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恐怖の先にある絶景:絶叫吊り橋「風天」②
前回のお話はこちらからどうぞ⇩
「行くな、と足が言っている」
さて、スタート地点で私は呆然と立ち尽くしていた。
足、どうした?ほら、一歩出なよ、と声をかけるが、足はカタカタ震えている。
「ヤダっ!絶対ヤダっ!」
足から発せられる猛烈な抗議が脳内に響く。
そう、この怖さって、本能的なもので、脳が、
「これ、一歩間違ったら、ヤバイ」
と認識している、そういう怖さだ。
だから足がでない。
ハーネスがあるから大丈夫なんだろうけど。
宙吊りになったら、自力で戻れるのかな?いやいや、そんな状況には絶対なりたくないぞ!
相棒は、おーいおーいと呼んでいる。
もう、いくしかないな。
帰ってこられるかな?
私の中でスイッチが切り替わった。
よし、行こう!
相棒が行けたんだから、大丈夫。
いくとなれば、全集中で行くのみだ。
全集中の心
両側に渡されたワイヤーにしっかり捕まって一歩踏み出す。
おや、グラグラしてない。よし、大丈夫だ!
私は一歩一歩、踏み外さないようにゆっくり進んだ。
がんばれー!と相棒の声援が聞こえるが、足下しか見られない。
相棒に答える余裕がない。
ハーネスを手で引っ張る余裕がないけど、進むたびに体についてきてくれた。
怖すぎてもう限界、と、目を上げるとまだ半分くらい。
相棒は、もう向こう側のコースのスタート地点へと移動していて、
「うわ?これどうやって渡るんだ? 」と、次のコースを確認している。
私は改めて下をしっかり見てしまった。ちょっと気が遠くなった。
ダメだ、踏み板にだけ集中しよう。
そういえば、宣伝用の動画で、風天を渡ってる人が笑顔で手を振っていたけど、きっと彼らは天空マスターズにちがいない。
一瞬たりともワイヤーから手を離す余裕ないよ。
手すりがわりのワイヤーがすごくしっかりしているのが救いだ。
それに両手でガッチリ捕まりつつ、足を踏み出す、を繰り返しながらヨチヨチと進んだ。
ようやく第壱ノ塔にたどり着いた。
ホッして全身の力が抜けた。
第壱ノ塔からの分かれ道
待っていてくれたらしい相棒は、何か言っていたようだが、体験したことのない恐怖から解放された安堵で、私はしばらく呆然としていた。
相棒は、おーっとか言いながら、引き続き第弐ノ塔へ向かって進んでいる。
わたしも向かおうとそのコースに目を向けると、踏み板がない。
あり?
バッテンになったワイヤーが続いているだけだ。
え?どうやって渡るの?
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あ、無理だ、と、私はそうそうに諦めた。
予定変更、風天神殿に向かうことにした。
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ITEM2は、ITEM1の吊り橋よりも、もっとずっと隙間が広い。
でも、これを進まないと帰れないのだ。行くしかない。
心を無にして進むことにした。
第弐の塔に到着した相棒は、後ろからついてきていると思っていた私が違うコースを進んでいる姿を見て、「おーい、こっちすごい絶景だよ~」と嬉し気に叫んでいる。
なんという能天気な奴だ。こっちは生きて帰ることに必死なのだよ。
でも、相棒の言う「絶景」という言葉に少し心が動いた。
おや?最初ほど怖くない
少し踏板が小さくて隙間が大きかったが、なるべく一歩一歩大きく足を踏み出して進んだ。
驚いたことに、ITEM 1に一歩踏み出した時ほど怖くはなくなっていた。
なんか、経験値が上がっている。
ハーネスが付いている安心感。
踏板はひっくり返ったりしないことを確認済。
そして、手すり代わりのワイヤーにつかまっていれば、足を踏み外しても大きくは落ちないこと。
これらのことを、ITEM1を渡り切った後、経験値として身体が理解していた。
慎重に一歩一歩ヨチヨチ歩き、ようやく「風天神殿」へと到着することができた。
なるほど、「風天神殿」までくると、あとはゴールへと戻る道しかないのだ。
相棒はしばらく「第弐ノ塔」から見える風景を楽しんでいたようだが、第三ノ塔に向かおうとしてしばらくITEM 5のコースを眺めていた。
ITEM 5のコースでは、ワイヤーでつながれたスペード、ハート、ダイヤ、クラブの形を潜り抜けながら進んでいくのだろう。でも足場となるのは下に通されている3本のワイヤーのみである。
いくのか?いくのか?あれ、どうやってわたるんだろう?
私は期待を込めて奴の後ろ姿を見つめていた。
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しばらくITEM 5を眺めていた相棒は、くるり、という感じで方向転換して、ITEM 6に進み始めた。
いかんのかい!
奴もさすがにITEM 5のコースは理解不能だったらしい。
しかし、ITEM 6のコースも、4本のワイヤーを渡るしかないから、とても怖そうだ。
私は「風天神殿」から、奴がどうやって渡ってくるのかを眺めた。
ワイヤー3本を常に踏むように、足を横向きにしながら渡っている。なるほど、そうすれば渡れるのか・・・ワイヤーをしっかり踏んでいれば「踏み板」と同様に渡れるのだ。
しかし、滑らないクツでないと絶対に無理なアトラクションだな。
割とすぐに「風天神殿」に到着した奴は、第弐ノ塔から見た風景は絶景だったよ、とニコニコしながら自慢げに言った。
死ぬ思いでITEM1と2を渡り切った私は、奴を冷たい目で見つめつつ、うんうんとうなづいて見せた。
「でも、あのスペードとかハートのあるコースは、どうやってわたるのかわからなかったよ。」
奴は、第参ノ塔に行けなかったことがとても悔しいようだった。
ゴールへ
私は、もう充分怖い思いをしたから、一刻も早くゴールへと向かいたかった。
それで、相棒をせかしてゴールへ至るITEM 8へ進むことにした。
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ITEM8は幅の狭い細かい踏板が並ぶコースだった。相棒が先に渡り、私が後に続いた。
斜度もあり少し揺れるが、板を踏み外さないように慎重に進めばなんとかなった。
ようやくゴールへと到着し、私は心からほっとした。
ワイヤーにずっとしがみついていたせいで手がジンジンしている。
歯を食いしばって一歩一歩集中していたせいで、顎が痛い。
やっと解放される。
「怖かったね~」
ほっとしてようやくしゃべることができた私に、奴は言った。
「もう一回いこうよ」
「へ?」
続く