思います。目指すところに到達できなかったというだけで、時間をかけてでも成果として世に出したとか、どんな形でも良いから見せられる最低限にして世に出ているというものもあります。なので、もし少しでもcvpaper.challenge はある程度成果が出ていると思って頂けているのであれば、感覚としてその5倍以上は裏で努力してもがいているということに他なりません。

一例として、年間を通してCVPRを目指す人は結構多くて、最大で20プロジェクトくらいは目標として掲げるのですが、1ヶ月くらい前になると10プロジェクト前後が脱落して、1週間前くらいまでにその半分の5プロジェクト前後くらいになります。世の常でありますが、なるべくこの数を減らさないように運営メンバー一同頑張りたいところではあります。なお、CVPRの場合にはスキップ、4ヶ月間時間を延長して次のICCV/ECCV(隔年開催)を目指すというのがスタンダードな方法です。

研究コミュニティにおける運営・研究活動の繰り返しにより得られた能力って何でしょうか?

まずは組織運営の経験値が劇的に上がったこと、研究チームという意味ではたまたま集まったメンバーで研究チームを組んで良い研究ができる「確率が上がった」ことです。また、論文サーベイによりメタな知見を推察する能力、研究テーマ設定できる能力、などなど研究を進める各工程で獲得した能力は多いです。

最近だと〇〇Vison/〇〇.challenge といった研究コミュニティがcvpaper.challengeのスピンオフとして各大学/各機関で立ち上がっているが、各コミュニティに期待することは?

成果として期待することは実はありません。研究コミュニティの運営や取り組みを通して、成功・成長・人脈形成、その拡がりを楽しんで欲しいというくらいです。もちろん、どのようなチャレンジや取り組みをすると研究コミュニティ運営が継続して成長しやすいか、という勘所はお伝えしています。が、冒頭で触れたとおり勉強会 / コミュニティは十中八九破綻するので、運営メンバーの熱量がどの程度あるかは重要です。私も時間がある限り他の研究コミュニティに貢献していきたいですが、研究者としての本業、その他の兼業、cvpaper.challenge の運営など多くの仕事を抱える中でできる限り、という形になりそうです。

ちなみに、cvpaper.challenge から派生した研究コミュニティという意味では、下記のようなものがあります。

  • nlpaper.challenge [Link]:nlpaper.challengeについては、現在活動休止中

  • robotpaper.challenge [Link]

  • TDU-Vision [Link]

  • 慶應義塾大学研究AI/CVコミュニティ(Keio-Vision??)

  • SatAI.challenge [Link]

  • cvpaper.challenge ALUMNI [Link]

今年のアドベントカレンダー2024 [Link] や過去の記事でも取り上げている研究コミュニティもあるので、活動の様子について覗いてみてください。内部では状況に応じて研究コミュニティは派生させよう、失敗を恐れずまずやってみる、という雰囲気があり〇〇.challengeの名前の通りコミュニティを拡げることについても、挑戦を恐れずに進めていきます。

片岡さんが考える理想的な研究コミュニティはどのようなものでしょうか? / PIとして、cvpaper.challengeの研究メンバーに求めていることなどはありますでしょうか? PIとしては各研究メンバーにどうなって欲しいなどはあるのでしょうか? / 研究コミュニティの運営において最も重要視していることが気になります!

まずは個人レベルの話をします。理想は尽きないですが、cvpaper.challenge において研究チームを構成するという意味では、各個人に求められるのは下記のとおりです。

  • 研究トレンド創出するという大目標を常に意識できる

  • 論文サーベイのみならず凡ゆる動向を自らキャッチアップしている

  • ミーティングでは臆せず誰からもコメントが出てくる

  • 判断・返信・行動が素早い

  • 上記を楽しむことができること

  • 【あるとなお良い】気力体力がある、反骨精神を持っている、常人と異なる感性を持っている

上記は、私のもとで研究をするRA/Internにはよく話す内容で「メンタリングの指針」というドキュメントも作成して共有しているくらいです。他にも要素はあるのですが、前提として「健康重視」だったりやはり「一連の活動を楽しむことができる」があったりします。最初から全てできないと採用しません、という話でもなくてできなくても改善できるように最大限サポートしています。

組織全体としては、どうでしょうか。まず目標・ビジョンがあること、内外に対してオープンであること、常に新しい研究が出てくること、属する研究メンバーが常に成長できること、外部のコミュニティと連携を多く持つこと、何より楽しいこと、などでしょうか。日本の研究コミュニティという性質上、人種的な多様性という意味では限界があるような気がしますので、それ以外の多様性を気をつけたいと思いつつもこちらから採用しているわけではないのでこれはコントロールしきれません。

