円卓会議もどき
〈円卓会議もどき〉
「これから生徒会の定例会議を……ゴホン。ええと、円卓会議を始めたいと思う」
エイベル皇子が壇上から立ち上がって、突然そんなことを言い出したので、会議参加者である各クラスの代表者たちはしきりに目配せしあい、皇子の心身の不調を案じた。
定例会議には爵位が高く、士官学校卒業後にはすぐ国政を担う立場にある、校内でも殊に期待と責任を負った学生たちが参加しており、その代表者はクラスに一名ずつのみ選出されている。たいていは家の力の有無によって。
こういったときに真っ先に口火を切るのはたいてい、リリエンタール家の双子のどちらかである。キリーヌ・リリエンタールはふてぶてしく足をテーブルに乗せて、
「なんだって? 円卓? 円卓会議なんて、聞いたことのない言葉だね」
隣に座っているレーム・リリエンタールも横柄なる態度で足を組み、退屈そうに腕を組みながら、
「また皇子が変なものを食べたんじゃないの? だいたいここ、円卓でもなんでもないし……」
その言葉を聞くなり、エイベル皇子の側近のブルートはとっさに脇差に手を添えた。それを目で静止したのは、皇子をはさんでブルートの反対側に立っていた、はしばみ色の目をした美しい青年、クリステン・サマーだった。
「皇子、この男は誰?」レームがサマーを指差す。
「僕の側近の一人だ……クリステンという騎士で、これから書記を担当する。気にしないでくれ」
「書記だって?僕たちの意見も聞かずに独断ばかりで困るねえ、王子さま。そもそも、この会議自体なんの意味もないのに」キリーヌは大げさなため息混じりにごね始めた。
リリエンタール兄弟はいつものように皇子への攻撃的な口調を弱めなかったが、彼の言葉は的を得ており尤もな言葉でもあった。
定例会議は各クラスの情報交換のために儀礼的に行われていたが、お互いに誰もが将来政敵になりうる貴族や豪商たちが簡単に大切な情報を詳らかにするはずがなかった。その上、円卓でもなんでもなく、授業に使われていない古い教室の机と椅子を借りて、会議室と称しているだけだった。
「……どうやら女神のおられた世界では、<円卓の騎仕>という伝説があるらしいのだ」
「また<新しい歴史>とかいうやつ? この数週間そればかりで本当にうんざりするよね」
「僕たちは女神様にまだ謁見もできないのにさあ……」双子が口をとがらせる。
そのとき会議室の扉が開き、にわかに部屋が騒がしくなった。幼い東洋人の少年を従えた長身の青年と、暗い表情を浮かべ俯いているモーラ・シャペイ、それにネイヴが人魚の姿ではなく、人間のように二本足で立って歩いて会議室に入ってきた。
モーラの顔を見るなり、リリエンタール兄弟はくすくすと笑い出した。エイベル皇子が立ち上がって、長身の青年に尋ねた。
「タバラン! 何日も授業に来ず、何をしてたんだ?それにどうして、ネイヴ様が?」
タバラン・デ・セルバンテスは、切れ長の目を細めて笑い、皇子に向かって、落ち着くよう手を軽く振った。たったその一つの動作から、彼の妖艶な魅力、そして掴みどころのない性格が如実に現れていた。
「千年ぶりの春が来たんですからね、魔術師として落ち着いてはいられなかったのですよ。何はともあれ、星を詠んだりしていましたら、もう十日も経ってしまっていました……ツグミがそろそろ学校へ行きたそうにしていましたし、今日は会議があることを思い出して、さっきやってきたところです」
タバランたちはそれぞれ席についたが、黒い髪を一つに結いで、無表情で会議参加者の一人ひとりを点検するように睨めつけているツグミは、主人の後ろに正座して、主人の言葉を聞いていた。
教室内でたった一人、タバランたちを心配していたらしい皇子は、
「そうだ、ツグミも学校へ来ていなかったね。教区長様も大変心配なさっていたよ。モーラ?君も今日授業に見えなかったね?」
モーラは皇子に声をかけられると、ブルっと震え上がり、顔を真っ青にしてますますうつむき、唇を噛んだまま何も話さなかった。
タバランはモーラを軽く抱擁する仕草をして、
「かわいそうなモーラは、双子のおもちゃになっていたんですよ。朝からずっと写字室にいたようです。ほら、あそこの鍵は厳重ですし……」
「写字室?」
エイベル皇子が首をかしげると、リリエンタール兄弟の笑いが一層大きくなり、二人は腹を抱えて笑いだした。
「この困った双子が彼に宿題を押し付けたそうですよ。双子が教区長からいたずらの罰として与えた写本の課題が終わるまで、モーラは椅子に足をくくられて、きのうから夜なべで写筆していたんです」
「キリーヌたち!そんなことを?」
皇子が思わず声を上げると、双子たちはぴたっと笑うのをやめ、また悪魔のような目で皇子を睨みつけた。
「この貧民に金をやったんだ。金が欲しけりゃ働かなきゃいけないだろ? モーラは金を受け取った。 だから僕たちは仕事をさせてやったんだよ」
「モーラ、それは本当かい? 彼らから金をもらったのか?」
皇子から声をかけられたモーラは、泣き出さんばかりに小刻みに強く震えだした。タバランはモーラの頭を撫でた。
「どうか、今は彼を休ませてやってくださいませ、皇子。 彼は一睡もしていないんですからね。 それに写字室ですこし気になることがありましてね、それでネイヴ様をお連れしたわけです」
「気になること?」
部屋中の人間が一斉にネイヴのほうを見た。人間の姿になったネイヴは、幼い少年の背丈だったが、学生たちから畏怖されていた。この男は、千年、生きている……
ネイヴは先程から、学生たちのいざいこざに飽き飽きして窓の外を眺めたりしていたが、ようやく自分の番が回ってきたとばかりに飄々として口を開いた。
「そうじゃ。 本棚中の本がすっかり消えておってな。まあ、皇子はひそかに教区長から聞かされているかもしれんが、<歴史の修正>が始まったようだから、私も家で酒をあおっている場合ではないと思ってなあ」
「はあ。つまり……これからその、あなたも会議のメンバーに入られると?」
「そうだな。 そもそも、この会議が形骸化しているのは知っておる。 腹に一物ある人間が集まったところで、せいぜい腹のさぐりあいするだけじゃろ。 しかし女神が降臨した今、おまえらには、神とともに生きるということがどういうことなのかを、教えてやらんといかん。それは千年前に女神と結ばれたわたししかできないことだからのう」
「それにもう一つ……これは共有したほうがよい情報ですが、」タバランが口を挟んだ。「女神がおられましたよ、図書室に」
「なんだって?」
兄弟が大声を上げ、他の参加者たちも一斉にひそひそと話しはじめ、騒ぎ出した。
「はあ……あの娘はどうしてこう、いつも騒ぎを……」ネイヴは呆れたように笑った。
「詐欺師!もう女神はいないの?」レームがタバランを責め立てるように叫んだ。
「まあまあ、双子さん、落ち着いて。さきほどのことはすべてお話しますから」
そうして、稀代の卜者タバランは、先に起こったことを酒場の吟遊詩人よろしく滔々と話し始めた。