「パワハラかパワハラじゃないかの行方」
「散歩の記録」
小会議室で。
両手をデスクの上で組み、丁寧に話している上本主任。
神妙に聞いている配送担当のパート、佐藤。
上本 「実は、佐藤さん、一応ね、念の為に聞いてみたんよ」
佐藤 「はー、誰にですか?」
上本 「僕も前々から何か気になってたし。
私らところ、知っての通り4人しか居ないでしょ。
すっきりしなイカんやろと思って、この際ね」
佐藤 「ええ」
上本 「で、稲盛さんに聞いてみました」
佐藤 「そうですか・・・」
上本 「何もないって!」
佐藤 「!?」
上本 「そう言ってましたよ。別に何もないと」
佐藤 「へ~、嘘でしょ。冗談じゃないですよ。
あん人、アホ、ボケ、間抜け、オバン、オバンって散々、
云いたい放題言われてたんですよ。真横で聞いてんだから、私も。
だからさ、ホンと、腹立つね!
もう、プッツン切れそうになるよねって云ったらさ、稲盛さん、
何度か爆発しそうになったって言ってたもん!おかしいな・・・?」
上本 「でも、稲盛さん、谷口さんと楽しそうにワーワー言いあってんの、
私も見てんねんけど、あれは、どうなの」
佐藤 「!?・・・」
上本 「パワハラないかって?聞いたら、いや、ない。気にしませんって!」
佐藤 「気にしません!そうですか・・・」
上本 「佐藤さんが嘘を云ってるとは思ってないんですけど。
日頃のね、態度見てると真面目だし・・・。
稲盛さんにも何度か、ないか、って確かめたんやけど、
本人が無いって云ってるんだったら、ね。別に否定することもないし」
佐藤 「・・・」
上村 「それともう一つ、本人にも伝えましたよ」
佐藤 「!」
上村 「で、そんな感覚はないって。身に覚えないって。
大体、佐藤さんに憎いとか嫌いとかそんな風に一切思ってないって。
もし、仮に、云ってたなら、悪気は無いって」
佐藤 「(えー、ウソだ〜)」
上村 「だから、話し合ったらどうかなって思って」
佐藤 「?!」
上村 「さっきも云ったとおり、私たちの部署、4人しかいないし。
スッキリさせた方がええかと思って。
その方がええでしょ、佐藤さん」
佐藤 「ええ・・・」
出て行く、上村。
目を閉じ、静かに待つ佐藤。
声が聞こえて来る。
上村・声 「さぁ、谷口さん、そっちへどうぞ」
谷口・声 「はい、すみません」
椅子を引き、座る音。
谷口は佐藤の前、上村は横に移る。
上村・声 「ここで、思ったことを言っといた方がええかと思って、お互い、二人とも」
目を開ける、佐藤。
前には、いつもの意地悪そうな顔ではなく、
緊張して神妙な谷口がジーっと見つめている。
その谷口が、
「ええ、そうですね。上村さん」
佐藤 「(ああ、これだ!上司と部下この変わり身、このトーン)」
上村 「悪いけど、私はここで聞かしてもらうわ・・・どうぞ、佐藤さん」
佐藤 「はい、もう、聞かれたかと思いますが、
アホ、バカ、間抜けって、バンバン言われるのは辛いです。
しかも、人前で、さらに、入ったばっかりの臨時の学生バイトの前で、
あんなこと、よう平気で言えるかと思います。
フツーだったら、もし、こっちに至らないことがあったとしても、
人前で罵倒したようには言わないと思います。
私ら歳が歳なんだから、二人の時に注意するとか・・・。
なんか、こんなこと生まれて初めてです、信じられません」
谷口 「・・・すみません。もし、佐藤さんがそう感じていたんなら、ゴメン。
この通り、謝ります。ゴメンなさい。
私は、そういう風に云った覚えはないんです。
佐藤さんが憎くて、嫌いで、イヤやってなことは全く無いんです。
そんなことは思っていません。そんな気持ちもありません。
ただ、注意ということでいろいろ云いはしました。
私も忙しくて、いらいらして思わず云ってるかもしれませんが、
悪気は無いです。
云ってたら、すみません。ゴメンなさい」
佐藤 「・・・」
谷口 「本当に、あくまでも、夢中になって、
佐藤さんのこと思って云っちゃうんです・・・」
佐藤 「・・・」
上本 「佐藤さん、まだ、あったんじゃないの・・・運転してたらって」
谷口 「(上本にチラッと目が走る)」
佐藤 「(誰に云うともなく)勝手にハンドル触ったり、ギアチェンジしたり、
信じられません。とっても、危ないです」
谷口 「あれは、危ないって思って」
上本 「・・・」
佐藤 「でも、突然、急に、その方が・・・というより、
口で普通に云ってくれれば」
谷口 「佐藤さんは右に寄り過ぎなんです。
止まれのところも、きちんと止まらないと」
佐藤 「判っております」
谷口 「じゃ、なぜ、あの時、右に」
佐藤 「あの時は、左に人が来ると思って・・・というより、
突然、ハンドル握られて、操作されるってなんてこと始めてです。
失礼ですけど、私も車関係の仕事やってきて納車や引き取り、
二十何年はやってきたんです。
フツー、そんなことしないでしょ、どうですか、上本さん」
上本 「(頷き、谷口を伺う)」
谷口 「私は、本当に危ないっと思ってつい手が、悪気はないんです」
佐藤 「・・・(もうどうでもいい)」
上本 「他には」
佐藤 「いつも、なんか、慌てさせます。
早よ、早よって、時間がある時でも、急かし、煽ります。
だから・・・それだけではないと思いますが・・・失敗も出ます。
さらに、怒って罵倒します」
谷口 「佐藤さん、仕事遅いからです。
稲盛さんのように、早よしろとは云いませんが、
もう少し、早くやってもらいたくて」
上本 「そうですね、それは、私も少々、感じてはいました。
でも、まぁ、ぼちぼち、慣れてくれればと」
谷口 「それに真剣に聞いてない感じもします。
メモを取れって言っても、すぐ、忘れるし、
いろんなこと、覚えていかないし、そういうこともありますし・・・」
佐藤 「そのことについては、すみませんでした」
谷口 「・・・」
佐藤 「・・・」
上本 「他には」
佐藤 「いえ、もう、別に」
上本、谷口を伺う。
谷口 「(頷く)」
上本 「どうですか、これで。お互い、少しはスッキリしたんじゃないですか。
このまま、ズルズルいくよりは、いいと思うんです。いいですかね」
佐藤、ゆっくりと帰り仕度をして、二人に挨拶を交わす。
佐藤 「ありがとうございました」
座ったままの上本は軽く会釈をし、
谷口は座ったまま、佐藤を目で追うだけ。
職場から、
逃げるように駆けてくる来る佐藤。
「稲森さんも・・・か・・・?」
佐藤
「言葉の暴力、パワハラのことを言っているのに、話がすり変わったようだ。 嘘つきなのか、無自覚なのか。不可解な後味でした。
この話し合いは、辞める2日前のことでした。
その時の私の心は既にここに在らず、前へ向かって歩き始めていました」
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