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ほどほど

「てェわけだから六、さっさとそこィ座れ」

「てェわけだからって、こっちは呼ばれて来たばっかりだ。なんのことやらさっぱり──」

「だからおめえはものがわからねえってンだ。叔父さんのとこィ呼ばれたとなりゃァ小言に決まってンだろ、え、昨夜も飲み過ぎて、夜中に戸板に乗せられて帰ってきたって云うじゃねえか。お光坊の奴ァ、おめえがてっきり喧嘩でもして、冷たくなって帰ってきたもんとばかり思ってよ、ああ、あんた、こんな姿になるんなら外へやらず、家で飲ませればよかったって──そう云って泣いてしがみついたとこへ、ありがてェ、それじゃもう一杯っておめえがむっくり起き上がったもンだから、かわいそうにお光坊、引っ繰り返って目ェ廻して……さっき見たらこんなとこに大きなコブゥこさえてよ──わかってンのか、おめえがそう、酒にだらしがねえから──」

「へへ、こないだ酔っぱらって横町のドブに落っこった叔父さんから、酒のことで意見されるたァ思わなかった」

「生意気云うねェ。おめえだってよ、酒ェ飲まねえ奴から小言喰らったって聞きゃしめえ。こういうのはな、飲む奴から、やめろたァ云わねえがほどほどにしとけッて──そう云われた方がいいんだよ」

「ほどほどねぇ……ゲフッ」

「なんだ、おめえ、酒臭ェ息吐いて──これから意見されようて奴が、もう飲んでンのか?」

「なに、小言なんぞ素面で聞いたって面白かァない」

「それがいけねえッてんだよ、なあ──俺だって飲むンだから飲むなじゃないが、程ッてえのをわきまえなきゃいけねえや。じゃあいいか、ひとつ、叔父さんがおめえに話ィして聞かせるがな──」

「叔父さん、いま、ひとつッて云いましたね」

「なんだよ」

「叔父さんの話はクドくていけねェからなァ。ひとつッてんなら、本当にひとつだけにしてもらいてえもンだと」

「いきなり言葉ァ質に取ったな。いいよ、いいよ、おめえなんぞにクドいとか云われたかねえや。それじゃわかりやすい話ィしてやるからよッく聞け。昔、ある殿様のお屋敷に酒川樽右衛門という侍ェがいてな、これが三升ぐれえは朝飯前に飲んじまうてほどの大酒飲みだ。殿様も樽右衛門の飲みっぷりが見事だってンで三升入る金蒔絵の杯を下され、これで酒の相手を務めさせるほどのお気に入り。そこへある時、噂を聞いた浪人者がやって来てな──」

「拙者、底無笊之介と申す。こちらに酒川樽右衛門殿という天下無双の大酒飲みがおられると聞き、参上仕った。ぜひ一度、お手合わせ願いたい」

 さあ、正々堂々、正面から挑まれたら樽右衛門も武士だ。逃げも隠れもいたさぬと受けてたって、お屋敷の庭で二ァ人、一升枡片手に向かい合う。殿様はじめ仲間の侍たちも、飲みッくらで樽右衛門が負けるたァ思わないが、わざわざ勝負しにくるぐらいだから相手の浪人者もなかなかのもんだろうと身を乗り出して見ていると、まずは笊之介が息もつかせず一升をぐっと飲み干し、さあ、とばかりに樽右衛門に目をやった。樽右衛門もそれに応え、一升枡を傾けると隅の方からくーっと腹ン中へ流し込む。次はまた笊之介が飲み、続いて樽右衛門が飲みと順にいって、あっという間に五升ずつが腹ン中へ収まった。