やはり「改善を続ける状態が健全である」というとおり、研究メンバー一同が改善に向けて意見を出し合い、即行動できることが重要だと思います。

単純な質問ですが、「過去10年間でcvpaper.challengeは日本のコンピュータビジョン分野をアツくさせることができたと思いますか?」

単純ですが、とても重要なご質問ですね。結果から言うと全然アツくできていません。もっとアツくできると思っています。少なくとも研究コミュニティ内からは研究トレンドのような研究を出すには成功していますが「日本全体」となるとまだまだです。活動量を示す国際会議投稿数という指標においても、cvpaper.challenge が日本全体の〇〇%と言えるほど多くはないですので、まだまだ頑張る必要があると思っています。

一方で、研究コミュニティを巣立って学術界・産業界にてご活躍されている皆さん、〇〇Vison/〇〇.challengeなど派生コミュニティも出てきており、人材が輩出されなおも連携することである種のエコシステムのようなものが形成できつつあります。コンピュータビジョン分野に限らず、研究コミュニティが成長の場となり、さらに活躍の場があると言うのは全体にとっても良いことなのだと思います。

組織マネジメントにおいて過去10年間を振り返り、今ならあの時はこういうやり方があったんじゃないかということがあればお願いします!

「今ならあの時はこういうやり方があったんじゃないか」なので、ifの話をしようということですね。ここで、過去にアイディアとして考えていた研究が、結果的に他の研究グループからより大きなインパクトで出てきた時は悔しい思いをしています。ただこれは、単に我々に実力がなかったというだけの話ですのでその際の実力の身の丈にあったアウトプットを確実にしていくと言う話になろうかと思います。

その上で、際たる例はやはりFDSL研究でしょう。詳細は「CV分野メジャー国際会議受賞 / トップジャーナル採択までの道のり」[Link] に記載されていますが、単純に最初の論文まで時間が掛かり過ぎました。

「実に5.5年間も研究しています」「似たような問題設定である自己教師あり学習がコンピュータビジョン分野で流行り始めた頃には、この問題設定を発想し研究に取り掛かっていました。自己教師あり学習の発展ぶりを横目に見つつ、地道に改善活動を続けていました。」

と記載されているとおり、今なら組織運営してきた直感で(主著が急にいなくなってコードも無くならず)ロストテクノロジーにならずに済んだし、ABCIまでとは言わずともそれに変わる計算リソースを早急に確保し、最適なチーム構成を組んであと2年早めに論文を世に出せていたのではないかと思います。

論文が出版された2020年11〜12月と言うと、すでに自己教師あり学習の文脈ではSimCLRV2が出て世界的に拡がっていたので、実画像不要でそれらと同等レベルの事前学習ができていたら、FDSLは今よりは注目を集めていたのではないかと思います。また、2021年1月にはCLIP(Contrastive Language-Image Pre-training) [Link] が登場して分野全体で(画像のみの事前学習ではなく)画像・言語統合モダリティによる事前学習が検討され始めたので、実は実データ不要で視覚的事前学習ができるのかどうかということが分野全体で検討されることなく次のステップに進んでしまいまいた。あと2年早かったら... などというifの世界は存在しないので今からでも主導権を取れるような枠組みを考え続けていきたいです。

あの選択が今のこの成果や体制に効いてきている!などの現在からの視点での振り返りはありますか?

やってよかった、という意味ではやはり2015年がターニングポイントでした。それぞれサーベイ体制・研究体制を作る上では重要な選択でした。

  • 【2015年春】まずは思い切りよく研究コミュニティを始めてすぐさまSNS上で宣言して退路を断ったこと:宮下くんとミーティング開始して5分後に cvpaper.challenge という仮のネーミングを考え、10分後に Twitter(当時)を開設、15分後には「CVPR 完全読破します」と宣言したところ。「やっぱり辞めよう」をできないようにしてからチャレンジ開始しました。

  • 【2015年秋】CVPR 完全読破した後に「拡がった知識をベースにして研究体制構築しよう」と言って研究グループを設置したこと:現在まで続く研究メンバーの基礎になっている。分野も組織も横断して、主に博士・修士課程の学生が集合する場となった。

非営利コミュニティを持続させていく上で片岡さんが考えている重要な要素なども気になります。「コミュニティの立ち上げ」と「コミュニティの持続」では異なる難しさがあるように思います。拡大させるために必要なこと、運営において難しかったこと、その困難な局面をどのように打破したのか、についてのお考えなど聞けると幸いです。

