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分岐点の風
都会の喧騒から一歩離れた、静かな街にある小さなカフェ。その隅の席で、瑞希は蒸気を立てるカップを手にして、行くべき道について思い悩んでいた。
瑞希は大手広告代理店でクリエイティブディレクターとして働いていた。長時間労働や高い成果を求められるプレッシャーに押しつぶされそうになりながらも、自分が創り上げた作品が世間に影響を与える瞬間にはやりがいを感じていた。しかし最近、その情熱が薄れてきている自分に気づいた。夢に見た生活が手に入ったはずなのに、なぜ満たされないのだろう?
一方で、彼女の心に引っかかっているもう一つの夢があった。それは幼少期から憧れていた「絵本作家」という道だ。子どもたちの心に寄り添い、言葉と絵で物語を届ける仕事。その夢を追いかけるべきか、それとも現状を維持するべきか。
「何を選んでも、誰かを失望させる気がする…。」瑞希はカップの縁を指でなぞりながら小さく呟いた。
その時、カフェの入口が開き、冷たい風とともに一人の老人が入ってきた。くたびれたコートを羽織り、白髪混じりの髪を帽子の下に隠した彼は、瑞希の近くの席に腰を下ろした。そして、彼女の目に映るほど大胆に、手元の古びたノートを開いてペンを走らせ始めた。
興味を引かれた瑞希は、思わず声をかけた。「何を書いているんですか?」
老人は顔を上げ、にこりと笑った。「人生の物語さ。」
「人生の物語…ですか?」
「そうさ。私たちの人生は無数の決断でできているだろう?その一つ一つを思い出して、記録しているんだよ。」老人はペンを止め、瑞希を見つめた。「君も迷っているように見える。何か大きな決断を控えているのかい?」
瑞希は驚いた。まるで見透かされたような気分だった。老人の穏やかな視線に促されるように、彼女はこれまで誰にも話していなかった自分の悩みを口にした。仕事と夢の間で揺れる心、自分を縛る社会的な期待、そして失うことへの恐怖。
老人は静かに頷きながら聞き終えると、ノートの一ページを破り取り、瑞希に渡した。そこにはこう書かれていた。
「どちらの道にも正解はない。ただ、自分の物語を自分で書くこと。それが唯一の真実だ。」
瑞希はその言葉をしばらく見つめていた。そして、ようやくカフェを出ると、冷たい風が頬を撫でた。それはまるで、新しい物語の第一歩を祝福するかのようだった。