「やあやあ、樽右衛門殿。噂に違わぬ見事な飲みっぷりでござるな。拙者もそろそろ本腰を入れるとしよう」

 笊之介は帯をひとつしごくてえと、今度は一升枡を続けてふたつ──二升の酒をきゅーっと空けて、

「さあ樽右衛門殿、いかに」

 負けじと樽右衛門、これも二枡立て続けにぐいぐいっと空けて、

「なんの、まだまだ」

 見ていた殿様も熱が入ってきて、

「両名なかなかの勝負じゃ。勝った方にはなんなりと褒美を取らせるぞ」

「なんなりと、と仰せられたはまことでございますか」

「笊之介と申したの。そちの望みはなんじゃ。金か? 仕官か?」

「いえ、なんでも頂けるのであれば、樽右衛門殿がお持ちという金蒔絵の杯──あれを頂きたい」

 これには居並ぶ侍たちも驚いたな。万一負けでもしたら面目が潰れるだけじゃァない。忠義で知られた樽右衛門、御拝領の杯まで持っていかれりゃ殿様に申し訳がないッてんで、ヘタすりゃ腹ァ切りかねない。

「待てまて、あれは余が酒川にくれてやったもの。いまさらどうこうとは──」

「殿が下されたものなら、お取り上げになればよろしい。それを拙者が頂くということで」

 なんなりと、と云っちまった手前、殿様も引っ込みがつかないや。困って樽右衛門を見ると、こっちはまるで他人ごとのように落ちつきはらっているもンだから、よほど自信があるのかと殿様も腹ァ決めて、

「あいわかった。両名とも勝負を続けよ」

 さあ、今度は命懸けの勝負だ。笊之介が枡を上段に構え、ぐうっと飲み干せば、樽右衛門は下段の構えからぐぐぐぐぐぐっと吸い上げる。互いに一歩も譲らないまま、とうとう二人の後ろで一斗樽がふたッつ空いた。さすがに笊之介も鼻の頭ァ赤くして、身体が少しッつ揺れてくる。樽右衛門はというと、これが最初ッからちっとも変わった様子がない。これァそろそろ勝負が見えたな──と仲間の侍たちは思っていたが、ふらつきながらも笊之介、それからなお三升の酒を飲み下し、

「ろ……ろうらッ……た、樽……樽……へもん……」

 真っ赤な顔ォして、樽へもんなんて云ってるようじゃ、もう先が知れたもの。誰もが樽右衛門の勝ちだとそっちィ見ると、手にした枡を半分ほど空けたところで、樽右衛門の身体がふらっと揺れた。とたんに樽右衛門、枡を膝の前にぴたっと置くと、

「それがし、これよりはもう頂戴できません」

 あっさり頭ァ下げちまった。顔色ひとつ変えない樽右衛門が参ったと云い、いまにも倒れそうなベロベロの笊之介が勝ち名乗りを受ける。誰が見たって納得のいくもンじゃあないが、腹ァ切ることンなるかも知れない当人がそう云ってンだから仕方がない。

「酒川──よいのか、それで」

 殿様の言葉に樽右衛門、なんにも云わずに頭ァ下げる。

「見損のうたか……」

 殿様はぷいっと立って行ってしまう。仲間の侍たちがざわつく中、ひとり機嫌のいいのが笊之介で、

「ど、ど、どうだッ……ええ……拙者のか、か、勝ちだ……へへ……た、たかが一斗と三升ぐらいの酒でだらしのない……なにがた、た、樽へもんだ。拙者、まだまだ飲めるぞ──」

 樽ン中からまた酒をすくうてえと、口ンとこへ持ってッたが、そのまンまドデンと仰向けに引っ繰り返ってガアガア寝てしまう。樽右衛門が助け起こし、背中におぶって部屋へ連れていくのを見りゃあ、ますますどっちが勝ったんだかわからない。

 さあ、その夜更け過ぎのことだ。お屋敷の火の見から版木を打ち鳴らす音が響いたかと思うと、ジャンジャンジャーン、ジャンジャンジャーン、ジャンジャンジャーンと半鐘を擦る音がする。近いぞッてんでお屋敷の侍たちも飛び起きたが、中でも真ッ先に起きて殿様ンとこへ駆けつけたのが樽右衛門で、