「コミュニティの立ち上げ」については上述のとおりなので、それを以て変えさせてください。

「コミュニティの持続」については、仰るとおり違う難しさがあります。結果から言うと、2015〜2018年くらいまでは毎年新しい研究コミュニティを立ち上げているような状態でした。というのも、初期は学部生・修士課程の学生さんを主体として研究コミュニティが成り立っていたので、1〜3年内には私以外のメンバーが全員入れ替わります。実際、設立の中心メンバーであった宮下くんは1年もせずに巣立っていってしまったので、その時点で運営を担うことができるメンバーが私のみです。

スタートアップでもよく「創設メンバーと雇用メンバーの熱量の違い」について議論されることがあるようです。やはり強い気持ちを持って設立したメンバーに、後から給料で以て雇われた雇用メンバーは熱量で敵わないということです。我々は非営利の研究コミュニティであるという性質上、給料をこちらから出したことはないので、ここからするとなおさら熱量が薄まっていってしまうように思われるかもしれません。

毎年スタートアップせざるを得ないので、毎年メンバーが入れ替わるたびに新しいレギュレーションを立てていました。ご指摘のとおり、拡大させるごとに必要な条件や規則というのは変わってくるので、その度仕組みを柔軟に変更できることは必須条件でした。「運営において難しかったこと」はやはり、個別もしくは研究グループごとの面談を毎週・隔週・毎月1回ずつ入れていたので、私一人では受けきれないくらいの物量に膨れ上がりましたが、なんとか体力を駆使して局面を打破していました。

...しかし、無理はいつまでも続かないもので、2018/2019年ごろに電車内で眩暈や呼吸困難になり意識を失う直前までなってしまったことで、仕事のやり方を見直すようになりました。当時は兼業(オムロンサイニックエックス)しつつ自分の主著論文も複数抱え(3D ResNetとFDSLです!)て、その上で産総研業務と研究コミュニティメンバー50名の面談をして、、、ということが重なったのでエフォート200%を超えていました。

この頃から限りある時間・体力を駆使して頑張るのではなく「最悪自分がいなくても回る仕組み作り」「何をするかだけでなく何を辞めるか」を再考するようになりました。また、CV分野では「筋力・体力がある順に成果を出している」ということにも気づいたので、いかに筋肉量を増やすかについても考えるようになりました。これに至った議論は CVPR 2023 速報 [Link] のp.36もご参照ください。

非営利コミュニティを持続させる方法、そして、非営利コミュニティの行き着く先に限界はあるのでしょうか。

非営利でも情報収集や人脈形成においての場を提供できることがわかりました。一方、研究には資金が必要ですので研究費をいかに集めるか、この点においては非営利という枠を超えてしまうと思っています。実際、現状は産総研における私の持つ予算を最大限に活用して、研究メンバーを産総研リサーチアシスタント(産総研RA)や技術研修生(インターン)として採用して研究費や計算リソースを使用しています。

この点、研究コミュニティからホントの意味でのスタートアップをして、資金を稼いで非営利としての研究コミュニティに還元して研究成果を上げてさらにスタートアップを形成するという姿が理想なのかな、と思います。この点では営利企業を巻き込んでしまっているものの限界がなくなると思います。既存の研究ではなく自分たちで研究した成果をベースとしてスタートアップして産業展開や社会貢献できたら面白いですね。

基本的にモチベーションが高い方々が参加される傾向ですが、(コミュニティ全体、主要な研究メンバーに対して)モチベーション維持についてはPIとして意識的に実施されていることはありますか?

「研究やサーベイが楽しいと思えるように」や「チーム内のコミュニケーションの密度を濃くする」などが上層で気をつけていることで、そこからトップダウンに枠組みを考えたりします。

「研究やサーベイが楽しいと思えるように」について、サーベイを可視化して競争原理を持たせたり、研究では心からやりたいと思えるような研究テーマをなるべくマッチングするようにしています。あげればキリがないのですが、サーベイ・研究というのは単調な作業も多く気が遠くなるような仕事も含まれます。天然で楽しいと思えるような才能のある研究メンバーは放っておいても成果を上げてくるので良いのですが、そうでないメンバーでも研究が楽しいと思えるような枠組みは常に考えています。

「チーム内のコミュニケーションの密度を濃くする」では、オンライン・オフラインでのコミュニケーションを多く取るようにしています。日本にいた頃は産総研RA/インターンに対して、Coffee Breakの枠組みも入れて必ず一日一回は雑談の時間が生じるように仕掛けていました。イベント・懇親会・Coffee Break含めて、月並みですがこういった場だからこそ出るちょっとした情報や時間があるから引っ張り出せる話題ってやはり重要なのですよね。オンラインでこの情報を引き出すにはどうすればよいのか...

