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「何考えているかわからない人間」をやめる

 (精神的に)大人になって気づいたことがある。「何考えているかわからない」という言葉は,批判だとういうこと。もっというと「ミステリアスな感じだよね」も批判だということ。恥ずかしいけど,最近まで気づかなかった。

 よく,「何考えているか分かりずらいけど,そこがミステリアスでいいよね」とか,そんな感じのことを言われて生きてきたが,それを別に批判として受け取ったことがなかった。ふーん,そんなふうに思われているんだ。くらいに思っていた。けど,人と関わるバイトをしてみて感じたことは,「ミステリアス」とか「ポーカーフェイス」とかは「お前,なに斜に構えてるんだよ,もっとフレンドリーに話せないのかよ」ということだし,「リアクション薄いな,気を遣ってもっと大きくリアクションしろよ」だし,「こっちが質問しているんだから,もっとまともに返答しろよ,一言二言で終わらせてんじゃねえよ」だ。これに気づいた時には,今まで気づかなくてごめんねの気持ちと,別に意図してないけど気の利かない態度をとっていてごめんという気持ちと恥ずかしくて泣きたい気持ちになった。
 

 このことに気づくより少し前に,予兆のような出来事があったのを思い出した。私が高校生の時,いわゆるお嬢様学校育ちのRさんという子が同じクラスにいた。私はたまに話す程度だったけど,Rの忖度無い発言が好きだった。R自身のことも好きだった。ある日話していると,Rは「〇〇(筆者)って,ミステリアスなのかと思ってたけど,ほんとに何も考えていないだけなんだね」と言った。私の馬鹿さが露呈したのだ。その時は,「さすがRさん本質をついているな」としか思わなかった。あの出来事を思い出すたびに,今の私は思う。私は話さなければ,「(賢そうだけど)何考えているかわからない人間」なのだけれど,話すと「何も考えていない人間」なのだと相手にバレてしまう。でも話しかけづらいミステリアスな人間よりは馬鹿で話しかけやすい人間の方がいいなと思う。

 これからは「何考えているかわからないミステリアスな人間」をやめようと思う。4月の目標は,「ミステリアス」という人物評を貰わないようにすることだ。

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