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段ボールの小さなバーテンダー (短編小説)
段ボールの箱の中で小さな少年が
丸まって眠っていた。冷たい夜風に
耳と尻尾が揺れる。猫だと思っていたが
違う…。人間だった。
手に持っていたゴミを捨て、急いでその場まで
戻り、段ボールごと抱きかかえた。
「こんなところで寝たら、
風邪引いちまうぞ…」
そう呟いた声は、
気持ちよさそうに眠る少年には
届いていないようだ。
・・・・・・
そう、僕はここのオーナーに拾われたんだ。
でも、どうしてあんな場所にいたのか、正直なところ、全く記憶がないんだ…。どう説明すればいいのかもわからないけど、ただひとつ、はっきり覚えていることがある。それは、生まれた時から、僕には猫のような耳と尻尾がついていたってことだ。
僕は前にオーナーに聞いたことがある。
僕を初めて見たとき、どう思った?って。
そしたら、何て返ってきたと思う?
「寒そうだなぁ…ってそう思ったよ」だって。
え?……それだけ?
僕、人間なのに猫耳と尻尾がついてるんだよ?
それって珍しくない?不気味じゃない?
「猫耳と尻尾がついてると
何か不便なのか?」
不便じゃないけど……、そういうの
じゃなくて…。
「唯一無二って奴だな。
かっこいいじゃねぇか」
ガハハと豪快に笑いながら、そう言ったんだ。
唯一無二っていう言葉の意味は、僕には
分からなかったけど、オーナーの表情を見れば、
それがきっと褒め言葉だってすぐに分かった。
凄く…嬉しかったんだ。
そんなこと言われたのは初めてだったから…。
思わず、このお店に一生を捧げようって
本気でそう思った。
それをオーナーに伝えたら、
「大袈裟だなぁ…」って笑われたけれど。
本当に嬉しかったんだって!…。
今でもたまに伝えるけれど、頭をクシャクシャと
撫でられながら、「はいはい…」と
軽く流されることが多い。
「おい、聞こえてるか?…」
現実に引き戻される。
「あ…ボーっとしてた」
「こら、てめぇ。
店仕舞いだ」
はーい。と返事をして、扉の看板を
closedに裏返した。
「ほら、今日もお疲れさん」仕事が終わると、
オーナーがいつものようにドリンクを
出してくれる。もちろん、アルコールじゃなくて、毎回違うジュースを作ってくれるんだ。それが僕のささやかな楽しみでもある。
「オーナー、ありがとう」
「またそれかよ」
感謝の気持ちが溢れ出して、
結局また今日も言ってしまった。
いつもみたいに流されるんだろうなぁって
思っていたから、頭をクシャっと
されるのを待っていたのに…。
「俺の方こそ…ありがとよ。
この店に来てくれて。」
「え?」思わず声が漏れた。予想していた返事とは全然違う。オーナーがこんな風に答えるなんて、
ちょっと驚いた。
「どうした?」
オーナーが少し笑いながら聞いてきた。
「いや、なんか…いつもは
俺がありがとうって言ったら、
頭をクシャっとされるから…」
僕は照れ隠しに肩をすくめる。
オーナーは軽く笑って、少しだけ顔を赤らめているのが見えた。
「そんなに照れるなよ。お前が来てくれるおかげで、この店も賑わってるんだ。」
その一言が、なんだか胸にじんわりと染み込んでいった。
「ここがお前の居場所になったなら、
それだけで俺も嬉しいんだよ」
もちろん…居場所になってる…。
だって、こんなにも
居心地がいいんだから。
椅子の上で丸まって眠ってしまった少年。
小さな息遣いが店内に静かに響く。
「ここでなら、何も心配いらないからな…
安心して眠ってろ…。」
少年の寝顔を見つめながら、思わず目を細めた。
無防備に眠るその顔には、
どこか安心感が漂っていて、自分の心も
穏やかになった。
静かに微笑みながら、
少年の寝顔に優しい視線を送り続けた………。
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