『当たり屋』 路瑠
なんで、あんなことをしたんだろう?
見て欲しい
振り向いて欲しい
心配して欲しかった
路瑠の方法で、一生懸命に試していたんだ。
なんで、あんなことをしたんだろう
路瑠は母が居ない淋しさをそのままにすることは出来なかった。
父でもいいから、振り向いて欲しかった。
父の職場は、家から近かった。歩いて10分もあれば行ける距離だった。
淋しくなると路瑠は、おもむろに缶詰をあける、
今と違って缶切りでギコギコと開けていく。
あけ終わると、中身を食べる。
お腹は満たされる。でも心は満たされない。
残った缶の縁は鋭くギザギザしている。
缶の中に路瑠の小さな手を突っ込み蓋を戻す。ギュッと蓋を戻す。
すると当然だが、缶のギザが小さい手に食い込む、結構血が出る。
そして、父の元へ「血が出でたぁー」と歩いて行く。
父もビックリして、アタフタと対応してくれる。嬉しかった。
だから、淋しくなると何度でも繰り返す。
でも、父が慣れっこになると
違うことを思いつき父に心配をしてもらうの繰り返し。
家には風呂がなかったから銭湯に行く。
銭湯に行くと路瑠は、脱衣所と洗い場の界の引き戸に、
わざわざ指を挟み、血を流して泣いている。
周りのおばちゃんたちがビックリして、番頭さんに伝え、
番頭さんが男湯の父に慌てて伝え、
父が慌てて男湯から上がり、心配そうにしてくれる。
そんなことも何度かあった。
ある時、
車の通りの少ない、アパート前の通り道、
近所の男の子が野球の練習で、木製のバットを振っていた。
路瑠は「テレビで『当たり屋』ってのをやっていたなぁ…
わざと『当たって』お金をもらっていたなぁ…。」
「わたしは、車には当たれないけれど、
このバットに『当たったら』どうなるのだろう?」と考え
次の瞬間、
勢いよくスイングするバットに、当たりに行ったのだ。
飛び込むように!!
…その後の記憶は…無い。
目が覚めると、路瑠は、家の布団に寝ていて
心配した数人の大人の顔がぼんやりと見えた。大人の人たちは、心配そうに
寝顔を覗き込んでいる…何かやり取りしている話し声。
『あぁ、お菓子を貰っているなぁ…』と思いながら、路瑠は、また寝てしまった…。
病院には行かなかった。
お菓子を食べた記憶も無い。
その後、男の子は、アパートの道路で素振りの練習をすることはなかった。
なんか悪いことをしてしまった…。
路瑠は、自分のせいで鼻が少し曲がってしまった。
今でも疲れると、バットが当たった右頬が痛い。
第4話