「風向きはこちらが上でございますゆえ、まずは大丈夫かと存じますが、万一に備えましてお支度だけはなされますよう。拙者これから屋敷周りを見て参ります。御免──」

 ツーッと飛び出していく。幸い火はほどなく収まって、やれやれッてんでみんな部屋ァ戻ると、見りゃあ笊之介ひとり、騒ぎも知らずに大鼾をかいていた。朝ンなって殿様が、

「酒川、昨夜の働き、ご苦労であった」

「ははっ」

「聞けばあの底無とやらは、酔いつぶれて眠っておったそうだな」

「あれだけ飲みますれば、無理もないことで」

「余の見るところ、お前の方はもっと飲めそうな様子であったが──」

「それがし、お役目を考えますればあれが精一杯。程を過ぎれば万が一の時、殿のお役に立てませぬ」

「よくぞ申した。見事な心掛けじゃ。あの三升入りの杯など底無とやらにくれてやれ。今度は余が五升入る立派な杯をとらせようぞ」

「ははっ。後生大事に致します」

「──ッてんで、酒川樽右衛門てお侍は殿様の覚え目出度く出世をされた。これも自分の程ッてものを知っていたから──」

「なんでえ、五升入る杯もらって後生大事にしますって──落とし咄じゃねえか。だいたい一斗三升も飲んどいて、程もなにもあるかい、ばかばかしい」

「いや、こりゃ大酒飲み話だからよ、おめえならまあ、明日の仕事に障ンねえくらいッてことで、二合か三合──」

「そりゃあねえよ。あっちは一斗三升でこっちは二合か三合てンじゃ、勘定が合わねえ」

「うるせえ野郎だな。じゃあじゃあ、もうちッとおめえにもわかりやすい話をしてやるよ」

「ちょ、ちょ、だめだい、叔父さん。最初に云ったろ、話はひとつッきりって約束だい」

「いや、だけどよ、ここで終わッちまや、おめえ──こっちだってお光坊に頼まれてンだから……(後ろを向いてこっそり酒を湯飲みに注ぎながら、愚痴っぽく)せっかく仕事終わりでゆっくり飲めると思ってたのによ……(湯飲みを持って)まてまて──だからよ、だからその……まだ話は終わっちゃいねえッてんだ」

「だって叔父さん、樽右衛門てのが出世して、それで終いだろ」

「だからおめえは早呑み込みだッてンだ。いいか、まだ笊之介が居らあ──(酒をぐっと飲んで)な。野郎が目ェ覚ましたのは昼頃だ。のんびり酔い覚めの水かなんか飲んでるとこへ、屋敷の者から夕べのことを聞かされて、ああ、拙者まだまだ修行が足らん、程をわきまえなかったばっかりに、試合には勝ったが勝負に負けた──と思っているとこへ、樽右衛門が約束通り三升入りの杯を持ってくる。笊之介はその杯を突っ返すてえと、樽右衛門の前に両手をついて──」

「杯などより拙者、ぜひとも酒川殿に、程というものについて御教えを願いたい」

「左様でござるか。それは良いお心掛け。ならばおひとつ話してしんぜましょう。エエ──昔々、唐土に年老いた夫婦がおりましてな──」

「ちょっ、ちょ、ちょ──なんか、別の話に入ってねえかい?」

「いいんだよ。樽右衛門が笊之介に話ィしてンだ──(こっそり酒を注ぎながら)続きだよ続き。それでその──エヘン──唐土に年老いた夫婦がおりましてな、ある日のこと、爺様は山へキノコを採りにでかけた。毎年、この時期はこの辺りと大抵決まっているのに、どうしたことか、今年はなかなか見つからない。籠が軽いまま帰ったのでは婆様もがっかりするだろうと、あっちはどうだ、こっちはあるかと足を伸ばすうち、気がつけば見覚えのない山奥へ踏み込んでしまっていた。日は暮れてくる、歩き疲れて喉も渇いた。さてどうしようと思っていると、どこやらか、水の湧き出る音がする。耳を頼りに探してみると、岩陰に小さな泉があった。やれありがたいと喉を潤し、顔も洗い、それから急いで、夕日の沈む先を見当に家路へとついた。ようよう家へ辿り着いた時はもうとっぷりと暮れていて、さぞ婆様も案じているだろうと、ガラリと戸を開け──」

