研究コミュニティに事務局機能が必要な理由
アドカレ2023の9日目を担当するResearchPortの長谷部と申します。
cvpaper.challengeでは、ヘッドクオーター(HQ)メンバーとして、研究コミュニティのサポートや事務局運営に携わらせていただいています。3回目となる今年もこの企画に参加することができ、大変光栄です。
私は2021年6月頃からcvpaper.challengeに関わらせていただいており、約2年半が経過いたしました。
今年の大きなトピックの一つとして、組織・グループの再編があり、その際に「事務局」が作られました。この記事では、この事務局設立の背景や微力ながらそこで実施したこと、何を学んだのか振り返りたいと思います。
まずはじめに
本業であるResearchPortについて少し自己紹介させていただきます。
ResearchPortは、研究者/技術者の課題解決プラットフォームとして、技術革新にチャレンジする研究者を支援するためのサービスを企画運営しています。主に「研究業績の拡大や広報支援」「研究者のマルチキャリアを支援(= 三足の草鞋構想)」などの貢献を通じて、価値創出を目指すプロジェクトに取り組んでおります。その中の重要テーマとして「研究コミュニティの成長支援」があります。最近ではcvpaper.challenge以外にも、SSIIのリエゾンメンバーとしてシンポジウム活性化のサポートに関わる機会をいただきました。
また、研究マネージャー(=黒子)の立場から出来る課題解決の機会を探るべく、弊社内に“研究者の研究プロジェクト”があります。コンピュータビジョン・ロボティクス・自然言語処理・機械学習などの技術分野を対象に、世界最高峰の研究が集まるトップカンファレンスの定点観測や、実装でのトッププレイヤーが集う競技プログラミングのコミュニティ調査を行い、業界の動向や研究者/技術者の取り組みを我々独自の目線で分析しています。2023年はCV領域で、CVPR2023、ICCV2023、Google Scholar引用数ランキング[CV]を記事として公開いたしました。
このように、コンピュータビジョン領域の業界動向を分析しつつ、コミュニティ支援に繋げるようHQメンバーとして関わっております。
今年も、cvpaper.challengeが掲げる「コンピュータビジョン分野の今を映し、新しいトレンドを創り出す」というビジョン実現のために、一年間様々な活動でご一緒させていただきました。
2023年cvpaper.challengeでの取り組み
この1年間にコミュニティ内で取り組んだ主なトピックについて振り返ってみました。
・cvpaper.challenge運営組織改編&運営事務局設立
・CCCwinter運営サポート
・MIRU×cvpaper.challenge連携プログラムサポート
・cvpaper.challenge×日立製作所 研究発表会運営サポート など
2023年もcvpaper.challengeは、代表の片岡さん・HQメンバー・研究を支援するメンターの皆さまのもと、多くの研究メンバーが積極的に活動し国際レベルで多くの成果を出しています。その結果、コミュニティの重要目標であった「トップカンファレンス30件投稿」も5年目にして遂に達成いたしました。全メンバーが決して研究活動だけに時間を使えない環境の中、とてつもない努力を積み上げ業績を伸ばしている姿に驚かされました。
私自身は、直接研究を手伝うことができませんが、黒子としてもっとメンバー全員が研究しやすい環境を作ることに貢献できないか思考錯誤しています。
大きな目標達成が出来た要因の一つに、コミュニティ自体が大きくなったことが挙げられます。
携わるメンバーやメンターの数も増え、研究の量・質ともに進化を見せるコミュニティですが、規模が拡大したが故の課題も見えてきており、今後の成長に向けて対処していく必要が出てきました。
非営利の研究コミュニティは、通常の会社組織のような運営インフラではないため、研究者の善意の上に成り立っています。我々も内部でサポートメンバーとして関わるうちに、更なる飛躍を目指し自律的に生産活動がしやすい環境整備について対応しなければならないことに気付きました。
研究組織の運営強化に向けて
世界中どんな組織においても、認識共有、情報共有、マインド共有の希薄化は、組織全体のパフォーマンスに大きな影響を与える問題です。特に、マネジメントメンバー同士の信頼関係は、組織全体のモチベーションと研究メンバー間の連携にも直結します。中長期での研究コミュニティ発展を見据えて、外部の事務局メンバーの立場から以下のような実験的な取り組みをしてみました。
マネジメントレイヤーへのおせっかいヒアリング
一般的に企業では、定期的に上司↔部下の関係性の中でキャリア面談などが実施されます。しかしながら非営利研究コミュニティでは、フラットな関係で構成されているために企業でのそれとは多少異なっているように感じます。事務局が設立されたということもあり、改めて活動の推進役であるHQメンバーに今後の組織運営に必要だと思うことをヒアリングしてみました。ポジティブな目的でのヒアリングですが、この面談ではあえて「課題感」に焦点をあて、理想的な状況にするための意見収集を行いました。すると日々の超激務の中で見落としていた「組織の目標達成に向けた具体的なアクションプラン改善の必要性」「規模拡大によるコミュニケーション課題」、「研究を支える研究者たちへの貢献評価課題」がありそうだとヒントが得られました。