モチベーションとは直接的に関係ないかもしれませんが「SlackでTwitterをする」という私専用のつぶやきチャンネルも用意しています。某社で兼業させて頂いていた際に活発に動いていたことから真似させて頂いて研究コミュニティに取り入れています。PIとして普段どのような情報を得ているのか、どのようなことを考えているのか、今後どうしていきたいのか、何気ない日常のあれこれなどを "tweet" しています。そこから研究の議論に発展することも多くなってきて、ぜひ続けていきたいと思っています。ただ、研究コミュニティで活発なチャンネルを運営しているのが私だけなので、ぜひ発信してくれる他のメンバーが出てくると嬉しいな、と思います。

研究室と研究コミュニティの違いについてと、その違いで苦労した点などあれば伺いたいです。

研究コミュニティの概要についてはある程度ここまでで伝わったと思います。また、自分が学部4年生や大学院生時代、2014年まで大学研究室にいた際に考えていた研究現場に対する体制や人脈構築について「こうなったらイイな」を実現したのが cvpaper.challenge です。ご質問にある通り、必ずしも違いではないのですが、ポジティブな意味合いをこめて「大学研究室をこう改善したい」と思っていたことなどを共有いたします。

特に改善したいと思っていたのは分野の動向を把握するに必要な情報量の差です。深層学習時代に突入してからというもの、とにかく情報量が年々膨大になりつつあるので、なんとか集団の力で分野の輪郭を把握したかったです。しかし「なぜそんなに読む必要があるのか?」「そんな膨大な情報要らなくないですか?時間の無駄じゃないんですか?」という感じでこちらはメリットを感じつつも、説明が難しい。ここについては、TDU-Visionの記事 [Link] でも松尾くんが下記のように触れています。

読破には当然時間がかかります。そのため、それなりに忙しい大学院生が”自分の時間を費やすだけのメリットがあるのか”を先に考えるのが普通のようで……メリットを提示してくれと言われることが多くありました。さらに、各自の研究テーマを持つ院生が、自分の研究に(一見)関係ない論文を読むことは、時間の無駄として認識されやすかったです。

次に、運良く網羅的サーベイのメリットを伝え研究メンバーとして迎え入れ、数ヶ月の論文読破の後に研究に入ったとしても、与える研究テーマがトレンド創出を目的としたものであるため、大学院生でもやや重い場合が多いです。一人で実行するのも限界がある、チームで取り組もうとしても集団で連携しながらの研究は手探りなので、実は余計に時間がかかることも多いです。データを準備する人・実験を回す人など簡単な切り分けができると良いのですが、データセット整備は敬遠されがちなのと、個人の力量に差があると徐々にフェードアウトする方もいます。私も研究プロジェクトをリードする経験が浅かった時には未出版の論文の山を築いていました。

このように、大学研究室を飛び出して研究コミュニティにも活動の拠点を移してくれるような能力が高く、モチベーションも高い方が集まったとしても研究は失敗します。それでも年間幾つもの研究を世に送り出すことができているのは、頑張ってくれている研究メンバーがいるからですし、10年の間に歴史を積み上げてくれた先人がいるからと言えます。

おそらく「研究室と研究コミュニティの違い」は今後も完全に解消されることは(当然なのですが)ないので、その違いを許容しつつも研究コミュニティの研究にスムーズに移行できるような環境整備を継続したいです。また、人脈や知識の幅が拡がるので、もっと多くの皆さんに研究コミュニティを経験してほしいな、と思っております。

なお、修士・博士課程を過ごした慶應義塾大学の青木義満研究室 [Link] は博士号取得者や研究者を多く輩出するとても良い研究室ですし、青木先生がいたからこそ私の今があるので、特に青木研究室に非があるわけでもここが悪いという意味でもないです。大学研究室という体を取る限りは一般的に致し方ないという部分もあるということにもご注意ください。

学生主体のコミュニティで Top Conference まで採択されるのは非常に険しい道であると思いますが、コミュニティメンバーの人材育成についてどのように考えて、どのように実施されていたのでしょうか?