「いま戻ったよ。いや、遅くなって悪かった」

「おや、どなた様で?」

「これこれ、いい歳をして拗ねなさるな。今年は山のごきげんもようなかったが、婆様までこれでは堪らん」

「こんな時分に人の家へいきなり入ってきなさって、なにをお云いなさる。もうすぐ爺様も帰ってきなさるで──」

「婆様こそなにを云う。わしがわからぬのか」

 云われて見れば、着ているものは爺様が出ていった時と同じもの。歳は三十そこそこの男盛りで、しわもなく、顔の色艶もよいが、なるほど面差しは爺様に似ている。

「わしじゃ、わしじゃ。朝、キノコを採りにでかけたろうが」

「それじゃあおまえ様、うちの爺様かね。なんでそう若うなりなさった?」

「若うなった? わしがか──?」

 両手で顔をさわってみると、確かにしわひとつない。水瓶を覗いて見て、

「こりゃいったいどうしたことじゃ」

 婆様と話すうち、どうやらあの泉の水のお蔭だろうということになり、次の日、婆様を連れていくことになった。ところが朝起きてみると、もう婆様はいない。待ちきれんで、一足先に家を出たらしい。場所は教えておいたが、果して行き着いたものかどうかと爺様が心配しながら泉へ向かうと、木々の間から赤ん坊の泣き声が聞こえる。こんな山奥にいったい誰が──と行ってみると、婆様の着ていたものにくるまって、赤ん坊が一人、大泣きをしていた。ああ、だから云わないことじゃあない。婆様め、若返りの泉の水を飲み過ぎて、赤子に返ってしまわれたか。程をわきまえなかったばかりに、やれ難儀なことよ──」

「──と、おわかりか、笊之介殿」

「おれァ六三郎だい。だいたい今の話ィ、酒が出てこねえじゃねえか。今日は酒の話ィするんじゃなかったのかい」

「酒じゃねえや、程の話だ」

「酒の程ッてこッたろ。だったら同じ昔話するンでもさ、若返りの水より養老の滝の方がいいじゃねえか。あれなら酒が出てくらァ」

「ばかだな、おめえ。ありゃ親孝行しろッて教える時にやる話だよ。ここでやったらおめえ、親父に酒ェ飲ませ過ぎてヘベレケにしちまって、孝行もほどほどにッてことになッちまうだろ。ちったァ考えろ(湯飲みの酒を飲み干し、また隠れて注ぐ)」

「叔父さん……さっきからなに飲んでンだよ」

「白湯だよ、白湯。話ィする時は喉が渇くんだ」

「白湯ッて……湯に入って顔が赤くなるこたァあるけど、湯ゥ飲んで赤くなるなんて聞いたこたねえや──一杯おくれよ」

「酒で意見されてる奴が、一杯くれもねえもンだ」

「だって白湯なんだろ。いいじゃねえか」

「こりゃおめえ……叔父さんが仕事終わりでゆっくり飲もうと思って買っといた……白湯だ」

「そんな白湯があるもんかい。くれなきゃ帰ってお光に云うよ。叔父さんは人に意見する柄じゃねえ。酒飲みながらじゃ小言だか愚痴だかわかりゃしねえし、話ッてのもなんだかさっぱり──」

「どうしておめえはそう勝手に終わらせようとするンだよ。話はまだまだ続きがあんだ」

「続きッたって、婆さんが赤ん坊になったんだ。これでもう終わりだい」

「その赤ん坊になった婆様をだ、爺様が家へ連れて帰って、おっぱいはやれねえから重湯かなんか作って吸わせるだろ。そうするとこれがまたいくらでも飲みやがるから、婆様め、こんな目にあってもまだ程がわからぬか、それならこの爺がひとつ話をしてやろうと──」