コミュニティマネジメント方針に関するディスカッション提案
HQメンバーとして、また事務局メンバーとして、研究コミュニティ連携強化に向けたディスカッションの機会を提案しました。ヒアリングの結果を基に、今後あるべき定期的チームミーティングの指針、成果物の共有と評価基準の再検討、そして各メンバーの貢献を適切に評価するシステムの構築検討など意見交換を始めました。どれも中長期的なテーマなのでどこから着手すべきか迷いましたが、その中でも個人的にトライしてみたいなと思うことがいくつかありました。
■コミュニティ内での報酬設定検討(研究する人&支援する人)
非営利コミュニティですので、運営側メンバー(研究者)の各役割による負荷をバランスとることは非常に難しいところです。しかしながら運営側メンバーも、一研究者であり、自身の研究業績向上に出来る限りの時間を割けるようにしてあげたいところです。
活動による報酬設定の不均衡は、研究者のモチベーションに大きく影響します。具体的にいうと、研究に取り組むプレイヤー、研究サポートする支援者がwin-winになる構造が必要です。基本的には「見返りを求めず支え合う」というカルチャーが根底にはあり、これによって例えば学会運営などが成り立っていることも事実です。しかし、どうしても具体的なタスクの話では、支えてあげたいという気持ちだけでは時間的にも体力的にも回らない局面が出てきます。研究者でいる以上、研究業績で評価されがちですが、その研究を実現させるに至った支援側の研究者の功績をもっと輝かせていけないかと考えました。
このテーマに対し、共著者への貢献度やコミュニティへの貢献を適切に評価する新たな報酬システムが導入出来たらいいな……との思いが生まれました。研究コミュニティには、自然と他者を尊敬し互いに支え合う精神があるため、ここにプレイヤー・サポーターがともに評価される報酬設定ができると、これまで以上の成果につながるんじゃないかと感じます。
■コラボレーションルールの可視化
もう一つ、素人の私が気になったテーマは「研究プロジェクトメンバー間のコラボレーションルール」についてです。どの研究者も限られた時間を誰とどう使いどんな成果を出すかが重大な問題です。メンター側の視点では、出来るだけたくさんの方のサポートをしてあげたいが、どうしても時間がない・手が回らない。研究メンバー側の視点では、自らの思考だけでどんな支援を求めるべきか明確にし伝えていくことはなかなか難しい。これら両者を最適にマッチングしていくことがとても難しいなと思いました。
もし、アシストが必要なメンバーに適切なタイミングで研究フォローに入れるような、コラボレーションの最適化が実現すると、よりスピーディーに研究が進んでいく可能性がありそうです。その土台として、研究プロセスの可視化やコラボレーションルール検討が必要で、研究プロジェクトの価値向上に貢献できるのではないかと考えています。
■定期的な対面コミュニケーションの価値
とにかく世界トップレベルを目指す研究者たちは忙しい!情報共有アプリのチャンネルやスレッドを見ていると、よくこんな多くのタスクを並行して進めていけるなと感心しています(笑)。
私個人、普段同じ空間で研究をしていないこともあり、slackやwebミーティングだけだと、どうしても相手の人となりやその瞬間に抱えているタスク量などの把握が難しく、微妙なコミュニケーションの距離を感じていました。
そんな中、6月のSSII・7月のMIRUに初めて現地参加し、普段PC越しでしか話したことがない方々と対面で触れあうことができました。たった数日顔を合わせるだけで、どんなサポートが必要なのか、どこにモチベーションがある方なのかなど、多くのことを一瞬で吸収できました。それが非常に嬉しかったこともあり、7月から定期的に産総研を訪問させていただき、対面でのコミュニケーションを取るようにし始めました。
その甲斐あってふと雑談をしているときに、「実は……」と今悩んでいることついて聞かせていただき、上記のようなコミュニティ課題に気付くきっかけを得ることができました。
仕事も研究も全く同じだと思いますが、全体を盛り上げ大きな成果を出そうとするならば、横断的に見渡し何か困っていそうな人を見つけて自分からコミュニケーションを取りに行くことが実は一番価値あることかもしれないなと思っています。持続的に、自然とそのような風土ができる仕掛けを検討していきます。
おわりに
今年もcvpaper.challengeメンバーと関わる中で、いろいろ勉強させていただきました。
昨年のアドカレで記載した「コミュニティパフォーマンスを向上させる機能強化」に向けては取り組むべき課題が山ほどあります。コミュニティ課題とは別に、キャリアに関する相談も多くいただきました。どうしても研究に注力すると、採用スケジュールに合わせた就職活動は難しくなってきます。このあたりも来年にはサポートできるよう準備を進めています。
組織が大きくなったことで、そこに関わる方が研究しやすい環境を作る必要が今まで以上に重要になり、事務局設立という流れになりました。まだ走り始めたばかりで手探りの状態です。一つ一つにはなりますが、このコミュニティがCV分野のトレンドを生み出す世界一の組織になるよう引き続き貢献してまいります。