小説 (仮)被災者になるということ~能登半島地震より 第49話
2月18日 日曜日
今日も良く晴れて、寒い朝だった。
朝は菓子パンと牛乳だった。
息子の食べない菓子パンだったので、二人分もらい、私の牛乳を息子に渡した。
昨日見つけた乾燥わかめとフリーズドライの野菜ミックスも渡し、
カップめんを食べる時に足すように伝えた。
菓子パンを全部食べ終わる前に満腹感を覚えた。地震前ほどの食欲がなくなっている。
エッセイマンガの続きを読んだ。オレンジページに連載されていたもののようだ。
今のような環境でも面白く読めた。地震前でも、地震後でも印象は変わらないだろう。
あっと言う間に一冊読み終わった。
この前、カットサラダを渡したおばあさんが、パン余ってたよ、と教えてくれた。
朝ご飯に食べたからパンはいいです、と言った。
私はパンのほうが好きだから、パンばっかり食べているの、と言った。
私の祖母はパンも食べなくはないが、断然ご飯派なので、お年寄りはご飯が好きだと思っていた。
お年寄りだからご飯、というものではないんだな、と知った。
日曜だが、夫は仕事が進んでいないからといって、仕事に出かけた。
私はホームセンターに行き、夫から指定された家具のつっぱり棒を買った。
それから義父母の家にいった。
今日は父と二人でバラの剪定をすることにした。
災害ごみを出しているのだが、今週はまったく回収されず、ごみの置き場所がなくなってきたのもある。
週3回のはずだが、全然減らない。災害ごみが多すぎて、回収のトラックがすぐにいっぱいになるという話が出ていた。
朝は寒かったが、バラを剪定しているうちに日が当たり、暑くなってきたので、上着を脱いだ。
このバラは2メートルほどある。私はあまり大きくないほうがいいのではないかと思うのだが、義父母はそうではないようだ。
大枝を父がのこぎりで切り、私は枝を剪定鋏で細かくして袋に入れていく。
ハサミで切れないほどの太い枝は父が鉈で切りわける。
近くの避難所にトイレに行く。
帰りにふと思い立ち、受付で母と祖母が入れるところがあるかどうか聞く。
この避難所のほうが、車いす用のトイレもあるし、祖母には便利だと思ったのだ。
すぐには返答できないということだったので、電話番号を伝えた。
剪定の後は細かい仕分けをした。
例えばワイヤーを編んで、市販のプラの鉢をかごのようにしているものなどだ。ワイヤーを切り外して金属ごみにして、名前ラベルと鉢をプラごみにする。土はまとめておき、たまったところで庭に捨てる。
ワイヤーは丁寧に編み込まれていて、義父の人柄が良く出ていた。
その分外しにくかった。心を無心にして、いくつも外していった。
今日は午前で終わりにすると父に伝え、避難所に戻った。
夫も昼ご飯を食べに帰ってきていた。
昼ご飯はN県の宗教団体だった。
いよいよ本拠地からの支援だね、と冗談ぽく夫と話す。
ちょうどご飯をとりに来ていた体育館のおばあさんに会った。
「ご飯なんですかね?」
「ハンバーグだって。」
「ハンバーグは久しぶりですね。」
ご飯、ハンバーグ、付け合わせのスパゲッティ、かき玉スープだった。
スープは味が薄めだが、だしがしっかりしている。
ハンバーグも安っぽくないちゃんとしたものだった。
そろそろ図書館の本を返しに行くことにした。もちろん閉館したままだ。
図書館の駐車場は亀裂や段差がひどかった。
建物は物資置き場か何かになっていて、立ち入り禁止だった。図書館の中がどうなっているかは全くわからなかった。
返却ポストに本を入れた。
9時半に消灯すると、本を読む時間がない。
落ち着いて本が読めるようになりたい。自分と図書館の両方が日常に戻るのはいつだろう。
近くの手芸屋さんにも寄ってみた。コロナが流行って、手作りマスクを作るようになってから、私の憩いの場所になっていた。
建物は無事そうだった。店は閉まっていたが、少し再開の希望が持てた。
手芸屋さんは夫婦で経営していて、家は別のところにあり、ここは借りていると聞いていた。夫婦が無事でいるといいのだが、と思った。
そうでなければ、W市に一軒しかない手芸屋さんが閉店してしまうかもしれない。
ネットで買うこともできるが、実際に触らないと肌触りやハリがわからないし、不便なのだ。ネットでなければ、1時間半程度かかって、車で中能登まで行かなくてはいけない。今ならもう少しかかるだろう。
この手芸屋さんも跡継ぎがいないようだったので、十数年後には閉店するかもしれないとは思っていた。
でも地震で閉店は寂しすぎる。なんとか再開してほしい。
人口が減少し、店がなくなり、過疎化が急激に進み、自治体が維持できなくなる。
これは地震で言われ始めたことだ。地震がなくても起きるはずのことが、ぎゅっと時間を短縮して起きている。
街はどんな風になっていくのだろう。
いつものスーパーにも寄った。
スーパー横のコインランドリーは大きく「洗濯できます」と書いたポスターを貼っていた。数人が店内にいるのが見えた。
スーパーは3時閉店で、もう2時半だったので、いそいで買い物をする。
乳酸菌飲料などを買った。
家に帰って、通信教育の解約の手続きをウェブからした。
1年契約で手続きの期限は2月末だった。
被災した地域の半年間無料のキャンペーンがあったが、どうせやらないなら関係ない。
手続きはそれほど難しいことはなく、気持ちがすっきりした。
生協のチラシを見て注文書を書いた。
愛用している下着があったので、注文した。
せっかくの配達だからと思ったのだが、あまり注文するものがなかった。
断捨離中に物を増やすわけにはいかなかった。
帰ったらちょうど晩御飯の時間だった。
ご飯とカレースープとみかんだった。カレースープはいつもと同じような材料と味だった。
みかんは息子にあげた。息子に栄養を取ってほしい。
エッセイマンガをもう1冊もってきて読んだ。
あっと言う間に読み終えてしまった。
3冊しかないので、あと1冊しかない。
もう少しあったら良かったのにと残念に思う。
消灯時間に眠り、3時に延長ボタンを押すために目が覚めたのだが
また寝てしまって、夢を見た。
私は学生で、体験学習に来ている。
みんなが別々の場所で作業をしていて、私は盆栽の手伝いだった。
触ってはいけない支えを取ってしまい、樹が折れてしまう。
特別なイベントのための樹で、他にはないものだとひどく怒られる。
他の子は、上手くできて可愛い物を作ったりしていた。
私は駄目なんだ、と思った。
夢の中の私には、こんな時に慰めてくれる人が一人もいなかった。
遠くにいってしまったか、死んでしまったか、どちらかだった。
夢の中で、落ち込んだ私に優しくしてくれる人もいたが、落ち込みすぎて話すことができない。
私は駄目な人間だ。
夢の中でも、起きてからも、静かに涙が流れた。
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