基本的な考え方や研究コミュニティの研究体制についてはここまでに触れてきたのですが「学生さんのトップ国際会議採択」という意味で言うと、

  • 研究テーマに拘ること。学生さんにとって何よりも研究することが楽しいと思える研究テーマを選んでもらえることや、分野にとって意義深い研究テーマを徹底して検討する。また、精度が出ないと論文投稿できない、世界の誰かが取り組んでいそうな研究テーマはなるべく研究の進展と同時にアップデートしていく。

  • 研究コミュニティ内部にCVPR / ICCVなど主著論文採択経験がある研究メンバーが多くいるので、その体験や知識について学ぶことができる。学生さん同士の方が境遇が近く、ロールモデルを自ら見つけることができる。

  • 締め切り数ヶ月前から、同じように苦労して実験を進め論文執筆をしている様子をお互いに見ることができるので、仲間意識が芽生える。

  • 研究コミュニティが採択はもちろん、投稿経験も重要視しているので、何度もDeadlineを乗り越える経験ができる。

あたりでしょうか。これ以外にも、研究メンバー同士で密なコミュニケーションを取り合うことで思わぬ効果をもたらすことがあります。何気ない会話の中に意外とヒントがあったりするものですね。

また、このようなトレンド創出を狙い、トップ国際会議を目指す中で世界の一流や同世代のトッププレイヤーを目の当たりにするとモチベーションが高まり、博士課程やプロの研究者を目指すきっかけになった、という声も結構多く上がってきています。

コミュニティ運営の中で最もやりがいを感じる瞬間と大量に論文を読む際のポイントについてお聞きしたいです!

変化する・劇的な状況に何度も巡り合うことでしょうか。研究メンバーのモチベーションが一気に好転することもありますし、論文読破や度重なる不採択と投稿の繰り返しの中で大きく成長する姿に立ち会えることもできます。研究活動という中では採択・不採択で大きく2分されるということもあり、良い結果に行き着くために苦労することも多いですが、逆転して採択されたり、自分がメンタリングを担当したRA/インターン生が受賞すると喜びも大きいものです。大学研究室の主宰が体験する感覚を私も少なからず体験することができていると言うことだと思います。

イベント運営・締め切り直前の苦しい状況を乗り越える仲間が多くいるということも研究コミュニティ運営のやりがいなのかもしれません。乗り越えた先には「生きてる」という感じがしますし、文字通りDeadlineを一緒に乗り越えた経験がある研究メンバーはやはり本当の仲間であるという認識があります。

おわりに

ここまで読んで頂いてありがとうございました!

「最悪自分がいなくても回る仕組み作り」「何をするかだけでなく何を辞めるか」を再考と書かれている通り、執筆していて「研究コミュニティに主宰としての自分は必要か?」ということが何度か頭を過ぎりました。あと半年もせずに10年間経ってしまう、毎年同じようなことをやっていると、そろそろ違うことをやらないと不味いのではないか、と不安になっています。

研究コミュニティを継続させるコツみたいな記事なのに最後に「主宰としての自分はいらないんじゃないか?」とか「研究コミュニティとしての cvpaper.challenge は不要なのではないか?」というのを議論するのもおかしな話ではあります。しかしながら、自分の中では研究コミュニティが多数の研究メンバーの研究や技術開発にとってマイナス面しか残らないような負債になり、ただ継続させるしかないくらいなら、いっそのこと研究コミュニティなんて辞めていつでも解散にできるようにしておきたいです。いつでもゼロボタンを横に置いています。

上記の議論をHQ会議で持ちかけたら、猛反対されました。自分が必要とされるのは嬉しいと思える反面、創設当初も今も(私がたった5分で考えた)cvpaper.challenge という名前を守ることが大事なんじゃなくて、研究コミュニティという場で情熱を持ってトレンド創出を狙いサーベイや研究に取り組んでいるメンバーがいて、人脈が拡がっていることが重要です。幸いにも研究コミュニティは現時点では拡がりつつあること、cvpaper.challengeを離れたところで活躍されている方が多くいてエコシステムを形成しています。

cvpaper.challengeに限らず、世界には無数のコミュニティがあります。そして、それぞれが異なる形で価値を提供し、人々に影響を与えています。我々が運営するたったひとつの研究コミュニティが解散するかもしれない恐れよりも、その時々の研究メンバーが、その場で得た情報・人脈・経験を糧に、新しい価値を生み出し続けることが本質です。

内外含め、研究コミュニティは常に形を変えようとしています。ですが、研究トレンド創出でき、その概念が引き継がれるのであれば、それは成功と言えるでしょう。その時点では、主宰としての私がいなくても、研究コミュニティが残した人脈はエコシステムとして、研究としての概念は研究者によりさらに強固になるでしょう。もちろん、どちらの側面でも何も残らないという現実もあっても良いかな、と思います。

また、いつか研究コミュニティを振り返ったときに「楽しい経験だった」と思える瞬間を少しでも多く作りたいということもあります。私のみならず、あなたが「ゼロボタン」を握りしめる重さ、先に見えている希望も、すべてが新しい人脈や(研究コミュニティの場合には)研究トレンドをつくる一歩となっています。

これからも挑戦は続きます。

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