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素材で決まるジビエ

食材への偏見

ジビエに対して偏見があった。
人が食べるために改良を重ねたいわゆる食肉に比べると、野生動物をいただくジビエでは美味しいわけがない。そもそもの脂の乗りや、血抜きの処理など、まず間違いなく家畜に劣るはずである。

僕の認識としては、ジビエとは、『硬くて臭いあんまり美味しくない肉』を、調理する側の技でもって耐えられるレベルに引き上げるものと思っていた。

とはいえ僕はスーパーに売っている牛豚鶏のような、いわゆる『美味しいもの』だけを食べるのも飽きてしまうのであった。
年に一度くらいの割合でジビエを注文しては、トマトか何かで煮込んでシチューにして食べていた。
そうして去年末、ふるさと納税制度を利用して、いつもの如く適当にジビエを注文したのだった。

ホジカ

届いたのは『ホジカ』。可愛い名前である。
北海道野付郡別海町の『ジビエ工房 山びこ』で販売されている鹿肉である。

特徴としては、牛乳を加工した際に生じ、本来破棄対象となっていたホエイと、害獣として駆除対象になっているエゾシカを合わせたことがいちばんに挙げられる。
故にホジカ。由来あっての可愛い名付け、ホエイとシカの合わせ技。

シカのイラストつき


いざジビエ


ホジカの調理に取り掛かる。

〈解凍〉

まずは冷蔵庫内でゆっくり解凍する。初めての食材に出会った際には、初めての調理時からメーカーの想定を逸脱してはならない。
メーカーの言うとおりに動き、ベストを尽くした上での評価でないとならない。
いつもの僕であれば問答無用に流水解凍をするところだが、今回は1日間冷蔵庫に静置して解凍させた。

解凍させ、ドリップを全て洗った。

肉から滲み出る液体は赤い。おそらくはミオグロビンによる赤みを帯びているためと思われる。
血抜きが不十分だとかそう言うことはないだろう。どんな肉でもドリップは赤いのである。

一応これも流水で綺麗に洗い流した。ジビエたるものE型肝炎のリスクには当然配慮が必要である。流水で洗う際のシンク周りの汚染には注意を払うべきである。

〈加熱〉

今回はボニークによる恒温調理で鹿肉と戦う。
ジビエ料理は先に述べたE型肝炎への懸念から、十分な安全マージンをとった加熱調理が望ましいが、とはいえ焼きすぎた赤身肉が美味しいわけはない。
ボニークであれば十分に安全に中心部まで必要な時間だけ適切な温度管理下に調理することができるだろう。

下味としては塩胡椒を軽く振って、オリーブオイルを少量たらした。
高温対応のフリーザーバッグに入れてボニーク水槽にセットした。63度で2時間の加熱によりE型肝炎ウイルスには対応できるとのこと。

加熱後、わずかながら肉汁が出ている


ボニーク調理が終わったら、あとは表面を軽く焼いて風味をつけたら完成である。
完全な赤身肉なので、外から油分を補う目的で、バターで炒めた。
フライパンで加熱されると、なかなか良い香りが立ち上る。今まで調理したどの鹿肉よりもいい香り。
バターそのものの作用もあるかもしれないが、肉を焼いた時のにおいからそもそも他の鹿肉とは違ったように感じられた。

こんな良いにおいが立ち上る鹿肉なんてものは、
この日まで出会ったことがない。


〈完成〉


あとは切って盛り付けて完成である。
切った直後には、恒温調理特有の肉と肉汁の赤さを認めたが、断面の質感はしっとりしていて、見た目以上にきちんと火が通っていることを予感させる。

この赤さである。
ボニークにより成しえたこの赤さは、
いわゆるレアとも違うのだろうか。



実際に食べてみる。
まず、口に入れる前から一味違う。
ジビエ特有のくさみと思っていた、あの“におい”がないのだ。

まず感じられるのはバターや胡椒の香り。噛み締めれば柔らかな肉質と、良質な赤身肉の味わい。全くもって、本当にくさくない。

いわゆるくさみ消しのための過剰な味付けは不要であった。
もはや刺身を食べる感覚を思い出させるような、そんな感じだった。
この鹿肉には粘性の高い濃いソースは合わない。そう確信したので、塩をわずかに足してワサビをつけて食べる。

うまい。なぜこんなにうまいのだ。

あっという間に300gのホジカは無くなった。全くもって初めての体験だった。

この味わいは、もはや食肉として作られた肉に対して全く遜色がないレベルであった。それこそ、牛豚鶏のような調理法でも、まず間違いなく美味しく食べられるだろう。
くさみ消しの為の攻めの味付けは必要ない。美味しい肉の味を邪魔しないシンプルな味付けで充分である。

〈まとめ〉

今回はホジカの処理のおかげか、人生で一番美味しい鹿肉を食べることができた。
このレベルであれば、他の食肉に全く劣ることはない。どう調理しても美味しい。
それこそ僕のような素人が、大した工夫もなく適当に作ってこのおいしさなのだから、素材の良さは疑う余地がない。


自力でジビエを作っては、首を傾げている人も多いことだろう。
そんな人にはぜひ、ジビエ工房 山びこの『ホジカ』を食べて欲しいと思う。値段は少々張るが、中身は本物だ。美味しい鹿肉に出会ったことがない人、探している人は、ここに答えがある。


〈さいごに〉

ホジカがあまりに美味しかったので、ふるさと納税制度で買った分を即座に食べ尽くした後、実家で振る舞う用と、それとは別に煮込み料理用を買い足した。
今後はここ以外で鹿肉を求めることは一切ないだろう。それほどに美味しいのだ。
ほんとうに美味しいジビエはここに存在する!


追加で買ったスネ肉で作ったシチュー。
これもかなりの絶品だったので、
ホジカを買う人はスネ肉も買うと良い。
あとは圧力鍋一つ、これで幸せになれる。

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