「よせやい、赤ん坊に云ったってわかりゃしねえじゃねえか」

「いいんだよ。態は赤ん坊だが、頭ン中は七十八だ──(酒を飲んで)よいか、婆様。昔々、丹波の国の大江山に酒呑童子という鬼がいてな──」

「待ちなよ、叔父さん。おかしいよ。その話ィしてんのは唐土の爺さんなんだろ。どうして大江山の酒呑童子知ッてんだよ」

「あれぐらい有名な話は、遠く唐土にも伝わってんだ。おめえだって唐土の孫悟空知ってンだろ。そういうもんだよ。(面倒くさそうに)一杯注いでやるから黙って聞いてろ──いいか、酒呑童子が都で悪さァするもんだから、時の帝が源の頼光にお命じになり、碓井の貞光、卜部の季武、坂田の公時、渡辺の綱の四天王に平井の保昌を加えた六人で討伐に行ったんだ。こっちも強者揃いだが、なにしろ相手は鬼だ。なまじ正面から討つよりもッてんで、みんな山伏の姿ンなり、山道に迷ったふうを装って酒呑童子の住処へ乗り込んだ。鬼の方じゃ、あとでみんな喰ッちまうつもりで酒など振る舞う。頼光の方もお返しにッてんで、神仏より授かった神便鬼毒の酒──神の方便、鬼の毒で、人が飲んだら薬ンなるが、鬼が飲んだら身体が痺れるてえ酒だ。これを酒呑童子に、さあ一献と──」

「うむ──(湯飲みを差し出す)」

「(うっかり酒を注いで)あっ、この野郎、一杯だけって云ったじゃねえか──うめえとこで手ェ出しやがって……それでだ、酒呑童子はこいつをでかい杯で受けて(云いながら自分にも注ぐ)、ぐーっと飲んで──(自分も飲む)ああ、うめえ。こりゃあいい酒だ──てンでもう一杯(また注ぐ)。やったりとったり、謡ったり踊ったりするうち、さすがの鬼どもも神便鬼毒の酒が効いてきて、あっちでごろり、こっちでごろり。酒呑童子も眠気がさして、部屋ァ戻っちまう。さあ今だッてんで、頼光たちは背中に背負ってきた笈の中から鎧兜を取り出し、すっかり支度をすると酒呑童子の部屋へそーっと忍んで行って──やい、起きろ、六!」

「うわっとォ──寝首を掻くとは卑怯なりィ」

「人が話してンのに居眠りするンじゃねえ。こっからがいいとこじゃねえか。いいか──頼光たちが行ってみるッてえと、都を出るとき、武運長久を祈った住吉明神、熊野権現、男山八幡の神様が現れて、酒呑童子の手足は鎖で縛っておいたからあとは存分に、というありがたいお言葉。頼光、酒呑童子の頭の方へ廻るッてえと、刀ァ抜いてエイヤッ──四斗樽もあるような首を一撃ちに切り落とす。その首が宙を飛び、おのれ頼光ッ、と頭の上からかぶりつこうとするが──酔ってるもンだからあっちィふらふら、こっちィふらふら。千鳥足ッたって、足がないから千鳥首。コラッ、よくも騙したな。四天王といいながら……六……七……八人も連れて来おって……うん? どっちが本物の頼光だ? ええい、面倒だ、まとめて一呑みにしてくれる──ッて勢いつけて、頼光めがけたつもりが斜めへつーっと逸れて床柱の角へガツーン……そのまま目ェ廻しちまう。天晴れ頼光、酒呑童子を討ち取ったりィ──」

「違うよ、それ。俺が聞いたのはもっと──」

「いいんだよ。だから飲み過ぎちゃあいけねえと、ここに話が収まるじゃねえか、なァ──酒呑童子だって飲み過ぎなけりゃあ、頼光なんぞにやられねえで、まだまだ都で悪さァできたんだ。ダメだょォ飲み過ぎちゃあ(また飲む)……なあ、婆さんやと」

