小説 (仮)被災者になるということ~能登半島地震より 第63話
3月3日 日曜日
パン屋さんのクロックムッシュは、間にハムとホワイトソースとマスタード、上にチーズがのっていた。
値段も具材も贅沢なパンだが、こんな時だからいいだろう。
白湯を飲んだ。
家に戻って片づけをした。
夫がピアノコンサートで聴いた『カサブランカダンディ』がマイブームになったようで、繰り返し聴いていた。
「今ならこんなのDVだろ。放送禁止だ。」と嬉しそうに言っていた。
今日は天気がいいので、外の物置を片付けることにした。
ここにも義父の園芸用品などが入っていた。
釘の入っていた箱が落ちて釘が散乱し、石灰がぶちまけられ、そこに劣化したプラスチック片がまざっている。
ちまちまと拾って分けるしかなかった。
劣化したプラはとても面倒だが、園芸用品は油断しているとそうなってしまう。海のためにも、これからは本当に気をつけよう。
夫と義父母の家に行き、壊れた電子レンジを災害ごみに出した。
ドラッグストアで買った小魚アーモンドを義母にわたした。
食べ物はまだ残っているので、買い物はいかなくてもいいと言った。
台所を自分の使いやすいように片付けたようだった。
昼はご飯、ハンバーグ、ポテトサラダ、きんぴらごぼう、けんちん汁、みかんだった。
おかずは弁当のような容器にまとめて入っていて、ご飯とけんちん汁はそれぞれ器に入っていた。
昨日の夜のパンが残っているので、ご飯はもらわなかった。
ちょっと豪華で美味しい昼御飯だった。
ネットショッピング(見るだけ)でのんびり休憩をした。
グラウンドの仮設住宅が4月中旬完成予定というのを見つけた。
DWATの人が回ってきてくれた。
母が仮設住宅に入れるのであれば、一次避難所にはいかなくてもいいと言っていたという話をした。
母に電話をした。
近所の仮設完成が4月中旬だというニュースを見つけた話をする。
そのため、別の一次避難所にはいかなくていいだろうということを話し合う。
家に帰って片付けしてたら母からまたかかってきた。
まだ何か迷っているようだが、一次避難所にはいかないようだ。
仕事の再開を遅らせることも考えているようだ。
本棚が壊れ、本が雪崩れてドアが閉められなくなっていた部屋に、ただ本を積み上げてスペースをつくった。一部の本は処分することにした。
2ヵ月たって、やっとドアを閉められるようになった。
足の踏み場もない状態からはましになったが、きれいにはほど遠かった。
父から電話があって、晩御飯に間に合わないからとっておいてほしいというので、避難所に早めに戻った。
ますのすしとカップ味噌汁という高級なご飯だった。
もらうときに、もう私の分は取ってあるんじゃないのとスタッフさんに言われた。息子がすでに3人分取りにきて、息子はスタッフさんに顔を覚えられているからだ。家族分は確保されている。
ランチルームのじいちゃんの分です、と言って1人分もらってきて、父の部屋に置いた。
自分のカップ味噌汁にお湯を入れていたら、父がご飯をもらって歩いてきた。
「取ってきてっていうから、私取りに行ったのに。それで注意されたのに、じいちゃんが取ってきたらだめじゃない!」と叱っていたら、
配っていたその人が通りかかった。
少し小さな声で、大丈夫だから、もらっていいよと言ってくれた。
私の声が大きく、他の人に聞こえていたようだ。
「足りなくなると困るから言っているんだけど、今日は余ったから大丈夫よ。」
恥ずかしかった。「二重に取ってすみません。」と謝った。
父にはもう一度、私に頼むんだったら、自分で取らないで、と言った。
父はすまん、すまんと笑顔を浮かべて言った。
ますのすしを全部食べるのは多いので、半分食べ、明日の朝に残した。
夫は好物なので、全部食べていた。
昨日買ったジェノベーゼがあることを思い出した。トースターで温めたかったが、アルミホイルがないので、レンジで少しあたためた。
これも贅沢な味だった。
今日はなぜか高級品ばかりのご飯になってしまった。量も多い。
できればあまり偏らないでほしい。落差が激しい。
ひな祭りらしいものはなかったが、うちは息子だし、節分の豆ほどは気にならなかった。
母から電話があった。
祖母の健康保険証と介護保険証のコピーを郵便で送ってほしいと頼まれた。
それと、父から地震保険の振り込みがないか見てくれといわれたが、まだなかったので、そう伝えてほしいと言われた。
弟は振り込まれたと言っていたが、なかなか入らないと父が気をもんでいるようだ。
弟のは共済だから、仕組みが違うと思うよ、と母に言っておいた。
父にも言っておかなければ。
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