「いきなり唐土の爺さんに戻るね。だけど叔父さん、その神便鬼毒の酒ッてえのは鬼には毒でも人間には薬ンなるんだろ。だったらいいじゃねえか。どんどん飲もうよ」

「どうしておめえはそうわからねえかね。おめえがわからねえとなると、話もどんどん続くよ」

「続くッたって、酒呑童子はもう首ィ切られたじゃねえか」

「だからそこへ手下の茨木童子が来てだな、やれ情けなや、お頭。飲み過ぎちゃあいけねえってあれほど俺らが云いましたのにッて首をかき抱き、ほれ、こないだも話したでしょう。三度の飯より酒が好きというさる殿が──」

「猿の殿様ッてやがら。赤井御尻守とかって名前だろ」

「ばか野郎、猿の殿様じゃねえや。猿は……猿はおめえ……殿様じゃなく大将ッてンだ。そのお猿の大将がよ──」

「話ィ違ってねえか?」

「なんだっていいやな。そのお猿の大将がよ、三度の飯より酒が好きで──」

「おかしいよ。猿が酒ェ飲むかい」

「飲むンだよ。猿は……猿……猿酒だよ。知ってんだろ、木のうろン中に入れといた山ぶどうだのなんだのが酒ンなるッて奴よ。こいつを一人でガブガブやっちゃあ、赤い顔して──」

「猿はみんな赤ェじゃねえか」

「だからよ、酔ったってわからねえってことだ。なんだかうちの大将、この頃やけに御機嫌でふらふらしてるじゃねえか、ってなもンよ。でな、ほかの奴らに見つかっちゃあいけねえッてんで──大将ッてくらいだからおめえ、木登りだって一番うめえんだよ。だからほかの猿が登ってこれねえくれえの高ァい木の天辺へその酒を隠したんだ。そんでもう、ここなら見つかンねえだろうってガブガブ飲んで──行きはいいよ。素面で登ってんだから。だけど帰りはグズグズだ。スルメかなんかくわえてヨウヨウ、コリャコリャなんぞと降りてくる途中で、足ィ滑らせてドシーン。なんでェなんでェ、あんな、木から落っこちるようなのを大将にしとくわけにゃいかねえやてンで、みんなで毛ェむしッちゃう。な、だから酒ッてえもんは──」

「独り占めしねえで、みんなで飲もう──と」

「ん──まぁ、そういうこった。さあ、おめえもやれ(酒を注ぐ)」

「ちょいと叔父さん、話はすみましたか──あらやだ、二人ともなにやってんですよ。ああ、もう、二人してグズグズんなっちゃって──しようがないんだから……ちょっと叔父さん、叔父さん。意見してくれるってのはどうなったんですよ」

「意見? 意見したよ──なあ、六。酒はみんなで仲良く飲まなくちゃいけねえって、お猿の大将もそう云ってたよ」

「なに云ってんですよ、もう──誰がなんの話してたんだかわかんなくなるまで飲んじゃって──あんたッ、帰るわよッ」

「待てよ、おめえ。誰がわからねえッてんだ。なんの話ィしてたかぐれえわかってるよォ──なあ、叔父さん。最後は……お猿の大将が木から落っこちる話ィしてたんだよ。そいで……そうそう、その話ィしてたのが茨木童子ッて鬼だァなあ。んで、その鬼の話ィしてたのがあすこの……ほら……ああ、唐土の爺ィな。で、そのまた唐土の爺ィの話ィしてたのが、樽……樽……へもんて大酒飲みの侍ェで……その侍ェの話ィしてたのが……へへ、叔父さんだ。そいで……その叔父さんの話をしてたのは……してたのは……あれ? 叔父さんの話ィしてたのは何処のどいつだったっけ?」

「おい、しっかりしろィ。俺の話ィしてたのは──どっかの噺家だ」

(この噺は新作落語をされるある落語家さんの作品と、ストーリーは違いますが構成とサゲは同じです。これは、入れ子構造で噺を作ろうと思いついた時点で構成もサゲもほぼ決まってしまうためで、その落語家さんの噺を聞いて、もうこの噺は公募などには出せないと諦めましたが、自分では気に入っていた作品なので、ここに投稿させていただきました。)

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